Rayuela(1963)Julio Cortázar
フリオ・コルタサルの長編『石蹴り遊び』最大の特徴は、二通りの読み方ができる点にあります。
ひとつは、一、二部(1章から56章まで)を順番に読んでいく方法。もうひとつは、作者の指示に従って全155章をいったりきたりしながら読む方法です。
当然、後者の読み方がお勧めですが、集英社文庫の上下巻の場合、外で読もうとすると二冊とも持ち歩いて取っ替え引っ替えしないといけないところが不便です。その上、読む順番を細かく指示されるため、どこまで読んだか分からなくなることも屢あります。
お勧めは、時間のたっぷりある休日などに一気に読んでしまうこと。本好きにとって、至福のときを過ごせること請け合いです。
さて、構造をもう少し詳しく説明すると、全体は「一部 向う側から(1〜36章)」「二部 こちら側から(37〜56章)」「三部 その他もろもろの側から(57〜155章)」という三つの部分に分かれています。一部の舞台はパリ、二部の舞台はブエノスアイレスで、これを続けて読めば、普通の破滅型青春小説が完成します。
ややこしいのは三部(写真)です。これは一、二部と違い、最初のうちは意味不明な断片でしかなく、しかも、順番はバラバラ。が、しばらくすると、どうやら『石蹴り遊び』はモレリという老作家によって書かれた小説で、主人公のオリベイラはその一部であることが分かってきます。
一方で、モレリは作中人物としても登場し、オリベイラと彼の仲間たちは、モレリの原稿の整理を手伝うというチャイニーズボックス(入れ子構造)となっています。三部の順序が滅茶苦茶なのは、整理前という設定だからでしょう。
また、後者の読み方をすると、唯一55章だけは読むことがなく、ラストは131-58-131-58……と無限に反復します(ループ構造は、ほかにもあちこちでみられる。例えば、一部はそれ自体で循環・完結している)。
このように特異な仕掛けにばかり目がいってしまいますが、いったん物語のなかに入り込めば、余計なことは余り気にならなくなります。それどころか、次の章を探す煩わしさすら忘れてしまうのです。
その理由は、何といっても『石蹴り遊び』の世界が美しいから。
一部はパリに集うインテリたちの青春群像、二部はアルゼンチンに戻ったオリベイラと友人夫妻との奇妙な三角関係が軸となっていますが、いずれも無茶をしたり、暴走したりするわけではなく、内向的で青臭い議論を繰り返すのが特徴です。それでも魂の彷徨は、危うく、痛々しく、儚い。
感情移入に成功し、彼らの仲間となった読者なら、独特の息苦しさを感じながら読み続けてゆくことになるでしょう。その点では、トーマス・マンの『魔の山』に勝るとも劣らないと個人的には思っています(ただし、脚注がないので、ジャズやフランス文学・映画についての知識をある程度持っていないと、話についてゆくのは難しい……)。
そもそも、作家志望のオリベイラは「追い求める男」です。絶対的に完璧なものを求めパリを彷徨うものの、みつけることはできず、それどころか愛するラ・マーガさえ失ってしまいます。失意のままアルゼンチンに帰国しますが、やがて精神に異常を来し、ついには死を選択しようとします。
彼にとって、病気の息子を抱える謎の美女ラ・マーガ(女魔術師の意)は、ファム・ファタールというより、強く欲するものの象徴です。実際、二部では友人の妻であるタリタに面影を投影し、心魅かれてしまうのです(それでも、やはり手に入れることはできない)。
『石蹴り遊び』が入れ子構造のメタフィクションであること、パリではオリベイラたちのグループ「蛇のクラブ」、ブエノスアイレスでは友人夫婦とひたすら芸術論を戦わせることからも分かるとおり、オリベイラの苦悩は、即ち作者のモレリ=コルタサルが抱えている苦しみでもあります。
三部を間に挟み込むことによって、メタフィクション最大の機能である自己言及性が発揮されるわけですが、作品に対する批判を内蔵しているのは当然として、小説を作り上げる過程における様々な葛藤や模索をあからさまにしている点が読みどころといえるでしょう。
コルタサルが求めたものは何だったのか。
じっくりと読み込んで、その謎を解いてみるのもよいと思います。
ところで、コルタサルの作品は、なぜか短編集ばかりが訳されています。最近も、岩波文庫から『遊戯の終わり』と『秘密の武器』が復刊され、手に入れやすくなりました。それはよいことなのですが、未訳の長編『Los premios』(1960)、『62/Modelo para armar』(1968)、『Libro de Manuel』(1973)等を早く出版してくれないものでしょうか……。
追記:二〇一六年八月、水声社から復刊されました。
『石蹴り遊び』〈上〉〈下〉土岐恒二訳、集英社文庫、一九九五
→『かくも激しく甘きニカラグア』フリオ・コルタサル
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