読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『黒の召喚者』ブライアン・ラムレイ

The Caller of the Black(1971)Brian Lumley

 ブライアン・ラムレイは、H・P・ラヴクラフトが亡くなった年(九か月後)に生まれた作家です。
 生まれ変わりかどうかは知りませんが、彼もクトゥルフ神話に魅せられ、後に書き手となったラヴクラフティアンのひとり。
 また、アルジャーノン・ブラックウッドのジョン・サイレンスウィリアム・ホープ・ホジスンのトマス・カーナッキらと並ぶオカルト探偵タイタス・クロウ(Titus Crow)の生みの親でもあります。

 クロウとは、こんなキャラクターです。
 クロウは、第二次大戦中、英国軍においてヒトラーのオカルト嗜好に対抗する任務についていました。戦後は、魔術を駆使して悪と戦い、巨匠と呼ばれる存在になります。クロウは魔導書に精通し、珍奇な骨董品の蒐集家でもあります。また、怪奇小説クトゥルフ神話)もものします。
 個人的には「妖蛆の王」の頃の、未熟だけど溌剌としたクロウが好きです。長身のイケメンで、女性とも常識的な範囲でのつき合いがあったそうです。
 ワトソン役のアンリ=ローラン・ド・マリニーは、ラヴクラフトの「銀の鍵の門を越えて」に登場したエティエンヌ=ローラン・ド・マリニー(ランドルフ・カーターの友だち)の息子です。

 ラムレイは『黒の召喚者』(写真)の「日本語版への序」のなかで、とっくの昔に絶版となった処女短編集が日本で出版されることに甚く感激していました。
 その後、「クロウ」シリーズが全作(短編集一冊、長編六冊)翻訳されたのですから、さらに驚いたのではないでしょうか。

 創元推理文庫のオカルト探偵つながりということで、本来なら『タイタス・クロウの事件簿』を選択するのが自然です。クロウの短編は、クロウ自身が登場しないものも含めて十一編あり、そのすべてを『タイタス・クロウの事件簿』で読むことができるからです(クロウものの長編は、異世界冒険ホラーみたいな感じで、短編とは趣が異なる)。
 この本は各短編が時系列順に並んでおり、同時に発表年も記載してあるので、どちらでも好きな順番を選べます。さらに、作者による序文や各編への簡単なコメント、扉のイラスト、「クロウ」シリーズの概要まで掲載されている、正に至れり尽くせりの仕様なのです(おまけに文庫本だから安い!)。

 しかし、『タイタス・クロウの事件簿』は現在、新本で入手可能です。それを取り上げるのはこのブログの趣旨に反するため、今回はクロウものを五編含んだ『黒の召喚者』の感想を書くことにします。
『黒の召喚者』には初期の作品が収められているため、ラヴクラフト色がかなり強くなっています。粒ぞろいの短編集というより、ラヴクラフト大好きなオタクが作った同人誌みたい、といえば分かりやすいでしょうか。
 正直、陳腐なものが多いのですが、そもそもクトゥルフ神話を読もうなんてのはマニアックな人に決まっています。質云々にかかわらず、この本でしか読めない短編が八つもある時点で見逃すことはできないでしょう。

 以下、クトゥルフ神話との関連も含めた感想を書きます。青字はクロウものです。

自動車嫌い」(A Thing About)
 妻子を自動車事故で失った兄。時間が止まったような英国の村にいるという情報を得て、弟が車で訪ねてゆきます。
 日本語のタイトルはネタバレし過ぎではないでしょうか。尤も、売りは意外なオチではなく、グロテスクな恐怖の方ですが……。

深海の罠」(The Cyprus Shell)
 大佐の晩餐会に出席した少佐が突然、血相を変え帰宅しました。理由は、牡蠣料理が出されたから。というのも、彼はキプロス島に駐留していたとき、貝マニアの伍長が催眠術を使う奇妙な貝に殺された経験があったのです。
 よく考えると、貝はかなり気持ちの悪い生きものです。人は、自らの文化のなかで食す習慣にないものを不気味に感じるのでしょうか。とはいえ、エスカルゴは食べたことがあるけど、カタツムリは嫌だもんなあ。うーん。それにしても、貝料理が嫌な癖に、晩餐会に出席するなんて無謀すぎます。
 なお、こちらは続編の「続・深海の罠(Deep-Sea Conch)」とともに『新編 真ク・リトル・リトル神話大系5』に収められています。続編も、正編と同じく書簡体小説(返信)です。

縛り首の木」(Billy's Oak)
 奥儀書を借りにクロウの屋敷を訪れた作家のジェラルド・ドーソン。彼はそこで軋んだ音を聞きます。クロウによると、十七世紀に魔法使いの疑いをかけられリンチされ、縛り首になったビリーという男がいたそう。彼の体重に耐えかね、今もオークの木が悲鳴をあげているとのこと。「そんな馬鹿な」と庭をみると……。
 オーソドックスな怪談ですが、切れ味が鋭い。

屋根裏部屋の作家」(The Writer in the Garret)
 書いても書いても没にされる作家が、原稿をごみ箱に捨てている男をみかけます。それを読んでみると素晴らしい出来だったため、自分が書いたことにして出版してしまいます。ある日、それがバレて……。
 個人的には、視覚に訴えてくる恐怖より、捻りのあるオチが好きなので、一工夫欲しかったです。

黒の召喚者」(The Caller of the Black)
 ゲドニーという男が主催する悪魔教団に入信した者がクロウを訪ねてきます。友人が殺され、自分の命も危ないというのです。予告どおり、その男は殺され、次に狙われたのはクロウでした。
 一番最初に書かれたクロウの短編です。物語は平凡ですが、敵の倒し方が格好いい。いきなり、「全裸」になるヒーローなんて、なかなかいません。クロウが登場しない続編の「続・黒の召喚者」は『タイタス・クロウの事件簿』に収録されています。

ニトクリスの鏡」(The Mirror of Nitocris)
 行方不明の探検家が所持していたニトリクスの鏡と彼の日記を手に入れたド・マリニー。日記どおりの怪異が起こります。
 クロウは登場せず、ド・マリニーが単独で怪奇現象に立ち向かいます。といっても、気は失うし、その後眠れなくなるといった弱々しさばかりが印象に残ってしまいます。尤も、あんなものをみてしまえば無理もありませんが……。訳者の指摘どおり、時代的には金属鏡でないと変ですね(あるいは偽物か)。

海が叫ぶ夜」(The Night Sea-Maid Went Down)
 海底油田を掘削中、星の形をしたものがいくつかみつかります。やがて、それは海底に古代の神々を封印したときのシールであることが分かります。
 ラヴクラフトの『狂気の山脈にて』は南極の巨大山脈の地下に古のものが眠っていました。それに対して、こちらは北海の海底です。いよいよ、古のものが解き放たれたか……と思いきや、オチが呆気なくて、ちょっと残念です。

異次元の潅木」(The Thing from the Blasted Heath)
 ラヴクラフトの「宇宙からの色(The Colour Out of Space)」の後日譚です。
「宇宙からの色」は、こんな話でした。今から四十四年前、アーカムの近くの農場に隕石が落ちます。隕石は消えたものの、それ以来、水は奇妙な味になり、植物は奇妙な色に変わり、動物は奇妙な姿に変わり、人間は発狂し、あらゆる有機体は灰色になって崩れるように死んでしまいます。やがて、井戸のなかからこの世のものとは思えない色の発光体が飛び去りました。そして、間もなく、この土地が貯水池になるという……。
「異次元の灌木」は、その貯水湖の脇から採取してきた植物を庭に植えた男が主人公です。夜中になると発光する不気味な木は、猫を骨と皮だけ残して食ってしまいます。ある夜、まるで夢遊病者のように木に吸い寄せられた男は……。恐ろしいことは恐ろしいけれど、植物なんだから「引っ越して」しまえばよい気が……。

魔物の証明」(An Item of Supporting Evidence)
 クロウの小説は面白いが、嘘が多いとけちをつける画家に、証拠としてクロウが示したものは……。
 本来は身の毛もよだつほど不気味なそれらを「文鎮やハンガー」にしてしまうとは。……素敵です。

ダイラス=リーンの災厄」(Dylath-Leen)
 ダイラス=リーンとは、クトゥルフ神話に登場する架空の土地カダスにある町です。カダスはドリームランド(「夢見る人」と呼ばれる人が訪れることのできる異世界)にあるといわれています(※)。
 ラムレイの短編の主人公グラント・エンダビーは、ダイラス=リーンを三度訪れます(青年時、三十歳、四十三歳)。そして、額に瘤のある邪悪な商人たちから町の人を救うのですが、何しろ長い時間がかかってしまうので、青年時にできた恋人は老婆になっています(現実とドリームランドでは時間の経ち方が違う)。随分と間怠っこしい話と思いきや、ラストでは「四度目は絶対に避けたい」理由ができます。この先、グラントは「眠るたびに、ドリームランドへ移動してしまうかも知れない」という恐怖と戦わなければなりません。恐ろしい……。

デ・マリニィの掛け時計」(De Marigny's Clock)
 クロウが住むブロウン館にふたりの強盗が入り込みます。現金がみつからなかったふたりは、棺桶型の時計に目をつけます。
 ラムレイ自身がラヴクラフトの「怪老人(The Terrible Old Man)」に似ていると認めている短編です。さらに、ド・マリニーの時計とは「銀の鍵の門を越えて」でチャンドラプトゥラ師に変装したカーターがなかに入って姿を消した時計のことです。「時間と空間を超えるスペースタイムマシン」だったということですが、うかつに飛び込むとひどい目に遭います。

創作の霊泉」(Ambler's Inspiration)
 特異な発想で人気が出てきた作家の創作の秘密は、実験動物の切り離された脳髄の声を聴くことでした。ところが、ある日、彼は発狂して転落死してしまいます。なぜなら……。
 肉体を失った脳の叫びは何よりも恐ろしいはずという発想から組み立てられた短編です。筒井康隆の「生きている脳」の方が怖いかな。

真珠」(The Pearl)
 子どもの頃すごしたキプロス島に帰省すると、慕っていた漁師の老人はすでに亡くなっていました。彼が巨大な真珠をみつけたという話をしていたことを思い出し、その場所にいってみると……。
「深海の罠」に似ていますが、こちらはクトゥルフ神話ではなく、単なる巨大な人食いアコヤガイみたい。こんな変なものを怪物に仕立てるということは、ラムレイは貝を相当恐れていたんでしょうか。

狂気の地底回廊」(In the Vaults Beneath)
 英国の地下深くで巨大な遺跡が発見されます。それは旧支配者が作ったものでした。
 集中最もボリュームのある短編で、「狂気の山脈にて」のその後を描いています。南極にあった遺跡がどうしてここに存在するのか。宇宙生物ショゴスの封印は解かれたのか。……それはともかく、遺跡から持ち帰った金属でスーツを作って着るとは、どういうセンスなんでしょう。

※:ダイラス=リーンは、「クロウ」シリーズの長編三作目『幻夢の時計』の舞台ともなる。

『黒の召喚者』アーカム・ハウス叢書、朝松健訳、国書刊行会、一九八六

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