Mondo Piccolo: Don Camillo(1948)/Mondo Piccolo: Don Camillo e il suo gregge(1953)Giovannino Guareschi
三冊なのに原題がふたつしかないのは、日本版の最初の二冊が、原書では一冊だからです。
事情は定かではありませんが、その二冊がフランス語からの重訳であることを考えると、ジュリアン・デュヴィヴィエのふたつの映画『陽気なドン・カミロ(Petit monde de Don Camillo:直訳すると「ドン・カミロの小さな世界」)』(1951)、『ドン・カミロ頑張る(Le Retour de Don Camillo:直訳すると「ドン・カミロの帰還」)』(1953)に合わせ二分冊したのかも知れません(仏語版の時点で二冊になっている?)。
いずれにしても、映画(※)あっての翻訳出版であることは間違いなさそうです。実際、『ドン・カミロ頑張る』は、近刊予告時のタイトルが『ドン・カミロの歸還』となっていました。
なお、古い本なのでやむを得ない面もありますが、以下の点がやや気になります。
・日本版にはすべての挿話が収録されているわけではない。
・その後もシリーズは続いたが、邦訳は出版されていない。
・すべてが原書(イタリア語)からの翻訳ではない。
・ジョヴァンニ・グァレスキは漫画家でもあり、この本にも主に天使と悪魔の挿絵(写真)が沢山収録されているが、すべて収められているかどうか不明。
・フランス映画ありきのせいか、本来はイタリア語の発音に近い「ドン・カミッロ」「ペッポーネ」と表記すべきところが、「ドン・カミロ」「ペポネ」となっている。
といったわけで、いつか「ドン・カミロ」マニアの手による究極の完全版が出ることを期待したいと思います(詳しくは知らないのですが、訳本は一度復刊されているらしい)。
ドン・カミロは、イタリア北部のポー川沿いの小さな村に住む神父。彼と共産主義者のペポネ村長は犬猿の仲で、しょっちゅう詰まらない争いをしています。
ふたりのやり取りだけでもおかしいけれど、そこにカミロにしか聞こえないキリスト(ときどきマリアも)の声が加わるところがミソです。
週刊誌に連載されていただけあって、一編一編はごく短く、物語も人間関係も単純で、奇を衒ったところもないので、安心して読むことができます(偉大なるマンネリ)。
また、これは、共産主義への諷刺を目的とした小説でもあります。以前、取り上げたグレアム・グリーンの『キホーテ神父』と設定はよく似ていますが、あれより三十年以上も前の作品だけあって、赤の脅威が遥かに大きな影を落としています。
当然、カミロ(またはグァレスキ)のペポネおよび共産党への攻撃はかなり熾烈です。といっても、陰険でも冷酷でもありません。カミロは、神父にあるまじき子どもっぽさと暴力性を発揮し、キリストにたしなめられたりするのです。キリストも妙にとぼけていて、滅茶苦茶なことをいったりするのが、またおかしい。
ただし、シリーズの後半になると、打って変わって重苦しいトーンのエピソードも増えてきます。
のどかな(ときに厳しい)田舎の村の人々、共産主義へのピリッと辛口の批判、そして憎み合いつつ仲のよいカミロとペポネ。それらが絶妙に混じり合ったところが、このシリーズの魅力といえるでしょうか。アルフォンス・ドーデの『風車小屋だより』を好きな方は、気に入るかも知れませんね。
以下に、僕の好きな話を、いくつかあげてみます。
「護衞つきの狩獵」(『陽気なドン・カミロ』収録)
兎を密猟し、あまつさえ監視人を殴って逃亡するカミロとペポネ。キリストは、それを許してくれるだけでなく、兎料理を食べることも認めてくれます。人間臭さと優しさが、たっぷり詰まった一編です。
「處罰の旅」(『陽気なドン・カミロ』収録)
犯した罪を告白する者と、それを罰する者の苦悩を描いています。重い主題を温かく調理する点も、このシリーズの特徴ですね。
「聖堂への歸還」(『ドン・カミロ頑張る』収録)
住民たちと揉め、到頭教区を変えさせられてしまうカミロ。しかし、ペポネらの働きかけで元に戻ることができました。感動的な場面にもかかわらず不遜な態度で相手を怒らせてしまうカミロは、愛すべきトラブルメーカーです。
「クリスティーナ先生」(『ドン・カミロ頑張る』収録)
この辺りから滑稽さが影を潜め、政治、思想、宗教などを真面目に扱ったものが続きます(最終三話は、村で起こった殺人事件を扱っている。それはいいとして、犯人が誰なのかは『ドン・カミロ大いに困る』の第一話を読まないと分からない点が凄い)。コミュニストたちにも敬われる頑固な女教師が凛々しくて素敵です。
「粛淸が始まつた!」(『ドン・カミロ大いに困る』収録)
人民戦線勝利の速報の後、粛清の対象となったカミロの元へ、共産党員たちがこっそりひとりずつ集まります。皆、カミロを逃がそうとしてくれるのです。結局、誤報だったのですが、鬱陶しがられつつ、愛されるのはカミロの人柄故でしょうね。
「オートバイ騷動」(『ドン・カミロ大いに困る』収録)
カミロとペポネ、そしてカモーニという男の長年に亘る知的で馬鹿馬鹿しい争い。その決着が、ついにつきました。幼稚で憎めないおじさんたちの駆け引きが面白い一編です。
「魂賣ります」(『ドン・カミロ大いに困る』収録)
魂を売り渡す契約書を作成した老人の意図は分かりませんでしたが、これはもしかしたら現代でも詐欺として使える手口かも知れません。小額なら意外と引っかかりそうです。
※:デュヴィヴィエが監督したのは最初の二作のみだが、フェルナンデル主演の映画は五作まで作られた。三作目『La Grande bagarre de Don Camillo』(1955)、四作目『Don Camillo Monseigneur』(1961)、五作目『Don Camillo en Russie』(1965)。いずれも日本未公開。
『陽氣なドン・カミロ』岡田眞吉訳、文藝春秋新社、一九五三
『ドン・カミロ頑張る』岡田眞吉訳、文藝春秋新社、一九五四
『ドン・カミロ大いに困る』清水三郎治訳、文藝春秋新社、一九五五
ジュリアン・デュヴィヴィエ映画化作品
→『女と人形』ピエール・ルイス
→『地の果てを行く』ピエール・マッコルラン
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