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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『邪魔をしないで』ミュリエル・スパーク

Not to Disturb(1971)Muriel Spark

 日本で人気があり、古書の相場が高いのに、絶版の本が多い作家がいます(飽くまで個人的な印象ですが、ナボコフブローティガン、デリーロ、残雪など)。
 ミュリエル・スパークも、僕のなかでは、そんな作家のひとりです。かつては多くの作品が翻訳出版されたものの、文庫化もされず、一部を除いて復刊もなく、亡くなった後は新訳も出なくなってしまいました。同世代で比較されることの多いアイリス・マードックも、今ではほとんど絶版ですから、やむを得ないのかも知れません。そこへいくと、ダフネ・デュ・モーリアは『レベッカ』という怪物を持っているだけ強いですね。
 また、スパークの場合は、辛辣で、ときにグロテスクとさえいえる作風が、今のぬるい時代と合わないのかなと、ふと思ったりします。勿論、その毒が大好きな人もいるので、できれば『The Comforters』を訳して欲しいんですが……。

 さて、スパークといえば『ミス・ブロウディの青春』や『死を忘れるな』の評価が高いようですが、それに劣らぬ傑作と個人的に考えているのが『邪魔をしないで』です。
 スイスにある男爵の屋敷の書斎に、男爵夫妻と秘書が閉じこもります。一方、有能だけど冷酷な執事のリスターをはじめとする一癖も二癖もある使用人たちは、男爵が妻と秘書を撃ち殺し、自殺することを予期しています。そして、予め様々な計画を練っておき、そのとおりに進行してゆくというお話。
 僕は余り感じませんでしたが、あとがきに「ゴシックふうブラック・コメディ」と書かれているので、一応、前回の『令嬢クリスティナ』とのつながりもあるということで……。

 スパークは「ト書きのように簡潔な現在形」「読者の想像力を喚起する曖昧な設定」「数多くの登場人物」を用いることが多いのですが、その効果が最も顕著なのが、この作品ではないでしょうか。
 男爵たち三人の関係も、どういう経緯で殺人が起こるのかも、はっきりとは分からないし、そもそも使用人たちは、どうして、その日に事件が起こることを知っていたのか、なども不明です。それでも、事件は既に起こったこととして処理されていて、現実もそれを裏切りません。
 このため、不条理劇をみているような、あるいは事件の前と後が同時に起こっているような奇妙な感覚に陥ります。だからといって、何らかの仕掛けやどんでん返しが用意されていることを疑ったりすると、作者の思う壷だったりします。

 登場人物は、皆エキセントリックで、感情移入を許さないので、余計不安になりますが、数多くの疑問は、どうせ解かれることはないのですから、想像力で補うか、一切気にしないのがよいでしょう。
 同様に、使用人たちのその後も全く読めません。歳若い叔母に求婚するリスターや、誰が父親か分からない子を孕むエロイーズなど、気になる人物は多いものの、意地悪なスパークが読者の望みなど叶えてくれるはずはないし……。
 もう慣れてしまったというか、彼女の小説は、この突き放し方が快感なんですよね。些細な点ですが、この作品で、最もスパークらしいなと感じたのは、マッサージ師と女装の男を落雷であっさり殺してしまうところ。クリスチアナ・ブランドなんかもそうですが、底意地の悪さでは、女性には敵わないなあとつくづく思います。

 調べてないので知りませんが、これは芝居になっているのでしょうか。前述したとおり、ト書きに近いこと、時間も場所も人物も限定されていること、中編程度のボリュームであることから、すぐにでも数幕の劇になりそうです。

『邪魔をしないで』深町真理子訳、早川書房、一九八一

→『ミス・ブロウディの青春』ミュリエル・スパーク