No Man Friday(a.k.a. First on Mars)(1956)Rex Gordon
レックス・ゴードンの『宇宙人フライデー』は、一九五八年にハヤカワ・ファンタジイ(後のハヤカワSFシリーズ)から『宇宙人フライデイ』(井上一夫訳)のタイトルで発行されました。
その後、一九九六年に小学館の「地球人ライブラリー」という変なラインナップの叢書に新訳が収められました(地球人ライブラリーからは、ダニエル・デフォーの『ロンドン・ペストの恐怖』も栗本慎一郎訳で出ている)。
この叢書は、読みやすさと買いやすさを狙ったのか、ほとんどの本が抄訳で、評判は余り芳しくなかったと記憶しています〔ただし、後注だけでなく、巻末には類書のブックリスト(写真)までついているという親切さ。尤も、マイルやガロンといった単位まで説明してくれるのは、新鮮なような、却って読みづらいような……〕。
『宇宙人フライデー』は、どうなのかというと、僕は原書も井上訳も持っていないため判断がつきません。巻末には「読者の読みやすさを考慮し、小見出しを付記し七章立てに再構成させてもらった」と書かれており、この「再構成」が何を表すのか、妙に気になりますが……。
タイトルからお分かりのとおり、この作品もロビンソナードです。まずは、あらすじを紹介しましょう。
火星への有人飛行の最中に事故が起こり、たったひとり生き残ったゴードン・ホルダーは、何とか火星に着陸します。ところが、そこは酸素も水もほとんどなく、生物といえば昆虫と痩せた植物のみという世界でした。
この絶望的な状況にもかかわらず、ホルダーは火星で生き抜くため、ロケットの部品と科学知識を駆使して、酸素や水、食料、発電機、三輪車、トラックなどを次々に作り出してゆきます。
やがて、ホルダーは、体長六メートルの人型生物や、体長三十メートルの深海魚のような生きものと出会います。人型の方は自意識を持たない原生生物もどきですが、深海魚の方は知的生命体らしく、光を使って意思の疎通を図っていました。それを知ったホルダーは、光のシグナル装置を作り、彼らと会話を交わすことに成功します。
それから十五年が過ぎたとき、アメリカの宇宙船が火星にやってきました……。
SFにもかかわらず、僕が読んだもののなかでは『ロビンソン・クルーソー』の雰囲気に最も近いといっても過言ではありません。
その理由のひとつは、両者とも、ある種のリアリズムを目指しているように感じるからです。
以前述べたように、デフォーは『ロビンソン・クルーソー』を飽くまで実録といい張りましたが、『宇宙人フライデー』も時代設定は執筆当時と同じで、しかも、未知の科学技術はほとんど登場しません。要するに、一般に浸透している科学知識を基に火星への有人飛行を空想しているわけで、現実に起こりうる「もしもの世界」としても読めるわけです。
ちなみに、この本が出版された一九五六年の時点では、火星の直接探査はまだ成功していませんでした(人類初の有人宇宙飛行ですら一九六一年)。火星に生命体は存在しないと人々が確信したのは、恐らく一九六〇年代のマリナー計画以後ではないでしょうか〔フレドリック・ブラウンの『火星人ゴーホーム』は一九五五年。また、よく似た設定のSFに、ジョン・W・キャンベルの『月は地獄だ!』(1950)がある〕。
だからといって「リアリティがあるか」というとその逆で、『ロビンソン・クルーソー』も『宇宙人フライデー』も荒唐無稽さが目につくのが面白いところです。
しかし、それは決して欠点ではありません。特に『宇宙人フライデー』は、生存するための条件が過酷すぎて、無茶苦茶になっているのですが、真面目くさった一人称に触れているうち、妙な感動さえ覚えてくるから不思議です。これを「黄金時代のSFならではの夢にあふれている」と表現してよいのか分かりませんけど……。
と、まあ、ダラダラと書いてきましたけれど、実をいうと『宇宙人フライデー』の本当の魅力は、もっと別のところにあります。
ネタバレになってしまうため、はっきりとは書けませんが、タイトルの「フライデー」とは一体何者なのか?
終盤になって、それが明らかにされたとき、この作品の全く別の面が突如、姿を現し、読者を驚愕させることでしょう。これだけでも十分読む価値のある名作だと思います。
『宇宙人フライデー』地球人ライブラリー、吉目木晴彦訳、小学館、一九九六
『ロビンソン・クルーソー』関連(ロビンソナード)
→『フライデーあるいは太平洋の冥界』『フライデーあるいは野生の生活』ミシェル・トゥルニエ
→『前日島』ウンベルト・エーコ
→『敵あるいはフォー』J・M・クッツェー
→『ピンチャー・マーティン』ウィリアム・ゴールディング
→『月は地獄だ!』ジョン・W・キャンベル
→『スイスのロビンソン』ヨハン・ダビット・ウィース
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