読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ユニヴァーサル野球協会』ロバート・クーヴァー

The Universal Baseball Association, Inc., J. Henry Waugh, Prop.(1968)Robert Coover

 今回は読書感想文ではなく、ちょっと視点をずらしたものを試してみます。

 僕のホームページは、元々スポーツカードの交換を目的に開設されました。
 メインはNHL(National Hockey League)のカードでしたが、僕は子どもの頃からカルビーの野球カードやタカラの球団別選手カードを蒐集しており、サイトではそれらを展示したり、コラムを書いたりもしていました。
 ちなみに、タカラのカードというのはトレーディングカードではなく、サイコロを使ったカードゲームです。プロ野球の各球団が一セットになっていて、二セットあれば、友だちと野球ゲームを楽しむことができました。
 勿論、僕も集めるだけでなく、実際にプレイしていました。だから、僕の持っているカードは、ほとんどがボロボロです(※)。

 さて、市販の野球ゲームにもの足りなさを感じた僕は、やがてカードを自作するようになりました。タカラのカードを元に独自のルールを決め、オリジナルの選手、チームを作り、そちらで遊ぶようになったのです。

 と、ここまで書けば、もうお気づきですね。
 そう、やっていることはロバート・クーヴァーの『ユニヴァーサル野球協会』(写真)の主人公ヘンリー・ウォーにそっくりです(これを初めて読んだときは「僕と同じことやってる」と、なぜか悔しかったっけなあ)。
 やっと本題に入りましたが、実は今回、この小説の感想文を書くつもりはありません。有名な作品なので、あらすじも省略します。
 じゃあ、何をするのかというと、作中で繰り広げられる野球ゲームは、実際に十分楽しめるのかどうか、を考えてみたいと思います(強引だ……)。

 その前にまず、タカラ野球ゲームの気になる点をあげておきましょう。
1 サイズが小さいカードでは、多くの情報を入れられず、試合が単調になりがち。
2 実在の選手を操るので、数値に個性が出にくい。「ほとんど三振だが、当たれば必ず長打」とか「足は恐ろしく遅いが、肩だけは抜群にいい」とか「左利きの捕手」といった現実のプロ野球には存在できない漫画のようなキャラクターを使いたい。
3 選手のユニフォームが決まっているため、トレードをしにくい。つまり、チームを編成する楽しみがない。
4 守備側の重要性が低い。投手や守備に関するルールも採用できるが、得てして煩雑になりがち。


 一方、『ユニヴァーサル野球協会』は、小さいカードを使用しないため、サイコロのもたらす結果が、やや細かくなっていたり、怪我やハプニングといった要素があったりもしますが、システム的には、上記の野球ゲームとそんなに差はありません。1と3の問題はクリアできますが、4については、タカラのゲームより劣ります。架空の選手を使用している癖に、2の利点もありません(理由は後述)。

 にもかかわらず、主人公のヘンリーは、このゲームに熱中します。正に寝食を忘れ、自分のアパートで延々とペナントレースを戦うのです(彼は五十六歳で独身の男性)。
 リーグに加盟しているチームは全部で八つ。ペナントレースは、各チーム七回ずつ対戦するので、計八十四試合。つまり、ゲームの総数は一シーズンで三百三十六試合。主人公は、詳細な記録をつけながら、これを二か月で消化するわけです。

 この程度のゲームで、どうして、こんなことが可能かというと、ローテーションやスタミナ、コンディション、日程といった概念、各選手の性格や特徴、年度ごとの成績、エピソード、リーグの歴史、新聞記事、そのほか、ありとあらゆる情報が主人公ヘンリーの頭のなかに存在し、またぶ厚い年鑑にこと細かく記録されてゆくからです。
 逆にいうと、彼の野球ゲームは、それ単体ではとても他人がプレイできるようなものじゃないということになります。
 勿論、小説としては、これで何の不都合もありません。というか、主人公の情熱や狂気を表現するために、規則はルーズな方がよい。
 いや、本音をいうと、僕はヘンリーをクレイジーだなんてとても思えませんでした。僕だけでなく、野球好きなら多分そんな風には感じないはずです。
 彼の脳内に詰まっている素敵な世界が、退屈な日常生活を思いっ切りぶっ潰してくれる。しかも、僕らが大好きな、あの懐かしいベースボールを使ってです。
 こんな爽快な物語があるでしょうか。野球のある国に生まれた僕は、本当に幸運でした。

 さて、ゲームの話に戻りますが、ヘンリーの妄想に強烈なキャラクターが多数登場するのと異なり、実際のゲームの方は、見事にすべてが無個性化されています。
 野球盤もないし、選手のイラストや、球団のロゴなどのイメージも皆無。選手の名前には気を遣うと書かれていますが、店の看板やちょっとした連想からつけられることも多く、ヘンリー以外の人にとって意味は全くありません。

 さらに、それはゲームの中心的なシステムにも現れています。
 ヘンリーは、打者を「スター」「レギュラー」「ルーキー」、投手を「エース」「レギュラー」「ルーキー」のそれぞれ三種類に分け、結果の書かれた九種類の一覧表をそれに対応させます。例えば「エース対ルーキー」ではAの一覧表を使用し、「エース対スター」ではBの一覧表を使うといった具合です。
 一見、これによって試合が複雑になると思いがちですが、よく考えると、ここに各選手の個性は全く反映されていません。つまり「どのエース」と「どのスター」が対戦しても結果に一切差はないのです。
 Aという選手は「右打ちのプルヒッター」という情報があれば、当然、打球のほとんどが左方向という一覧表を作らないと面白くない。っていうか、これなくして、各選手の特徴を全部覚えておくのは不可能です(何度も書きますが、小説としてはこれでオーケーです)。
 ちなみに、すべての打者に一枚ずつ一覧表を作成し、投手をランク分けすれば、この問題は解決します(左表参照)。投手は「先発」「救援」に分け、スタミナの数値を設ければ、さらによいと思います。

サイコロの目 Aランクの投手 Bランクの投手 Cランクの投手
1・1・1  三振      2ゴロ(3Rは+1) Cヒット(Rは+2)
1・1・2  Pフライ     3フライ     Lフライ(3Rは+1)


 うーん。こんなことを書いているうちに、また自分で野球ゲームを作りたくなっちゃった。
 いや、これを本気でやり出したら、ヘンリーのように会社をクビになり、そして……。

追記:二〇一四年一月、白水社から復刊されました。

※:タカラのカードは一九七八年から二十年ほど発行されていたが、僕は初年度から十年分くらい持っている。また、カードを使った野球ゲームは、ほかにも「熱闘12球団ペナントレース」「フィールドオブナイン」「プライムナイン」など日本だけでも数種類あり、これらにも少しだけ手を出した。
 なお、スポーツ以外のトレーディングカードゲームも、古くはMTGからポケモン遊戯王、DMまで色々とやっている。
 つまり、僕は「野球」「ゲーム」「カード」……これらに目がないのである。


『ユニヴァーサル野球協会』越川芳明訳、新潮文庫、一九九〇

→『ジェラルドのパーティロバート・クーヴァー


野球小説
→『12人の指名打者ジェイムズ・サーバーポール・ギャリコほか
→『野球殺人事件』田島莉茉子
→『メジャー・リーグのうぬぼれルーキーリング・ラードナー
→『ドジャース、ブルックリンに還る』デイヴィッド・リッツ
→『ナチュラル』バーナード・マラマッド
→『シド・フィンチの奇妙な事件ジョージ・プリンプトン
→『プレーボール! 2002年』ロバート・ブラウン
→『アイオワ野球連盟』W・P・キンセラ
→『赤毛のサウスポー』ポール・R・ロスワイラー
→『プリティ・リーグ』サラ・ギルバート
→『スーパールーキー』ポール・R・ロスワイラー

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