読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『魔法の木』ウィリアム・フォークナー

The Wishing Tree(1927)William Faulkner

 唐突ですが、現時点での、僕のアメリカ文学ベスト10をあげてみます(一作家一作品に限る。長編のみ)。〔こちらは「二十世紀の100冊」〕

1位 響きと怒りウィリアム・フォークナー
2位 ハックルベリー・フィンの冒険マーク・トウェイン
3位 『白鯨』ハーマン・メルヴィル
4位 『青白い炎』ウラジーミル・ナボコフ
5位 『酔いどれ草の仲買人』ジョン・バース
6位 アメリカの鱒釣り』リチャード・ブローティガン
7位 ライ麦畑でつかまえて』J・D・サリンジャー
8位 オズの魔法使い』L・フランク・ボーム
9位 『キャッチ=22』ジョゼフ・ヘラー
10位 『発狂した宇宙』フレドリック・ブラウン

 4位以下の顔触れは、多少変化します(『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』『緋文字』『シスター・キャリー』『マイ・アントニーア』『華麗なるギャツビー』『怒りの葡萄』『心は孤独な狩人』『走れウサギ』『おかしな二人』『ユニヴァーサル野球協会』『スローターハウス5』『重力の虹』『素晴らしいアメリカ野球』『アンダーワールド』『紙葉の家』などが出たり入ったりする)が、上位はここ二十年ほど不動です。

 特にフォークナーは僕にとって別格です。彼の作品と出合ったのは二十代半ばと遅かったのですが、「こんな凄い小説があったのか!」と愕然とし、そこから文字どおり貪るように食い尽くしてゆきました。一作家一作品の縛りがなければ、間違いなく『アブサロム、アブサロム』も十位以内に入るでしょう。

 さて、『魔法の木』(写真)のあらすじは、こんな感じ。
 誕生日の朝、ダルシーのベッドに、モーリスという赤い髪の不思議な少年が現われました。ふたりは、黒人の召使いアリス、ダルシーの弟ディッキー、近所に住んでいるジョージとともに、願いを叶えてくれる木を探しに出かけることにしました。
 途中で、不思議なことが沢山起こりますが、最後にダルシーたちは聖フランシスさまに会うことができ、我がままな願いごとをしなければ、小さな願いが叶うことを教わりました。

 ごく初期に書かれたとはいえ、フォークナーということで重厚で難解な作品を思い浮かべるかも知れませんが、勿論、そんなものとは無縁です。
 子どもが大好きなナンセンスさや、ヘンテコな登場人物にあふれているところは、娘を喜ばせようと必死に知恵を絞ったらしいことが想像できて、微笑ましくなります。
 特にユニークなのは、アリスとその夫、そして、エグバートという怠け者のじいさん。無知な黒人と耄碌じいさんという組み合わせは、いかにも南部の作家らしいステロタイプを脱していませんが、それでも彼らの掛け合いは間が抜けていて、とても楽しい。
 ただし、そのせいで、主役のダルシーやほかの子どもたちの影が極端に薄くなってしまいましたけど……(ジョージなんて完全に必要ないなと思っていたら、案の定、途中でいなくなってしまう)。

 要するに、肩肘を張らず『不思議の国のアリス』『ハックルベリー・フィンの冒険』『不思議な少年』『オズの魔法使い』のいいとこどりをしたという感じなんですが、それをしたのが、あのフォークナーだってことに驚いてしまいます。
 ちなみに『魔法の木』はフォークナー唯一の童話で、奥さんの連れ子のために書かれたそうです。当然、出版の意図はなく、たった一冊のみ作られた私家版が残っているらしい。その成立過程は『不思議の国のアリス』に似ていますが、もし生前に出版されていたとしたら、フォークナーのことですから、しっかりと手を入れて全く別のものに作り直していた可能性もあります。
 完成度は決して高くないものの、多くの読者に読ませる意図がなく、恐らく気楽に書いたであろう作品がこのような形で読めることこそが貴重なのかも知れませんね。

『魔法の木』木島始訳、福武文庫、一九八九

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