読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『幽霊狩人カーナッキの事件簿』ウィリアム・ホープ・ホジスン

Carnacki, The Ghost-Finder(1913)William Hope Hodgson

 オカルト探偵といえば、ブラム・ストーカーのエイブラハム・ヴァン・ヘルシングシェリダン・レ・ファニュのマルチン・ヘッセリウス、E&H・ヘロンのフラクスマン・ロウ、ロバート・E・ハワードのスティーブ・ハリソン、アルジャーノン・ブラックウッドのジョン・サイレンス、サックス・ローマーのモーリス・クロウ、C・デイリー・キングのトレヴィス・タラント、ブライアン・ラムレイタイタス・クロウジャン・レイハリー・ディクソン、ランドル・ギャレットのダーシー卿エドワード・D・ホックのサイモン・アーク、F・テニスンジェシのソランジュ・フォンテーヌ、アリス&クロード・アスキューのエイルマー・ヴァンス、シーバリー・クインのジュール・ド・グランダンなど枚挙に暇がありません。

 オカルト探偵を定義する前に、以下のように分類してみます(魔術が発達したパラレルワールドに住むダーシー卿などは除く)。

1 超常現象(実は人為的なもの)を、科学的に解明する
2 超常現象(本物)を、科学的に解明する
3 超常現象(実は人為的なもの)を、神秘的な方法で解決する
4 超常現象(本物)を、神秘的な方法で解決する


 1は、牧師が悩まされていた喋る猿の幻覚を科学的に分析したヘッセリウス(ただし、命を救うことはできなかった。短編「緑茶」)や、工科大学卒のディクソンのパターンです。イーデン・フィルポッツの『闇からの声』も、ここに分類されるでしょう(名刑事ジョン・リングローズは、死んだ少年の声が聞こえるという謎だけは解けず、仕組んだ者に答えを教えてもらう)。要するに、オカルトっぽく細工されたものを暴くことになります。
 2は、矛盾を内包しています。科学で説明できてしまうものを超常現象とは呼びませんから。

 3と4は、謎を解くにあたって特殊な手段を用いるのですから、オカルトを名乗るに相応しい。つまり、オカルト探偵とは事件の性質を云々するのではなく、「科学捜査や論理的思考に依らず、神秘的な方法で解決する探偵」と定義できます(※)。

 ただし、3は範囲を広げると、アニメの一休さん(ぽくぽくぽく、チーン)まで含まれてしまうため、注意が必要です。
 古典的なオカルト探偵としては、事件現場で眠ることで心象写真を得る骨董屋の店主モーリス・クロウが挙げられます(とはいえ、モーリス・クロウは特殊能力を使わずに推理したり、自分が犯人だったりもする。また、4のケースもある)。

 4の代表格は、心霊学の知識を有する医師サイレンスや、魔導書に精通し巨匠とまでいわれたタイタス・クロウです。
 ここには「超常現象(本物)を解明しようとするが、上手くいかない(あるいは、最初から解く気がない)」なんてのも含まれます。こうなると、オカルトではあるものの「探偵」とはいえず、単なる怪談ですけれど……。

 さて、ウィリアム・ホープ・ホジスンのトマス・カーナッキの場合、1と4の混合パターンです(解けないこともある)。カーナッキは特殊な能力を持たない普通の人ですが、魔術の知識を有しています。
 すなわち、人間の企みには論理で対抗し、魔物に対しては呪術の理屈で立ち向かうという、ハイブリッドなオカルト探偵であり、読者は「今回は、どっちでくるのだろう」と予想する楽しみがあります。

 カーナッキは、霊的な事件に遭遇すると四人の友人(ドジスン、ジェソップ、アークライト、テイラー)を自宅へ呼び、あらましを語ります。そして、語り終えると「もう寝るから帰れ」と追い出してしまいます。
 枠組みに当たる部分は非常に淡白です。一応、語り手はドジスンですが、事件そのものはカーナッキの一人称で綴られます。話し終えた後も大した議論にならず、四人の友人に個性は全くありません。
 事件はバラエティに富んでいるのに、この部分はワンパターンなので、もう少し工夫があってもよいかなという気がします。

 各編の感想に入る前に、書誌について少し。
「カーナッキ」シリーズは、全部で九編というのが昔からの常識でした。
 実際、一九七七年のドラキュラ叢書版も、その文庫化である角川ホラー文庫版(訳者が一部変更されている)も九編が収録されています。

 ところが、二〇〇八年に新訳で刊行された創元推理文庫版の「カーナッキ」(写真)には十編が収められていました。
 はて、どういうことかと思い購入してみると、「探偵の回想」と題された短編が加わっていました。これは「The Idler」に連載されていた「カーナッキ」シリーズの四編を、作者自身が宣伝のために要約したものだそうです(それ故、回想の形を取っている)。
 これを読まないと困るわけではないのですが、ないよりはあった方が気分がよいと思います。
 というわけで、これから購入される方は、折角ですから創元推理文庫版を選ばれるとよいでしょう。

 ちなみに、「ジョン・サイレンス」シリーズも、ドラキュラ叢書→角川ホラー文庫(文庫化)→創元推理文庫(新訳)という同じ道を辿りました。こちらは、三冊とも全六編収録なので、どれを選んでも構いません。

 また、カーナッキは、学研文庫怪奇ミステリーシリーズから漫画が刊行されています(『幽霊探偵カーナッキ』)。
 ここでは「妖魔の通路」「霊馬の呪い」「口笛の部屋」(邦題は異なる)の三編が漫画化されています。

礼拝堂の怪」The Thing Invisible(1910)
 歴史ある城館の礼拝堂で、短剣が執事に突き刺さります。霊の仕業か、はたまた誰かが仕組んだのか……。本格的なトリックは勿論、動機も面白い。

妖魔の通路」The Gateway of the Monster(1910)
「礼拝堂の怪」と打って変わって怪しい雰囲気に満ちた作品です。巨大な手に首を絞められるのは、モーリス・クロウものの「ト短調の和音」と共通していますが、結論が全く違います。

月桂樹の館」The House Among the Laurels(1910)
 遺産として相続した屋敷に幽霊が出ることから、調査を頼まれたカーナッキは、そこで幽霊に遭遇します。「妖魔の通路」と同様、五芒星を描いて対応しますが……。折角描いた五芒星が役に立たなかったと怒るカーナッキが可愛い。前話での猫に対して、今回は犬を持ってきて読者を惑わします。

口笛の部屋」The Whistling Room(1910)
 アイルランドの城館で、ある部屋から口笛が聞こえるという怪異を調査したカーナッキ。その正体はとんでもないものでした。捻りがない分、強烈な不気味さがあります。映画『マタンゴ』の原作として知られる「闇の中の声」同様、ホジスンの真骨頂といえる短編です。

角屋敷の謎」The Searcher of the End House(1910)
 カーナッキが若かりし頃、母親と住んでいた貸家でのできごとです。深夜にコツコツという音が聞こえ、ドアが勝手に開き、異臭が漂います。そこでカーナッキ、大家、刑事は幽霊を目撃するのですが、カーナッキは子どもの霊を、ほかの者は女性の霊をみます。「人間と霊が半分ずつ」かかわっている点がユニークです。ホジスンは、読者の裏をかくのに命を懸けている感じですね。

霊馬の呪い」The Horse of the Invisible(1910)
 長女が生まれると馬の霊に取り憑かれてしまうという運命を担った一族。八代ぶりの長女であるメアリの婚約が決まった直後、馬の嘶きが響きます。犯人の思いが強いと霊を引き寄せることがあるんだとか。こういう事件はオカルト探偵にしか解けません。

魔海の恐怖」The Haunted "Jarvee"(1929)
 ジャーヴィー号という船に起こる怪異。ホジスンお得意の海洋恐怖譚ですが、誘引霊気という言葉で怪奇現象を説明しているのがカーナッキらしい。

稀書の真贋」The Find(1947)
 たった一冊しか印刷していないはずの稀覯本(博物館に所蔵されている)に、二冊目がみつかります。偽物なのでしょうか。それとも……。唯一オカルトとは無関係な話ですが、本好きには堪らない一編です。ただし、動機が金目的というのが気に入らない。稀覯本をどうしても手に入れたくて知恵を絞ったビブリオフィリアの犯行にして欲しかったです。

異次元の豚」The Hog(1947)
 いびきをかく男が、夢で豚の鳴き声に悩まされます。その設定も上手いのですが、壁に沢山の豚の鼻が突き出してきたり、異次元の虚空に豚の顔が浮かんでいたりといったイメージが素晴らしい。実際、こんなものに遭遇したら腰が抜けるでしょうね。

探偵の回想」Carnacki, The Ghost Finder(1913)
「月桂樹の館」「妖魔の通路」「霊馬の呪い」「口笛の部屋」の要約です。結末まで記載されているので、最後に読んだ方がよいです。

※:執筆当時の疑似科学を、科学と見做すか否かは議論が必要かも知れない。

『幽霊狩人カーナッキの事件簿』夏来健次訳、創元推理文庫、二〇〇八

→『海ふかくウィリアム・ホープ・ホジスン

「オカルト探偵」関連
→『名探偵ハリー・ディクソンジャン・レイ
→『心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿』アルジャーノン・ブラックウッド
→『黒の召喚者ブライアン・ラムレイ
→『魔術師が多すぎる』ランドル・ギャレット
→『サイモン・アークの事件簿エドワード・D・ホック

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