読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ミス・ブロウディの青春』ミュリエル・スパーク

The Prime of Miss Jean Brodie(1961)Muriel Spark

 このブログは、書店で普通に買える書籍は取り上げない方針なので、復刊の気配のある本はなるべく早く扱ってしまわなくてはいけません(※1)。この本も、読みたい人が多く、いつ復刊されてもおかしくないような気がします。

『ミス・ブロウディの青春』は、恐らくミュリエル・スパークの小説では最も有名でしょう。映画化もされましたが、その邦題は『ミス・ブロディの青春』と、微妙に違います。
 内容もさることながら、訳本はいかにも一九七〇年代っぽいイラスト(畑農照雄)が描かれた函入り、メタリックピンクの本体というお洒落な装幀で、お気に入りの一冊です(写真)。先手を打って負け惜しみをいうわけじゃないですが、復刊されたとしても、この本には敵わないでしょう。
 それにしても、昔は、こうした贅沢な本が多かったんですね。浪速書房の「エロチック・ユーモア選書」ですら函入りだったりするんですから、びっくりします。

 ミス・ジーン・ブロウディは、マーシア・ブレイン女子学園の教師。学園内で浮いた存在であるブロウディ先生は、お気に入りの少女を六人選び「ブロウディ組」と呼ばれる取り巻きの集団を作り上げ、彼女たちを「一流中の一流」の女性にするため英才教育を施します。
 ところが、ブロウディ先生の指導は次第にエスカレートしてゆき、自ら仕組んだある計略のせいで、逆に追い詰められてしまいます。「最良のとき(prime)」は長くは続かないのです。

 この小説の最大の特徴は、過去や未来のできごとが自在に織り込まれる錯時法(カート・ヴォネガットがよくやるやつ)が用いられている点です。現在の話の最中に、過去のできごとや、何十年も先の姿がサラッと紛れ込むのです。
 それは章ごとなんて生易しい単位ではなく、数行の間に過去や未来へと視点が目まぐるしく移動します。しかも、そこに、ある少女の妄想が加わり、より複雑な構成になっています。

 で、これが素晴らしい効果を発揮しています。
 この小説は、純粋無垢の少女たちが思春期を迎え、グロテスクかつ生々しく変貌する様子を描いていますが、ひとつのできごとを様々な時期の目で捉えることによって、彼女たちの精神の成長が分かるような仕掛けになっています。
 ブロウディ先生を盲目的に崇拝するだけだった少女たちも、上級生になると、それぞれ個性を現し、ただ従順なだけではなくなります。先生を敬愛する気持ちに変わりはないものの、次第に様々な疑問を抱くようになるのです。
 その過程をじっくり追っていったら、退屈な大長編になってしまうでしょう。それを切れ味鋭くまとめたのは、さすがという手腕です。

 なお、先説法(予弁法)により、プロウディ先生は、やがて少女の裏切りによって職を失うことが、かなり早い段階でバラされます。しかし、ブロウディ組の誰が、なぜ、どうやって裏切ったのかは徐々に明らかにされるため、サスペンス小説のような楽しみもあるのです(「訳者あとがき」を先に読まないこと)。

 古めかしいテーマでも、斬新な技法によって、現代でも読むに耐えうるものになることを証明した小説です。勿論、二十一世紀の今でも、十分通用する作品だと思います(※2)。

 なお、『ミス・ブロウディの青春』は中編程度のボリュームのため、訳本には『貧しい娘たち(The Girls of Slender Means)』(一九六三)が併録されています。この二作は、雰囲気がとても似ており、セットにするのにぴったりです。

『貧しい娘たち』は、ロンドンの「メイ・オブ・テック・クラブ」という女子寮に暮らす(暮らした)女たちのお話です。スパークお得意の群像劇で、貧しく悲惨だった時代に、たくましく生きた女性たちの姿が描かれています。

『ミス・ブロウディの青春』と同様、現在と過去(第二次世界大戦末期)をいったりきたりしながら物語が進行してゆきます(ブロウディ先生の失脚と同じく、ニコラスという青年がハイチで命を落とす未来が、早々に語られる)。
 また、若い女性たちが主人公であるため、全体の印象は明るく爽やかなところもそっくりです(老人たちの物語である『死を忘れるな』と比べると、その違いが顕著)。
 例によって意地悪な筆致だし、配給に苦しんだり、寮が何度も空襲に遭い、不発弾が破裂したりするなど戦争の悲惨さは表現されるものの、戦勝国であることもあって、それなりに明るい未来が垣間みえるのです。
 同意してくれる人は多分いないと思いますが、英国版『東京セブンローズ』といってしまいましょうか。

「残酷で、精神的に不安定な少女が堪らなく好き!」という方には、二編ともお勧めです。

追記:二〇一五年九月、白水社から復刊されました。また、同月、河出書房新社より『ブロディ先生の青春』のタイトルで新訳が出ました。いずれも『貧しい娘たち』は収録されていません。

※1:『アシスタント』は感想文を書いた約半年後、『ジュリアとバズーカ』は約2か月後に復刊されてしまった。『烈しく攻むる者はこれを奪う』は準備をしていたが、復刊の方が早かった……。文遊社なんてノーマークだったけど、最近、油断できない。ナボコフの『青春』もヤバいかも。帯つきの美本を持っているんだけど、復刊されたら値が落ち着くだろうな……。

※2:この小説は「何を書いたか」ではなく、「どうやって書いたか」が重要である。映画化されているが、上述の技法が映画に移植できるはずはない。『フランス軍中尉の女』のように映画独自の仕掛けを加えるなら別だが……。


『ミス・ブロウディの青春』岡照雄訳、筑摩書房、一九七三

→『邪魔をしないで』ミュリエル・スパーク

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