読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ジョン・コリア奇談集』ジョン・コリア

John Collier

 一九七八年に創刊されたサンリオSF文庫は、一九八三年から主流文学やノンフィクションなどを扱う「サンリオ文庫」を独立させました。
 そこから新たな作品を刊行し始めたのですが、既にサンリオSF文庫にラインナップされていたものをサンリオ文庫として再発行することも行なわれました。『ナボコフの一ダース』と『ザ・ベスト・オブ・サキI』の二冊がそれです。そのため、それらにはふたつのバージョンが存在します。
 一方、『ザ・ベスト・オブ・サキII』は、サンリオ文庫へ移行されないまま、文庫自体が廃刊になってしまいました。

『ジョン・コリア奇談集』は二巻まであるものの、一巻がサンリオSF文庫から、二巻がサンリオ文庫から刊行されるという変則的なケースとなりました。
『ザ・ベスト・オブ・サキ』と同様、サンリオSF文庫の『ジョン・コリア奇談集』も移行が予定されていたらしいのですが、実現しませんでした。
 どうして「予定されていたらしい」と書いたかというと、サンリオ文庫の『ジョン・コリア奇談集II』の整理番号が「A−5」だからです(写真)。一巻目を移行しないのであれば、『ジョン・コリア奇談集II』の整理番号は「A−5」になったはずです(※)。
 なお、この二冊はサンリオ文庫がなくなった後、再編され、ちくま文庫より『ザ・ベスト・オブ・ジョン・コリア』として刊行されました。

 コリアの出世作は長編小説『モンキー・ワイフ ―或いはチンパンジーとの結婚』であるにもかかわらず、我が国では短編の方が有名で、各社から様々な短編集が出ています。
 コリアの短編の特徴は、オチをはっきりと記載せず、読み手の想像に任せるところ。オチのみならず、例えば「車が故障して動かなくなった」と記述すべき箇所で、「彼は失望した」としか書かないので、ボケッとしてると何が起こったのか分からなくなります。
 饒舌な語りが特徴のミステリー「ボタンの謎」Gables Mystery(『予期せぬ結末1 ミッドナイトブルー』収録)にしても、あれだけ喋りまくっておきながら核心に一切触れず終わります。勿論、そうすることで笑いが生じるわけですが、推理小説としては異色です。

 もうひとつの特徴は、残酷な結末なのに、何となく丸く収まったような気がしてしまうところ。少し見方を変えれば悲劇が喜劇に簡単にシフトすることを手を変え品を変え説明してくれているともいえます。
 十分に頭を働かせることで恐怖や笑いがじわじわと染みてくるコリアは、中毒性のある作家のひとりであることは間違いないでしょう。

 サンリオSF文庫は、意外にも「奇妙な味」に分類されるような短編集を余り発行していません(そうした短編集はソノラマ文庫海外シリーズに多かった)。
 それらが増えていれば、ハードSFについてゆけない幻想・ホラー・ミステリー寄りの読者を取り込むことができ、文庫自体の寿命がもう少し伸びていたかも知れないなと思います。

 ちなみに、『ジョン・コリア奇談集』は「Bottle Party and Other Stories」、『ジョン・コリア奇談集II』は「And Who, with Eden and Other Stories」と、それぞれ英語のタイトルが書かれていますが、そのような原書は存在せず、日本オリジナル編集版です。
 そのため、早川書房の『炎のなかの絵』や河出書房の『ナツメグの味』とは、かなりの数の短編が重複します。まあ、これは日本独自の短編集が多い作家の宿命なので、やむを得ません。

 一巻は十五編、二巻は二十一編と収録作品数が多いため、特に好きな短編のみを取り上げます(一巻は緑色、二巻はピンク色で示す)。

眠れる美女」Sleeping Beauty(1921)
 サーカスで眠れる美女をみつけ、財産を叩いて引き取るものの、目覚めた女性は……。展開は読めるのですが、こういうオチをさらっと持ってくるところがコリアらしい。

ある恋の物語」Special Delivery(1941)
「特別配達」というタイトルで、多くのアンソロジーに収録されているため、コリアの短編といえば、これを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。マネキンに恋した男の悲しい逃避行。狂えば狂うほど切なさが増し、ほかに方法はないというラストが待っています。これをハッピーエンドと考えられるなら、コリアはあなたのよき友となるでしょう。

落ちてきた天使」Fallen Star(1951)
 地獄を抜け出した悪魔が天使をさらい、地球へと送り込みます。無垢な天使が、地球で汚されることを望んだのです。しかし、天使は精神分析医と結婚し、悪魔まで治療してしまいます。悪魔の心を治すというまともなアイディアですが、仕掛けが大袈裟で馬鹿馬鹿しい。

なごやかな実りの季節」Season of Mists(1940)
 双子のふりをして、双子の姉妹と結婚した男。無理はあるものの、ここまでであればフィクションでありがちな設定です。けれど、ラストの一行には度肝を抜かれます。正に最後の一撃(アルフォンス・アレー的な意味で……)。「腹話術奇談」も似たようなテイストです。

名優ギャヴィン・オリアリ」Gavin O'leary(1945)
 ハリウッドを舞台にした典型的な「英雄の冒険譚」。ただし、主人公はノミです。

夜だ、青春だ、パリだ、月だ」Night, Youth, Paris, and the Moon(1938)
 変態で人殺しなのに、なぜか爽やか。得体の知れないスピード感が堪りません。

小さな博物館」Little Memento(1938)
 後述する「また買いにくる客」ほど切れ味が鋭くありませんが、コリアらしい短編。素材を無駄なく拾い集めると真実がみえてきます。

また買いにくる客」The Chaser(1940)
 ショートショートのお手本のような作品。余りの鮮やかさに、読み終わった後、思わず拍手したくなります。人に話しても、受けること間違いなしです。個人的には、これがコリアのベスト。ロード・ダンセイニの「二壜の調味料」よりも好きですね。

むかしの仲間」Old Acquaintance(1940)
 ごく平凡な幽霊譚なのですが、コリアの手にかかると全く別のものにみえてくるから不思議です。

ウィーンから来た青春」Youth from Vienna(1951)
 誰もがオチを読めます。しかし一方で、「コリアだから、絶対にまともにはこない!」とも考えてしまいます。さて、どちらが正しいでしょうか。

奇術師フレイザーの運命」Rope Enough(1939)
 奇談に相応しい変テコな話。伏線が効いているような、いないような……。

アンリ・モーラーのステッキ」If Youth Knew, If Age Could(1941)
 正に踏んだり蹴ったりです。現代においては、高い傘を持っていると、こういう心配がつきまといますよね。

死者について語る」De Mortuis(1942)
 間が抜けた話ですが、よくよく考えると、仲間が信頼できるかどうかシミュレートしたともいえるわけで、なかなか不気味です。

みどりの思い」Green Thouughts(1931)
「怪物に喰われる恐怖」ではなく、「喰われた後の恐怖」を描いています。本当に怖いのは、やはり人間の方です。

『鋼鉄ネコ』」The Steel Cat(1951)
 黒人のボーイがしきりに口にする「シンプソン」の意味が分からないと、面白さが全く伝わりません。『炎のなかの絵』にはそれについての注釈がないので、そちらで読まれた方は「何のこっちゃ」かも知れませんね。

ナツメグをほんの少し」The Touch of Nutmeg Makes It(1941)
 重要な伏線を、統計やチェッカーによって巧みに隠すところはお見事。意外性はありませんが、ラストでパズルが完成するような楽しみがあります。

リスの目は光る目」Squirrels Have Bright Eyes(1941)
 コリアの恋愛ものは「めでたしめでたし」で終わることが多いのですが、問題はそこに至る過程です。いや、彼にとってはマネキンも剥製も恋愛対象として十分すぎるのかも知れません。

『死の天使』」Three Bears Cottage(1951)
 巻頭に収録されている「風変りなプレゼント」(And Who, with Eden)と対になるくらい似ていますが、こちらの方がよりおかしくて、より恐ろしい……。

※:要するに、サンリオ文庫版の『ジョン・コリア奇談集I』(A−5a)は存在しない。しかし、A−5bという整理番号がつけられたせいで、aが発行されていると思い込み、古書店を彷徨った亡霊どもが数多くいるらしい。
 ちなみに、早川書房「世界の短篇」の『幻想とバラード』も予告のみで刊行されなかった。


『ジョン・コリア奇談集』中西秀男訳、サンリオSF文庫、一九八三
『ジョン・コリア奇談集II』中西秀男訳、サンリオ文庫、一九八四


→『モンキー・ワイフ』ジョン・コリア

サンリオSF文庫、サンリオ文庫
→『マイロンゴア・ヴィダル
→『どこまで行けばお茶の時間アンソニー・バージェス
→『深き森は悪魔のにおい』キリル・ボンフィリオリ
→『エバは猫の中
→『サンディエゴ・ライトフット・スートム・リーミイ
→『ラーオ博士のサーカス』チャールズ・G・フィニー
→『生ける屍』ピーター・ディキンスン
→『ジュリアとバズーカアンナ・カヴァン
→『猫城記』老舎
→『冬の子供たち』マイクル・コニイ
→『アルクトゥールスへの旅デイヴィッド・リンゼイ
→『旅に出る時ほほえみを』ナターリヤ・ソコローワ
→『』ロザリンド・アッシュ
→『浴槽で発見された手記スタニスワフ・レム
→『2018年キング・コング・ブルース』サム・J・ルンドヴァル
→『熱い太陽、深海魚』ミシェル・ジュリ
→『パステル都市』M・ジョン・ハリスン
→『生存者の回想』ドリス・レッシング
→『マラキア・タペストリ』ブライアン・W・オールディス
→『この狂乱するサーカス』ピエール・プロ
→『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』ウィリアム・コツウィンクル
→『どこからなりとも月にひとつの卵』マーガレット・セントクレア
→『コスミック・レイプシオドア・スタージョン
→『この世の王国』アレホ・カルペンティエル
→『飛行する少年』ディディエ・マルタン
→『ドロシアの虎』キット・リード

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