読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『虚構の楽園』ズオン・トゥー・フォン

Những thiên đường mù(1988)Dương Thu Hương

 海外文学を読む楽しみのひとつとして、その国や地域の歴史、文化、社会、生活習慣などに触れることができる点があげられます。尤もフィクションを介してですから、何となく知ったつもりになるという程度ではありますが……。

 一方、本を読む前に、多少の知識をインプットしておかないと理解しにくいタイプの小説もあります。
 ズオン・トゥー・フォン(楊秋香)の『虚構の楽園』が正にそれで、ベトナムの土地改革について事前学習が少しだけ必要となります。

 ベトナムの現代史を簡単に書くと……。
 第二次世界大戦終結した一九四五年、ベトナム独立同盟が革命を起こし(八月革命)、ベトナム民主共和国が樹立します。しかし、植民地として支配したいフランスはそれを認めず、戦争へと発展しました(第一次インドシナ戦争)。一九五四年、ジュネーブ協定によって戦争が終結し、国土が南北に分断されます。そして、共産党政権の北ベトナムでは、地主の土地を農民に分配する土地改革が行なわれました。勿論、その思想は土地についてのみならず、党員と農民以外の者、例えば貧しい商人でさえ搾取階級として打倒の対象となるといった厳しいものでした。
 それらは、やがて東西の代理戦争であるベトナム戦争第二次インドシナ戦争)、カンボジア・ベトナム戦争中越戦争第三次インドシナ戦争)へとつながり、ベトナムがようやく戦争から解放されたのは『虚構の楽園』が出版された翌年(一九八九年)のことでした。

 さて、この小説では、主人公である若い女性ハンの父母の世代から現在(一九八〇年代)までのできごとが描かれます。
 ハンは今、海外派遣労働者としてソビエト連邦で働いています〔一九八〇年代、ベトナムは、ほかの社会主義国に対する債務弁済、受入国側の労働力不足の解消、ベトナム人の雇用の創出のため、労働者を外国(主としてソ連)へ派遣した〕。
 孤独と貧困に苦しめられているハンの元に、叔父危篤の知らせが舞い込み、彼女はモスクワへ向かいます。その列車のなかでハンは過去に思いを馳せるのです。
 母は、地主の父と結婚をしたものの、土地改革隊の隊長である母の弟チンによって無理矢理引き離されてしまいます。
 ハノイに逃げた母は、そこで再び父と出会い、ハンを身籠ります。父はハンが生まれる前に死んでしまいますが、母娘は貧しくも一所懸命生きてゆきます。そこへ十年ぶりにチン叔父が訪ねてきて……。

 僕がベトナム文学を読もうと考えたとき、興味の対象となるのは主に「八月革命からインドシナ戦争を経て、ドイモイ(刷新政策)に至るまでの時代に、ごく普通の人々がいかに生きたか」です。
 例えば、ベトナム戦争を扱ったアメリカ文学は数多く翻訳されていますが、ベトナム文学の方はほとんど知られていません。民間人の死者が途轍もなく多かった抗米救国戦争(ベトナム戦争)に、ベトナム文学がどう立ち向かったか知りたくなるのは当然の欲求であるにもかかわらず、なかなか満たされないというのが現実です。

 現在、容易に入手可能な小説に、パオ・ニンの『戦争の悲しみ』があります。これは、ハノイに住む高校生キエンとフォンが抗米救国戦争を体験し、その後の人生を狂わされるという物語です。
 一方、『虚構の楽園』は、戦争の悲惨さが面と向かって表現されることはありません。

 前述したとおり、ベトナム第二次世界大戦以降、ほぼ半世紀に亘って戦争をし続けていた国です。『虚構の楽園』の原題である「盲目の楽園」とは、狂ったように革命や戦争を繰り返す現実に民衆が目を背け、時代遅れの儀式や伝統を守ろうとしている状態を指します。
 勿論、それを批判しているわけではなく、余りに悲しいできごとが連続するため、逃避しなければ耐えられなくなった市井の人々の心情を慮っているのです。
 そのため、この小説では具体的な戦闘や暴力はほとんど描かれず、飽くまで日常生活が中心となります。抗米救国戦争を敢えて避け、その前後の時代を扱うことで、それが可能になったともいえるでしょうか(土地改革が一九五〇年代で、ハンはその十〜十五年後に生まれ、一九八〇年代に思春期に達していると思われる。ちなみに『愛と幻想のハノイ』も抗米救国戦争後のハノイが舞台である)。
 ベトナムの伝統行事や料理、昔話、娯楽などが細かく描写され、団欒の暖かみが醸し出される。にもかかわらず、民衆が抱える苦しみ、哀しみがはっきりと響いてきます。

 それもそのはず、この物語は、ハン、母、タム伯母ら女性たちの生き様を中心にしているからです。
 社会主義体制への移行や戦争が弱い立場の人々に幸せを齎したためしはなく、女性や子ども老人はいつだって激動の波をまともに被ってきました。
 ズオンは、時代と場所をダイナミックに移動する構成で、彼女たちの人生をリアルに描き出します(※)。貧しく愚かで、社会の変化に上手く乗れないにもかかわらず、勤勉さだけは失わず必死に生きてゆく姿は、人種や時代を越えて読者の心に届くに相違ありません。
 ひょっとすると、多くの人が抱く母親のイメージに近いかも知れないと思ったりもします。

 ところで、彼女たちが生きる糧としているのは、血のつながりや家系の存続です。
 土地改革のせいで土地も財産も失ったタム伯母は、自分の家の血を引く唯一の存在であるハンを溺愛します。一方、母もハンそっちのけで、ふたりの甥(チン叔父の子)を援助します。
 このおかしな構図が母とハンの関係をギクシャクさせます。

 さらに母は、大学生になったハンが空腹で倒れそうになっても、弟家族への施しをやめようとしません。それによって母と娘の関係は決定的に悪化し、ハンは家を出て大学の寮に入ります。その後、母が事故で片足を切断したため、ハンはやむを得ず大学を中退し働くことになります。それでもなお弟の心配ばかりする母に、ハンは遣り場のない感情を抱きます。
 他人に愛されないのは仕方ないとして、たったひとりの肉親の愛を得られないのは何よりも悲しい。自分の腹を痛めて生んだ子なのになぜと問うても、愛情に理屈はありません。母にとっては、とにもかくにも弟がすべてなのです。

 物語の終盤、ハンは、父母や自分の人生を狂わされ、また常に脅威に感じていたチン叔父が、党の人減らし策でモスクワに飛ばされ、そこで若い党員たちに馬鹿にされているのを知ります。
 また、唯一、自分を愛してくれたタム伯母の死にも立ち会います。
 そして、彼女は気づきます。しっかりと目を開ければ、そこに楽園などないことに……。
 だからこそハンは、過去の亡霊を振り払い、自分のために生きようと心に決めるのです。そのとき、脳裏に浮かぶのは「飛行機が次々と発着する遠い国の空港」であることがベトナムの現状を表しているようで遣る瀬なくなります。

 なお、ズオンは『虚構の楽園』出版後、反体制的言動により党籍を剥奪され、勾留されました。釈放後も監視される生活が続いたようですが、二〇〇六年以降は、フランスに居を移したとのことです。
 ベトナムでは、現在でも民主化を求める活動家が逮捕されています。

※:ちょうどバブル期の日本人観光客を眺めて、同じアジア人なのに、こうも違うのはなぜなのかと嘆くシーンがある。

『虚構の楽園』加藤栄訳、段々社、一九九四