読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『消されない月の話』ボリス・ピリニャーク

Повесть непогашенной луны(1925)Борис Пильняк

 春陽文庫というと、探偵小説、時代小説、大衆小説などを思い浮かべる人もいると思いますが、戦前は「春陽堂文庫」という名で、国内外の文学作品を刊行していました(春陽堂文庫、日本小説文庫、世界名作文庫、春陽堂少年文庫の四つに分かれており、後に春陽堂文庫に統一された)。
 世界名作文庫は、一九三二年から一九三五年まで刊行された、主として翻訳小説の叢書です。発行点数は二百五十冊以上といわれています。
 面白いのは「英國篇」「佛蘭西篇」「獨墺篇」「露西亞篇」「諸國篇」に分かれており、アメリカが「諸國篇」に含まれていること。この頃の米国は、文学的にはまだまだ赤ん坊だったということでしょう。

 その名のとおり名作ばかりですから、ほとんどは戦後、新訳が刊行されており、わざわざこの文庫を入手しないと読めない作品は多くありません。しかし、オルダス・ハクスリーの『道化芝居』、アルフォンス・ドーデの『ヂャック』、セルゲイ・トレチャコフの『吼えろ支那』など貴重なものも紛れているため油断は禁物です。
 世界名作文庫は、ゆまに書房の「昭和初期世界名作翻訳全集」として二百三十冊も復刊(オンデマンド出版)されたので、入手が難しい場合はそちらを探してもよいかも知れません。

 とはいえ、大抵の本は、古書店でオリジナルを探した方が早いし安いと思います(少なくとも僕は、復刻版の現物をみたことがない)。
 娯楽の少なかった時代はお硬い文学も今では信じられないくらい多くの部数が刷られました。そのため、昭和初期の文学全集や文庫本は、まだまだ頻繁にみかけます。古書価格も総じて高くないので、ネットや古書店をこまめにチェックすれば容易く入手できるでしょう。

 ボリス・ピリニャークも『消されない月の話』と『北極の記録』(写真)の二冊が世界名作文庫から刊行されました(※1)。
 いずれも短編集で、『消されない月の話』には「消されない月の話」「狼の掟」の二編が、『北極の記録』には「北極の記録(Заволочье)」「スペランザ(Speranza)」「谷の上(Целая жизнь)」の三編が収められています。

 戦前は邦訳の多かったロシア文学ですが、戦後、大作家以外はすっかり過去に埋もれてしまった感があります。ミハイル・アルツィバーシェフ、アレクサンドル・クープリン、アレクセイ・ノビコフ=プリボイ、ディミトリー・メレシュコフスキー、ニコライ・レスコフらを今も読んでいる人は、それほど多くないでしょう。
 ピリニャークの作品も、現在では滅多に読まれないと思いますが(※2)、イサーク・バーベリ同様、粛清された作家のひとりとして歴史に名を残しています。
 特に「消されない月の話」は、その文学的価値はともかく、ヨシフ・スターリンを怒らせた小説として今なおよく知られているのです。

 ピリニャークが逮捕され、処刑された表向きの理由は、二度滞在した日本のスパイ、あるいはトロツキストの疑いを抱かれたことですが、本当のところは「消されない月の話」がスターリンの逆鱗に触れたためといわれています。
 実をいうと、このときは雑誌の発禁だけで済んだのですが、後に発表した『マホガニー』が、エヴゲーニイ・ザミャーチンの『われら』とともに問題視されました。ザミャーチンのように亡命の道こそ選ばなかったものの、ビリニャークは謝罪をしていますし、作品を書き換えるなどの対応はしたようですが、粛清の波には抗えませんでした。

 ビリニャークの文学は一般的に難解といわれます。
 例えば「北極の記録」は、訳者の米川正夫が「現在の事件と過去の追憶と、原因と結果と、北極と歐洲と、外的現象と内面的體驗と、すべてが作者の藝術的な鋏で寸斷せられ、構成主義的手法で思い切つて大膽にモンタージユされてゐる。従つて、静かに落ち着いて再讀三讀する餘裕を持たぬ讀者は、あらかじめ物語の概要を頭に入れて置かないと、叙述を追つて行く上に混亂に陥り易い譯である」と書くとおり、かなり分かりにくい。
 一方、「消されない月の話」は素材を余り加工していないため、とても理解しやすくなっています。

 誤解されるかも知れないので、つけ加えておきますが、「北極の記録」がややこしいのは、最も衝撃的なできごとを最後まで明らかにしないことによる効果を狙っているためです(そういう意味では夢野久作の「瓶詰の地獄」に似ているか)。
 多少複雑とはいえ、とんでもない小説であることは間違いないので、感覚を研ぎ澄まして読まれることをお勧めします。

 前置きが長くなりました。今回は毎年(ではないけど)恒例の、夏休みの宿題用の読書感想文(小学生レベル)を書きます(「消されない月の話」のみ。これだけなら、集英社の「世界短篇文学全集」12巻でも読むことができる)。
 八月の終わりになっても、感想文が書けないお子さんがいらっしゃいましたら、以下の文を、適当にアレンジしてご使用ください(※3)。

           * * *

 ロシア革命の英雄で、陸軍総指揮官のタヴァーリシチ・ガヴリーロフは胃かいようをわずらい、りょうようのためコーカサスにいきました。ところが、病気がなおったとたん、家にも帰れず、町に呼び出されます。
 そこで待っていたのは「背を決して丸くしない男」でした。

 背を決して丸くしない男は、ガヴリーロフに手術を受けるよういいます。ガヴリーロフは革命にとって欠くことのできない大切な人だから、わざわざドイツからも医者を呼び、医りょうチームを結成したというのです。
 それに対して、カヴリーロフは「病気はすっかりなおったからだいじょうぶ」と答えますが、背を決して丸くしない男は、もう命令をくだしてしまったといいます。それはぜったいで、だれもさからうことはできません。
 ドイツ人の医者が手術をする必要はないといっても、ロシア人の医師たちは聞く耳を持ちません。

 背を決して丸くしない男にとって、カヴリーロフはじゃま者です。それに気づいているガヴリーロフは、織工時代の友だちのポポフに手紙を渡します。自分が死んだら開いてくれというのです。
 かくごしていたとおり手術は(わざと)失敗し、カヴリーロフはなくなります。残された手紙には、ポポフのおさない娘ナターシャのために、自分の妻と再婚するよう書かれていました。

「背を決して丸くしない男」はヨシフ・スターリン、カヴリーロフは対立していたミハイル・フルンゼのことだそうです。
 ウラジーミル・レーニンがなくなった後、スターリンはじゃまになったフルンゼにむりやり手術を受けさせて、その最中に殺してしまったといううわさがあって、この小説はそれをそのまま表現したのです。

 こんなものを書いたら無事でいられるわけないのに、書かずにいられなかった作者のボリス・ピリニャークは、すごいと思います。文学者としての使命につき動かされたのか、それともたんに無鉄砲なのかは、私にはわかりません。
 しかし、時代は変わろうとも、読者のたましいをはげしくゆさぶることはまちがいありません。大しゅく清という狂気に支配されたソビエト連邦の人々に、命をかけてでもうったえようとしたピリニャークの情熱を笑える人なんていないと思います。

 カート・ヴォネガットは「坑内カナリア芸術論」として「芸術家は非常に感受性が強いからこそ社会にとって有用だ、という理論です。彼らは超高感度ですから、有毒ガスで満ちた坑内のカナリアよろしく、より屈強な人々が多少とも危険を察知するずっと前に気絶しています」(「アメリ物理学会での講演」飛田茂雄訳『ヴォネガット、大いに語る』)と語っています。
 ピリニャークも、こうした役目をはたそうとしたのでしょう。

 さらに彼は、未来の人たちにも危険をつたえようとしたのかもしれません。
 現代でも、おそろしい権力者や独裁者は存在し、そこに住む人々は苦しめられています。そういう人たちを生み出さないようにするためには、歴史を学んだり、このような小説を読むことが大切です。
 もちろん、民主国家で生きる私たちも、「笑顔で平和にくらせる社会とは何か?」について、きちんと考えなければいけないと思いました。

※1:僕が持っている『消えない月の話』は、背には「15sen」とあるが、奥付は紙が貼られ「定價 金貳拾錢」と書かれている。途中で値上げをし、在庫には紙を貼って対応したのだろう。

※2:ピリニャークは、二十一世紀になって、突然『機械と狼』が復刊された。

※3:勿論、冗談だが、ブログのタイトルのせいか、毎年、夏休みになるとアクセス数がぐんと増えるのも確か……。宿題の読書感想文が書けず、困っている子が多いのか。これなんかは、まあ使えるかも。


『消されない月の話』米川正夫訳、春陽堂文庫、一九三二