読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『かくも激しく甘きニカラグア』フリオ・コルタサル

Nicaragua tan violentamente dulce1984)Julio Cortázar

 今回は、小学生の夏休みの宿題用の読書感想文を書いてみます。
 八月の終わりになっても、感想文が書けないお子さんがいらっしゃいましたら、以下の文を、適当にアレンジしていただければよろしいかと思います(※)。

           * * *

 読書感想文を書こうと思った私が、リビングで『怪盗パピヨン』という本を読んでいたら、お父さんがやってきて、こういいました。
「そんなくだらない本を読んでいると、バカになるぞ。この本を読みなさい。」
 お父さんがかしてくれたのは、フリオ・コルタサルの『かくも激しく甘きニカラグア』という本でした。
 私は、ニカラグアという国を、よく知りません。だから、「べつの本をかしてほしいなあ。」といったら、お父さんは、怒った顔になりました。
「そんなこといわないで、おもしろいから読んでみなさい。」
 お父さんは、若いころ、ザ・クラッシュというパンクバンドが好きで、『サンディニスタ!』というアルバムに感動したそうです。それから、アレックス・コックスかんとくの『ウォーカー』という映画も、おもしろかったと教えてくれました。
「ちなみに、ザ・クラッシュのボーカルをしていたジョー・ストラマーは『ウォーカー』に出演し、楽曲の提供もしてるんだ」
「そ、そうなんだ……」
「ほかに、サルマン・ラシュディの『ジャガーの微笑』という本もあるぞ。かしてやろうか?」
「ううん。これでいいよ。」
 話がめんどくさくなりそうだったので、私は本をもって、自分の部屋へにげこみました。お父さんは、ふだんはとてもやさしいのですが、熱くなると、話がいつまでもおわらないのです。

『かくも激しく甘きニカラグア』は、コルタサルが、サンディニスタかくめい当時のニカラグアを旅して、感じたことを書いた本です。
 ガブリエル・ガルシア=マルケスルポルタージュは、冷静で正確で、さすがはジャーナリスト出身だなあと思います。けれど、コルタサルの場合は、まるでげんそう小説を読んでいるみたいです。
 そういえば、ソレンティナーメで撮影した平和な写真をながめているうちに、おそろしい場面がみえてしまう「ソレンティナーメの黙示録」は、『通りすがりの男』という短編集にも入っていたことを思い出しました。

「ラ・マーガに会えるだろうか?」というのは、『石蹴り遊び』の有名な書き出しですが、この本の最初にのっている詩も、それに負けないくらいすてきです。最後の部分は、こんなふうに書かれています。

  ごらん 旅人よ ニカラグアの扉は開いている
  国全体がひとつの大きな家だ
  あなたは空港をまちがえたのではないよ
  さあ おはいり あなたはニカラグアにいる。

 コルタサルの願いは、希望を手にして新しく生まれ変わった人々が、しあわせに暮らすことです。だから、世界中の読者に、ニカラグアのほんとうの姿を必死に伝えようとするのです。十一%しかなかった識字率があがって、ふつうの人も小説や詩を楽しめるようになったこと、戦闘で片うでをなくした少女の笑顔、今までずっと無視されていたインディオたち、南米中の芸術家たちの協力で、はじめてできた美術館などを、愛にみちた目でみつめていきます。

 反対に、ソモサのざんとう、コントラアメリカ合衆国が、子どもや、つみのない人を殺したり、まずしい小さな国を食いあらすのをゆるすことができません。また、ひとりぼっちでくるしんでいるニカラグアに、関心をしめそうとしない世界の国々にも怒りをむけます。

 私は、「アルゼンチンの作家のコルタサルは、自分の国のことじゃないのに、どうして、こんなに熱くなるのかなあ。」と思いましたが、巻末の対談に「ラテンアメリカは、ひとつの大きな世界」と書いてあって、「なるほど!」と納得しました。
 そして、ちがう国の人々が、おたがいに相手を大切に思うなんて、すばらしいと感じました。

 ざんねんなことに、コルタサルは一九八四年に死んでしまったので、サンディニスタ民族かいほう戦線が、ソモサどくさい政権に勝利したあと、コントラ戦争がはじまるまでしか知りません。
 ニカラグアの内戦はおわって、武器をもったゲリラの少年少女や、「殺すためだけに殺される」子どもたちは、いなくなりました。けれど、世界には、まだまだ戦争や、まずしさにくるしんでいる子どもたちが大勢います(写真)。
 そういう子どもたちが、地球からひとりもいなくなる日が早くきてほしいと、私は思いました。

※:勿論、冗談ですよ。

『かくも激しく甘きニカラグア』双書・20世紀紀行、田村さと子訳、晶文社、一九八九

→『石蹴り遊び』フリオ・コルタサル

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