読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『100000000000000の詩篇』レーモン・クノー

Cent mille milliards de poèmes(1961)Raymond Queneau

 全集などに購入特典をつけるのは、正直やめて欲しい。これがあると「欲しいから買った」のではなく、「買わされた」感が強くなるからです。って、水声社の「レーモン・クノー・コレクション」(全十三巻。二〇一一年九月〜二〇一二年十二月刊行)の話なんですが……。
 邦訳されたクノーの小説はすべて持っているので、最初は、それ以外の初訳の本だけ買えばいいやと思っていたものの、結局、全巻予約をしてしまいました。特典である『100兆の詩篇』(写真)(※1)の誘惑に勝てなかったというより、後になって「やっぱ、全巻揃えよう」と考えたとき、特典がつかないことに、いい知れぬ哀しみを覚えるだろうと思ったからです(『かいけつゾロリ』でさえ、おまけのないのを買うのは悔しいタイプなので)。

 で、本日、『100兆の詩篇』が書店経由で届いたのですが、その感想も書きづらい。
 というのも、散々悩んだ末、思い切って予約したので、まかり間違っても「期待はずれでした」「こんな特典ならいらなかった……」などとはいえないからです。
 一方、「想像以上の出来でした!」「予約してよかった!」と書くと、ちっぽけな優越感に浸れますが、そうした自慢も何だか嫌らしい(こういう文章を書いてる時点で、十分嫌らしいけど)。

 といいつつ、書籍としては非常に凝った作りで、大満足でした。三十頁程度のボリュームながら、表1、4に穴が開き、その裏のボーダー柄がみえたり、見返しの紙の色が前後で異なっていたり、八頁の「制作余話」が付属していたり、限定三百部(※2)のシリアルナンバーが振られていたり(僕のは286番だった)します。
 辛いのは、読者自らが、本を短冊状に切らなくてはいけないこと(原書は、最初から切ってある)。尤も、実際にハサミを入れてしまう強者は、そうそういないと思いますが……。

 クノーが参加していた「潜在文学工房:ウリポ(Ouvroir de littérature potentielle : Oulipo)」は、その名のとおり様々な文学的実験を行なってきました(ハイカイザシオン、リポグラム、アクロスティック、ホロリームなど)。
『100兆の詩篇』は、十編のソンネ(ソネット、十四行詩)を、バラバラにして組み替えることで百兆通りの組み合わせを可能にした実験的な作品です。クノーは、頭や体を入れ替えて遊ぶ絵本をみて、このアイディアを思いついたそうです。

 組み替えが自由ということは、韻律や脚韻はより不自由になるわけです。何をやっても構わない小説と異なり、ソンネには厳格な脚韻の決まりがあるため、クノーも相当頭をひねったことでしょう。
 訳者たちの「制作余話」によると、韻のみならず「文法構造の保持や代名詞の照応などが、非常に厄介な制約になっている」そうで、ひょっとするとホロリーム(完全韻詩)や、ジョルジュ・ペレックの『煙滅』などに負けないくらい面倒な創作だったのかも知れません(巻頭の「使用法」にクノーが自ら課したルールと、訳者たちのルールが記載されている。翻訳は、クノー苦悩をともにするため、緩すぎず厳しすぎないような制約を設けるのが別の苦労だったようだ)。

 しかし、読者には、百兆通りすべてを試す時間などありません(ひとつ作って読むのに一分かかるとすると、一年で五十二万五千六百通り。百兆通りだと、約一億九千二十五万八千七百五十二年かかる)。そのため、目から鱗の組み合わせが、まだ発見されていない可能性もあります。
 けれど、この貴重な本を手にした人の多くは傷むのを避けるため、本を切るどころか、ほとんど開かないのではないでしょうか。
 実をいうと、僕が正にそうで、折れ目のつかないよう三十度以上は開かず、一読後はビニール袋と茶封筒に入れ、暗所に仕舞い込んでしまいました。そうなると新たな発見など永遠にあり得ないわけです。
 っていうか、今回は全く感想になっていない……。うーん。

追記:二〇一三年七月、何と市販されることになったそうです。予約しないと手に入らないと煽っておきながら、たったの三か月で一般販売してしまうとは、随分と読者を馬鹿にした話(ほとんど詐欺)じゃありませんか。
 水声社書肆風の薔薇時代から好きな出版社でしたが、モラルも糞もなく、最早、何でもアリなんですね……。完全に見限りました。もう二度とこの会社の新本は買いません!

※1:表紙や扉は『100000000000000の詩篇』だが、奥付などは『100兆の詩篇』となっている。

※2:書店で予約しなければならないとはいえ、予約購入者がその程度しかいなかったことに驚いた。今は、本当に本が売れない時代なんだなあ。しみじみ。


『100000000000000の詩篇レーモン・クノー・コレクション全巻予約購入特典、塩塚秀一郎、久保昭博訳、水声社、二〇一三

→『青い花レーモン・クノー

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