読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿』アルジャーノン・ブラックウッド

John Silence, Physician Extraordinary(1908)Algernon Blackwood

 前回の『幽霊狩人カーナッキの事件簿』に続き、オカルト探偵シリーズである、アルジャーノン・ブラックウッドの『心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿』(写真)を取り上げます(※)。

 カーナッキは、お化け屋敷のようにビジュアルに訴えかけてくる恐怖が多い。映画や漫画に向いていますが、悪くいうと幼稚っぽいところがあります。
 一方、サイレンスの事件は、深く考えれば考えるほど恐怖が増してきます。良質のホラー小説は、読者の想像力を刺激し、ありもしないものへの恐れを掻き立てます。「サイレンス」シリーズは、六編ともその条件を満たしており、オカルト探偵どころか怪奇小説の傑作といえます。

黄金の夜明け団」に所属していたブラックウッドらしく、怪奇現象を丁寧に解説してくれます。非科学的であるにもかかわらず、思わず納得させられてしまうのが凄い。ヘンテコな動機の本格推理小説より、よっぽどまともに思えてしまいます。
 また、中編が多いので、舌足らずや投げっ放しの心配をせず、じっくりと楽しめます。

 サイレンスは、医師でありながら、心霊学の専門家でもあり、心霊博士と呼ばれています。霊に悩まされる者しか診察せず、報酬は一切受け取らない。
 年齢は四十歳と若いため腰が軽く、精力的に事件にかかわってゆきます。
 カーナッキと異なり、導入部はバラエティに富んでいます。サイレンスが現場に出向いて事件を解決することもあれば、当事者の話を聞くだけという場合もあります。ハバードという秘書が語り手となる回もあります。

 一九〇八年に刊行されたオリジナル版は五編のみでしたが、現在出ているコンプリート版には「四次元空間の虜」を加えた六編が収録されています。
 不思議なのは、大変人気があったにもかかわらず、それ以上続編が書かれなかったことです。シャーロック・ホームズのように長く書き継いでいたら、サイレンスは今頃もっとメジャーな存在になっていたかも知れません。

霊魂の侵略者」A Psyychical Invasion(1908)
 大麻を使用したユーモア作家が、笑いの発作に襲われます。しかし、その笑いには恐怖が潜んでいました。サイレンスは作家に引っ越しをさせ、犬と猫を連れて家に泊まり、怪異の謎を解きます。
 笑いが止まらなくなり、さらにその陰に恐怖があるとは! 何と恐ろしい状況を創造するのでしょうか。しかも、人を笑わせるのが商売のユーモア作家がそんな羽目に陥ったら、小説など書けるわけがありません。

古えの妖術」Ancient Sorceries(1908)
 フランスを列車で旅行中、ある町に一泊することになった男。素敵な町でしたが、すぐに様子がおかしいことに気づきます。町の人々は表向きは普通に暮らしているものの、それがすべて演技で、何か得体の知れない目的を持って動いているようなのです。そう思うと、列車の乗客が口にした「A cause du sommeil et a cause des chats(眠りと猫のために)」というフランス語が俄然気になってきます。やがて、男は町から出られないことに気づき……。
 ブラックウッドの傑作集やアンソロジーなどに掲載されることの多い短編です。ミステリーとしてもホラーとしても素晴らしい出来です。「何となく聞いたことのある話だなあ」と思われるかも知れませんが、恐らくはこれが元祖(解説で朝松健は、H・P・ラヴクラフトの「インスマウスの影」は「古えの妖術」への返歌としている)。これなくしては『霧のむこうのふしぎな町』も『千と千尋の神隠し』も生まれなかったでしょう。

炎魔」The Nemesis of Fire(1908)
 退役軍人の屋敷と隣接する森で、繰り返し小さな火事が起こります。この森では二十年前に、軍人の兄と森番が謎の死を遂げていました。秘書のハバードを連れて調査に向かったサイレンスは、兄がエジプトからミイラを持ってきたことを突き止めます。
 最も恐ろしかったのは、ハバードが霊に追われて走って逃げているとき、ふとみると、半身不随で車椅子の生活をしている老婦人が「立ち上がり、全速力で走っていた」シーンです。都市伝説の「ターボばあさん」はここからきているのでしょうか。

秘密の崇拝」Secret Worship(1908)
 商用でドイツにいった絹商人は、三十年ぶりに小さな山村にある寄宿学校を訪れることにしました。教師たちは温かく迎えてくれたのですが、よく考えると彼らの顔ぶれは当時と変わっていません。危険を感じた商人は学校を去ろうとしますが、たちまち取り囲まれてしまいます。商人は、教師らが口にしたドイツ語「Opfer(生贄)」の意味が分からずにいたのに、なぜか自分からそれを口にしていたのです。
「古えの妖術」に似た感じの話ですが、大きく異なるのは、商人のピンチにサイレンスが現れ、見事に救い出してくれた点です。なお、サイレンスの名前は、最初のパラグラフ、そしてラストの一行にしか出てきません。ラスト一回だけにした方が、より効果的だったと思うのですが……。

犬のキャンプ」The Camp of the Dog(1908)
 スウェーデンの群島に牧師の家族らとキャンプに出かけたハバード。大型の動物がいないはずの無人島ですが、朝起きると犬の足跡が残っていました。そして、しばらくするとみたこともない大型犬の霊が姿を現します。犬は、牧師の娘が怖がっていたサングリーという青年のテントに入ってゆき……。
 犯人の目星はすぐにつきますが、実をいうとこの短編の主眼はそこにはありません。ホラーやオカルトと思いきや……。サイレンスは、こんな役目も果たすのですね。

四次元空間の虜」A Victim of Higher Space(1914)
 友人の紹介状を持ってサイレンスを訪ねてきた男。彼は四次元の世界へゆくことができたのですが、それによって三次元のものが化物のようにみえてしまうといいます。
 美しいと感じていたものがまるで違った姿に変わる恐怖。四次元に出入りする様。こういうのを想像するだけで楽しくなります。これだから、読書はやめられません。

※:最近は、文庫本が品切れになるのが早い。折角復刊された本も、あっという間に再び姿を消してしまう。
 人気も質も高いエンターテインメント小説の古典が、新刊書店で手に入らないというのは由々しき事態……と思ったが、今はネットでものを買うことが増え、古書も家にいながらにして簡単に手に入る。そういう意味では、情報さえ掴めば、読むのに不自由はないのかも知れない。


『心霊博士ジョン・サイレンスの事件簿』植松靖夫訳、創元推理文庫、二〇〇九

「オカルト探偵」関連
→『名探偵ハリー・ディクソンジャン・レイ
→『幽霊狩人カーナッキの事件簿ウィリアム・ホープ・ホジスン
→『黒の召喚者ブライアン・ラムレイ
→『魔術師が多すぎる』ランドル・ギャレット
→『サイモン・アークの事件簿エドワード・D・ホック

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