The Star Mouse(1942)Fredric Brown
『Mitkey Astromouse』(1971)という本があります。
これは、フレドリック・ブラウンの短編「星ねずみ」(The Star Mouse)をアン・スペルバーが子ども向けにリライトし、ハインツ・エーデルマン(映画『イエロー・サブマリン』の美術監督)がイラストを描いた絵本です(※1)。
一方、「星ねずみ」を元にした絵本は、日本でも発行されています。
『ミッキーくんの宇宙旅行』は、一九六八年に亀山龍樹の訳、長新太の絵で、岩崎書店の叢書「SFえどうわ」の一冊として刊行されました。「SFえどうわ」は、シリーズ二十冊が丸ごと「なかよしえどうわ」として一九七七年に復刊されています(※2)。
また、『ミッキーの宇宙旅行』と表題を変えたものが偕成社からも発行されました(名作アニメート絵話、一九六九年、イラストは赤坂三好)(※3)。
日米でたまたま同時期にブラウンの絵本が刊行されたせいでややこしくなっていますが、発行年は我が国の方が古い。つまり、日本で児童向けに刊行された上記の「星ねずみ」たちは『Mitkey Astromouse』を翻訳したものではなく、亀山が「The Star Mouse」を翻案したものであることが推測されます。
僕は『Mitkey Astromouse』を某古書店でときどき手に取るのですが、高価すぎていつも購入を諦めてしまいます。いつか安く入手できたら『ミッキーくんの宇宙旅行』と比較してみたいと思います。
なお、「星ねずみ」には「星ねずみの冒険」Mitkey Rides Again(1950)という続編があり、ソノラマ文庫海外シリーズの『機械仕掛けの神』に収録されています(追記:『フレドリック・ブラウンSF短編全集3』にも収録された)。
というわけで、今回は『ミッキーくんの宇宙旅行』「星ねずみ」「星ねずみの冒険」の三作を比較しつつ、感想をまとめて書いてしまいます。
「星ねずみ」
ドイツでロケットの研究をしていたオベールブルガー教授は米国に亡命し、コネチカット州の自宅でひとり研究を続けています。その家に住んでいる灰色の鼠ミッキーは、教授が作った小型ロケットに乗せられ、月へと飛ばされてしまいます。
しかし、軌道がずれ、ミッキーはプルクスル(Prxl)という真っ黒な小惑星に辿り着きます。その星には地球人より文明の進んだ住人がいて、ミッキーの知能を人間並みにして地球に返してくれます。
地球に戻ったミッキーは、プルクスル星人にもらったX19という機械で鼠の知能を上げ、オーストラリアに移住して、そこにマウストラリア(首都はシドニーならぬディズニー)を作りたいと教授に相談します。
けれど、電気に触れると知能が元に戻ることを知らなかったミッキーは、教授の作った電気仕掛けの檻に触れ、普通の鼠に戻ってしまいました。
「頭がよくなって、服を着て人気者になるより、平凡な鼠の方が幸せだよ」みたいな話なので、ミッキーマウスやディズニーを茶化しているとはいえ、痛烈に皮肉っているという感じはしません。ま、ちょっとしたジョークといったところ。
そんなことより、ミッキーも奥さんのミニーもとても可愛くて、それだけでこの短編には価値があります。
知能が上がったのに、教授の真似をしたドイツ語訛りの変な英語を喋るところも堪らなくおかしい。ミッキーは教授のひとりごとしか聞いてこなかったから、口調が移ってしまったんですね。
ちなみに、ミッキーのスペルは「Mitkey」で、「Mickey」ではありません(ミニーの方は本家と同じく「Minnie」となっている)。
なお、現実の世界で初めて宇宙にいった鼠は一九五〇年ですから、ミッキーは時代を八年も先取っていたことになります。
「星ねずみ」はブラウンの代表作だけあって、『フレドリック・ブラウン傑作集』『宇宙をぼくの手の上に』『わが手の宇宙』『闘技場』(※4)など多くの短編集に収録されています。訳者もバラエティに富んでいるので、お好きなものをどうぞ。
『ミッキーくんの宇宙旅行』
上述のとおり「星ねずみ」の翻案のため、ストーリーはほぼ同じです。
長編を翻案する場合、重要でない部分を省略することがありますが、これは元が短編なので、逆にオリジナルのエピソード(実験に失敗し屋根が百メートルも吹っ飛んだり、鼠捕り器を買いにいったり、X19の設計図をくれとミッキーがねだったり)が加わっています。
にもかかわらず、ミッキーがミッキーマウスと同じ服を着ている理由が抜けてしまっています。もしかすると、その辺は書いたらマズいと配慮したのかも知れません。
また、絵本なので、子どもに話しかける調子になっています。
この絵本は、とにかく長のイラストが素晴らしい(写真)。
「えどうわ」を名乗るだけあってイラストが豊富に収められており、それを眺めているだけで楽しくなります。すべてが四色ではなく、二色や一色のイラストも多いのですが、六十頁以上のボリュームなのでやむを得ないでしょう。
ナンセンスな漫画やイラストを描かせたらこの人の右に出る者はいませんが、それにパチモン臭さが加わり、絶妙な味わいを醸し出しています。教授にしても、今にも「〜なのよ」と喋り出しそうです。
それでも東京ディズニーランドができてからであれば、これは出版できなかったかも知れません。
『フレドリック・ブラウン傑作集』のカバーイラストは和田誠が描いた星ねずみですが、黒いズボンに黄色い手袋(本文は「赤いズボンに黄色い手袋」となっている)だから、ぎりぎりセーフって感じです。
一方、長の方は赤いズボンに黄色い靴……。今だったら間違いなくクレームがつくでしょう。
そういう意味でも復刊は期待できないため、古書を手に入れる必要があります。が、この本は、ブラウンのなかでも入手難度が桁違いに高い。
児童書なのでコンディションのよいものはなかなかみつからない……どころか、カバーなしや図書館の除籍本すら滅多にお目にかかれません。ブラウンファンだけでなく、長ファンや児童向けSF叢書コレクターらも狙っているため、気長に探すしかないのですが、絵本はとにかくみつけるのが大変です。
例えば、文庫本なら古書店でも出版社別に並んでいます。けれど、絵本は判型も出版社も発行年もバラバラで棚差しされていることが多く、束も薄いため、それらを全部チェックするのは非常に疲れます。しかも、まずみつからないであろうことを承知しながらの作業ですから、余程の強者でなければ気力が続きません。
結局のところ、ネットオークションやネット古書店、SFや児童文学を専門に扱う古書店の入荷情報をこまめにチェックするのが最も近道という気がします。
実際、僕も、現物を発見するのを諦め、ネットで入手しました。カバー、本文ともに綺麗で、書き込みや開き癖のない、状態のよいものが手に入ったのは幸運でした。
「星ねずみ(スター・マウス)の冒険」
かつての記憶を取り戻したミッキー。X19で白鼠のホワイティを利口にしてあげます。しかし、ホワイティはミッキーを裏切り、自分の代わりにロケットに乗せてしまいます。再び月へ向かうミッキー。
一方、ホワイティはX19を細工して、ほかの鼠の知能を少しだけあげ、自分の奴隷として使っていました。
月から戻ったミッキーは、ホワイティを倒すため敵の本拠地に向かいます。
この続編も「星ねずみ」と同じような展開と結論になっています。要するに、鼠が知性を得て、それを失うものの、「普通の鼠が一番幸せだよ」と説いているわけです。
唯一の違いは、その選択を鼠自身がするところです。
ミッキーは敵のX19を破壊し、知能を失って帰ってきます。けれど、教授の家にもうひとつX19を作っておき、それでミニーの知能をあげます。そして、再び自分を利口にしてもらおうという計画でした。
ところが、頭のよくなったミニーは、鼠に知性は不要と考え、自らX19を壊してしまうのです。勿論、二匹はその先、楽しく暮らします。
まるで落語の「芝浜」のように、よくできた奥さんではありませんか。
ちなみに「星ねずみの冒険」にはディズニーのDの字すら出てきません。
また、日本版のイラストは勝川克志が描いています。
※1:アメリカより一年早くドイツで『Maicki Astromaus』(1970)として刊行された。タイトルのアイディアを出したのは『サセックスのフランケンシュタイン』のH・C・アルトマンらしい。
※2:復刊されても訳者によるあとがき「お母様方へ」は古いまま掲載したらしく、ブラウンは既に鬼籍に入っているにもかかわらず、「長寿をねがい、こののちますます活躍を期待したい、珍重すべき作家のひとりです」と書かれている。
※3:もう一冊、同じ亀山訳の『宇宙旅行をしたねずみ』(講談社)という本があるが、これはブラウンの単著ではなく、少年少女向けSFのアンソロジーである。
※4:『闘技場』に収録された「星ねずみ」のイラストは島田虎之介。
『ミッキーくんの宇宙旅行』なかよしえどうわ6、亀山龍樹訳、岩崎書店、一九七七
『フレドリック・ブラウン傑作集』星新一訳、サンリオSF文庫、一九八二
『機械仕掛けの神 ―黄金の50年代SF傑作選』仁賀克雄訳、ソノラマ文庫、一九八四
→『不思議な国の殺人』フレドリック・ブラウン
→『B・ガール』フレドリック・ブラウン
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