読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『流砂』ヴィクトリア・ホルト

The Shivering Sands(1969)Victoria Holt(a.k.a. Eleanor Alice Burford)

 以前、古い角川文庫を探してブックオフ巡りをしていると書きましたが、最近はそれも余り楽しくなくなってしまいました。
 そもそもブックオフ新古書店のため、「比較的最近に刊行された、ある程度売れた本が多く、どの店舗も品揃えが似通っている」という特徴があり、掘り出しものがみつかる確率が極めて低い。それでも昔はそれなりに収穫があったのです。それが近頃は、何も買えずに店を後にすることもしばしばあります。
 その理由として「売場面積や在庫数が減っている」「百円均一コーナーが縮小されている」「かつては一定期間売れないと百円(以下、価格は税抜き表記)に値下げされたが、それがされなくなった」「セドラーが買い占めてしまった」などがあげられます。

 ところが、僕の家の近くに、文学系の古書の割合が非常に高い店舗があります。当然ながら、それら古い本は百均コーナーに送られるので、大量に購入することが可能です。買い漁ってしまったら、それっきり補充されないなんてことはなく、訪れるたびに古い本が増えているのも嬉しい。
 新古書店の安さと、専門店並みの品揃えを兼ね備えた、正に理想といえる店です。
 大きな駐車場のある郊外型の店舗で、近くに古い住宅地や文系の大学があることが、奇跡を生み出した要因かも知れません。なかには「教養の高い高齢者が亡くなり、遺族が蔵書をまとめて売った」なんてケースもありそうです。

 しかも、大抵のブックオフの最低価格は、文庫本が百円、単行本が二百円(※1)ですが、この店舗は単行本も百円で購入できます。さらに、なぜか頻繁に二割引きセールをしているのです。
 これまで訪れたブックオフのなかでは、断トツのナンバーワンなので、末永く営業して欲しいと切に願います。

 さて、ヴィクトリア・ホルト(※2)の『流砂』(写真)も、その店舗で百円で手に入れた一冊です。
『流砂』クラスの大物には滅多に遭遇できないので、棚に無造作に突っ込まれているのをみつけたときは、思わず二度見してしまいました。

 女流作家の書いたゴシックロマンスは、過去にイサク・ディーネセンの『七つのゴシック物語』、ダフネ・デュ・モーリアの『レベッカ』、アイリス・マードックの『ユニコーン』、ロザリンド・アッシュの『嵐の通夜』、ルイザ・メイ・オルコットの『愛の果ての物語』などを取り上げましたが、ゴシック小説を数多く書き、人気を博したという点ではホルトこそが二十世紀における女王といえるかも知れません。

 ちなみに、ヴィクトリア・ホルトとは、エリナー・アリス・バーフォードがゴシックロマンスを書くときのペンネームです。彼女は、架空の歴史ものはジーン・プレイディー、一族の物語はフィリッパ・カー、恋愛小説はエリナー・バーフォードといった具合に、筆名を使い分けていました。

 僕は、ホルト名義の角川文庫の三冊(『流砂』『女王館の秘密』『愛の輪舞』)しか読んだことがありませんが、内容、ボリューム、読みやすさともに、メロドラマの王道といえます。まるで連続ドラマのように、ちょっと飽きてきたなと思うタイミングで衝撃的な展開を投入してきます。さらに、サスペンスも謎解きもあるため、ロマンティックとは無縁の男でも夢中になってしまいます。さらに女性の読者であれば、恋をする女の複雑な心理を楽しむこともできると思います。
 お勧めの読み方は、週末、誰とも会わず、ひたすら読み耽ることです。作品の世界にどっぷり浸って、現実を忘れることができると思いますよ。

 天才ピアニストの夫を若くして亡くしたキャロライン・バーレインは、ドーバー海峡を臨むラバットミルという土地にやってきました。両親を既に亡くしているキャロラインの唯一の血縁者である姉のローマ・ブランドンが、ここでローマの遺跡を発掘中、行方不明になったためです。
 キャロラインは身分を隠し、ラバットステイシーという名家にピアノ教師として雇われます。その大邸宅には、絶対君主のウィリアム卿、その次男で、美貌の長男ボウモントを射殺したナピア、ボウモントが死んだことに悲観して自殺したウィリアムの妻イザベル、ウィリアムの妹で気のふれているシビル、複雑な出自の三人の少女エディス、アレグラ、アリス、謎めいた女中頭など、一癖も二癖もありそうな人物が揃っていました。そして、屋敷からは、満潮時には砂州が隠れ、多くの船を座礁させてきた流砂がみえています。
 そんなある日、妊娠中のエディスが行方不明になってしまいます。

 ホルトの小説は、はっきりと年代が書かれませんが、少女たちがシャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』やウィルキー・コリンズを読んでいること、エディス、アレグラ、アリスという名前がヘンリー・ワズワース・ロングフェローの『子供の時間(The Children's Hour)』(1860)と同じであること、電話、自動車、航空機、映画が登場しないことから、恐らく十九世紀末(後期ヴィクトリア朝)が舞台と思われます。
 二十世紀に書かれたゴシックロマンスとしては、古すぎず新しすぎない、もってこいの時代背景です。

 ゴシックロマンス最大の魅力は、古く広大で謎めいた屋敷にあるといっても過言ではありません。それがたっぷり楽しめるのも『流砂』の素晴らしい点です。
『女王舘の秘密』は船上やコラール島(トンガ近くの架空の島)、『愛の輪舞』はオーストラリアが舞台の多くを占めており、やや物足りなさを感じさせましたが、『流砂』は本格ミステリーの「嵐の山荘(クローズドサークル)」のように余計なものに邪魔をされません。

 途中、シビルがキャロラインに向かって「この家が、あなたを変えたのよ。この家は、だれでも変えてしまうの。家って、生き物ね」といいますが、正にそのとおり、館は主役といってもよいくらいの存在感を示します。
 誤って兄を殺してしまったナピアが屋敷中から憎まれるのを承知で戻ってきたのも、勿論ラバットステーシーに魅力があるからです。
 それに比べると、当主のウィリアム卿は影が薄く、魅力もありません。

 さて、僕が読んだホルトの小説はすべて「天涯孤独になった女性が、古くから続く名家の大邸宅にやってきて、敵味方が分からない状況で、様々な苦難を乗り越え、最後には運命の人と結ばれる」というストーリーでした。
『愛の輪舞』は、主人公が思わぬ人と結ばれ吃驚しましたが、『流砂』はロマンスの行方が王道です(「爽やかな美男子と嫌な奴が登場し、後者と結ばれる」)。相手の男性は亡夫と性格的にも似ているため、惹かれる理由が分かりやすいといえます。
 珍しいのは、両者とも「善人」という点でしょうか(大抵のロマンス小説は、片方が「極悪人」である)。

 一方、ローマとエディスの失踪という大きな謎は、最後の最後まで真相がみえません。
 良質なミステリーと同様、様々な伏線が張られているので勘のよい方は気づくでしょうが、たとえ読めてしまっても犯人像は衝撃的です。
「黒幕はこいつしかいないだろう」という安心感のあった『女王館の秘密』や『愛の輪舞』とは対照的な結末です。

 タイトルの『The Shivering Sands』は「震える砂」という意味で、それがどのように使用されるのかも含めて、正に悪魔の所業です。「エラリー・クイーンのあれや、アガサ・クリスティのあれ」よりも犯人の実像は数倍恐ろしく、ここに辿り着くまでの五百五十頁が無駄ではなかったという充実感に浸れること請け合いです。

 そんな『流砂』の難点は、冒頭に記載したように、非常に入手しにくいことです。現時点で、Amazonにも登録されておらず、オークションでも高値で取り引きされています。
 運よくみつけたら、ぜひご購入ください。

※1:ちなみに、この店の近くにもブックオフがあり、そこは文庫本ですら最低価格が二百円である。

※2:角川文庫の表記は「ビクトリア・ホルト」。


『流砂』小尾芙佐訳、角川文庫、一九七一

ゴシックロマンス
→『ユニコーン』アイリス・マードック
→『七つのゴシック物語』イサク・ディーネセン
→『』ロザリンド・アッシュ
→『シンデレラの呪われた城ダフネ・デュ・モーリア
→『愛の果ての物語』ルイザ・メイ・オルコット

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