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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『サマルカンド年代記 ―『ルバイヤート』秘本を求めて』アミン・マアルーフ

レバノン

Samarcande(1988)أمين معلوف

 レバノン出身のアミン・マアルーフは、現在フランスに住み、フランス語で作品を発表しています。レバノンの内戦によって国を離れたこともあって、当初はノンフィクションで勝負していましたが、最近はフィクションに専念しているようです。

 マアルーフの歴史小説の代表作といえる『サマルカンド年代記』は、リブロポートより一九九〇年に刊行され、二十一世紀になってから、ちくま学芸文庫に入りました(マアルーフの『アラブが見た十字軍』や、ジャスティン・マッカーシー版『ルバイヤット』が同じちくま学芸文庫から出ているので、その流れか)。
 タイトルから分かるとおりオマル・ハイヤームの『ルバイヤート』にまつわる小説なので、まずはそちらを簡単に説明しておきます。

 オマルは、十一世紀、ペルシア(現イラン)に生まれました。彼は、数学者、天文学者、哲学者、薬学者、医師などとしても知られており、レオナルド・ダ・ヴィンチ平賀源内の如き多才な人物だったようです。
 ところが、今日オマルの業績として最も有名なルバーイイ(四行詩)は、イスラームの教えに沿わないため、人口に膾炙したのは彼の死後でした(イスラム教は異民族であるアラビア人の宗教であり、ペルシア人のオマルは複雑な感情を抱いていた)。

 ルバイヤートとは書名ではなく、ルバーイイの複数形です。要するに「四行詩集」といったところでしょうか。
 ルバーイイはいわゆる通俗的な大衆の文学で、オマルの詩も「この世は儚く、死後の世界など存在しない。あれこれ悩む暇があったら、酒を飲んで人生を楽しもう」てなことを主張しています。勿論、そこに無常観や厭世観を読み取ることも可能ですが、本来は肩肘張らず気楽に読むものだったようです。

千一夜物語』をヨーロッパに紹介したのがアントワーヌ・ガランなら、『ルバイヤート』は英国の詩人エドワード・フィッツジェラルドの英訳によって知られるようになりました。
 といっても、いきなり人気が出たわけではなく、最初はたった二百五十部の自費出版だったそうです。それでも売れ残り、古書店の見切り本の山に埋もれていたのをラファエル前派の詩人たちが発見し、ようやく火がついたとか。

 なお、『ルバイヤート』は数々の写本が存在し、内容も種々様々です。これは『千一夜物語』同様、後世の人によって勝手に加えられたり、順番を入れ替えられたりしたせいです。
 実をいうと、はっきり真作と断言できるのは十四首のみだそうで、残りは分析というか推理というか勘というか……まあ、選者が「多分、本物じゃないか」って感じで、数々の写本から選り分けたものらしい。
 邦訳は、フィッツジェラルド版、マッカーシー版(いずれも英語からの重訳)、『盲目の梟』で知られるイランの作家サーデグ・ヘダーヤト版(ペルシア語)などがありますが、まずは安価で入手しやすくボリュームも少ない岩波文庫(ヘダーヤト版)を入手されてはいかがでしょうか。

 さて、オマルには『ルバイヤート』のほかにもうひとつ有名なエピソードがあり、それが「三人の学友」です(※)。
 すなわち、オマル、セルジューク朝の大宰相ニザーム=ル=ムルク、暗殺者(アサシン)教団の指導者ハサン・サッバーフの三人が学友だったという説です。
 オマルとハサンはともかく、ニザームの生年はかけ離れているので、全くの作り話か、別の人物のことかなどといわれていますが、マアルーフは、それに対するひとつの答えを物語にしました。
 前置きが長くなりましたが、それが『サマルカンド年代記』の一方の軸となるのです。

サマルカンド年代記』は四部構成で、一、二部(前編)は一〇七二〜一二五七年、三、四部(後編)は一八七〇〜一九一二年が舞台となります(ペルシアが国名を「イラン」と改めたのは一九三五年)。
 前編はオマル、後編はオマルの自筆本を手に入れたアメリカ人ベンジャミン・O・ルサージが主人公。つまりは、前編が「三人の学友の謎」、後編が「『ルバイヤート』手稿の謎」となるでしょうか。

〈前編のあらすじ〉
 サマルカンドの法官から白紙の本をもらい、そこにルバーイイを書き記すようになったオマル。
 彼はニザームに声を掛けられイスファハーンへ赴く途中、隊商宿でハサンと知り合います。ニザームにハサンを推薦したものの、ふたりは敵対し合うようになり、やがてハサンは追放されます。
 数年後、ハサンはアサシン教団を組織し、スルタンのマリク・シャーと組んでニザームを暗殺します。しかし、マリク・シャー、そして影でスルタンを操っていた妃のテルケン・ハトゥーンはニザームの腹心たちに殺され、オマルはイスファハーンを追われます。
 やがて、年老いたオマルは、大切にしていた手稿をハサンに盗まれてしまいます。
〈後編のあらすじ〉
 フランス系アメリカ人のルサージは、パリで従兄弟のアンリ・ロシュフォールに会い、オマルの手稿をジャマールッディーン・アフガーニーが持っていたことを聞かされます。
 手稿を求めペルシアに向かったルサージは、ナーセロッディーン・シャー暗殺の共犯とされたり、イラン立憲革命に巻き込まれたりしますが、シャーの孫娘シーリーンと結婚し、夢にみた手稿を手に入れます。
 しかし、新婚旅行で乗船したタイタニック号が沈没し、手稿は海の底へと沈んでしまいました。

 前編は、セルジューク朝に関する史談です。
 歴史の謎について独自の解釈を施している部分は想像力の羽を広げすぎていないので、白けることなく読めます。
 普通の小説家だったら、オマルと女性詩人ジャハーンの恋、ふたりの友人の板挟みに遭い葛藤する様、ニザーム、ハサン、テルケンの策謀なんかをたっぷり膨らませて書いたかも知れません。
 しかし、マアルーフがそれをしなかったのは、ある意図があったからです。
 詳しくは後述しますが、『サマルカンド年代記』は疑似ノンフィクションであり、そのために前編は年代記らしい体裁が必要なのです。

 上下巻くらいの分量を使った壮大な歴史小説も読んでみたかったですが、個人的には、セルジューク朝の盛衰が分かりやすく簡潔に描かれている点に好感を持ちました。
 世界史を選択している受験生なら勉強の合間に読むのもよいと思います。ただし、飽くまで小説なので、架空の人物も登場する点は注意が必要です。

 さて、この本のメインディッシュは、やはり後編にあるでしょう。
 ここでも、ロシュフォールやアフガーニーら実在の人物を登場させ、イラン立憲革命、日露戦争タイタニック号の沈没といった史実に沿って物語が進行してゆくので、うっかりすると虚構であることを忘れてしまいそうになります。ジャーナリスト出身だけあって、その辺の塩梅は実に巧みです。
 ここへきて、前編は『ルバイヤート』手稿の余白に書かれていた年代記をルサージがまとめたという設定だったことを明かすのも非常に効果的だと思います。

 自筆本を巡るルサージの冒険は、イランの激動の歴史とともに進行してゆきます。
 彼は、暗殺犯と間違えられ軍隊に追われたり、タブリーズ攻囲戦ではアメリカ人の仲間が殺されたりと危機一髪の状況に陥っても、手稿を求めてやみません。
「それくらいやらないとフィクションとして面白くならないとはいえ、本のためだけに革命真っ只中の中東へ飛び込んでゆくなんて正気の沙汰とは思えない。両親が結ばれたきっかけが『ルバイヤート』で、ミドルネームのOはオマルを表すという因縁があったとしても命と引き換えにするほどではない」と思う方もいるかも知れません。

 しかし、稀覯本には、魔物が乗り移っています。
 宝石よりも貴金属よりも怪しい魔力でコレクターたちを死出の旅へと誘うのです。
 ましてや、ルサージが魅入られたのはオマル・ハイヤームの自筆本であり、その価値は計り知れません。正直、庶民の命なんて、いくつ積み上げても足もとに近づくことさえできないでしょう。

 実際、十九世紀のペルシアにおいても、オマルの影は色濃く落ちていることに気づきます。
 彼と彼の詩は、列強に対しても堂々と誇れるペルシアの魂なのです。
 ま、なかには「酔っ払いの不信心者」と批難する人もいますが、そういう意見があることで、却って人々から慕われていることが分かります。

 一方で、オマルの思想は、西洋人にどの程度理解されたのでしょうか。
 物語の最後、ペルシアは財政改革を行なうため、アメリカ人の財政顧問モルガン・シャスターを招聘します。しかし、有能で熱意もあるにもかかわらず、シャスターの改革は上手くゆかず、ロシアとの対立は深まってしまいます。
 その理由を、シーリーンは、こう説明します。
「わたしたちは辛抱して、待ち、ごまかし、逃げ口上をいい、いうことをきき、うそをつき、約束しているべきだったかも知れないわ……。こういうのが、いつもは東洋の知恵でした。シャスターはわたしたちを西洋のリズムで前進させようと思ったのです」
 幕末、開国を迫る列強をのらりくらりと躱した歴史を持つ日本人としては、シーリーンの科白が理解できます。

 問題が起こったとき、慌てて解決しようとしなくても、酒を飲みながら、のらりくらり時間を稼いでいれば、そのうち事態は好転するかも知れないぞ。
 そういって笑うオマルの幻影がみえるようではありませんか。

※:さらに、オマルは 天文学者として、グレゴリウス暦より正確な暦を作っている。

サマルカンド年代記 ―『ルバイヤート』秘本を求めて』牟田口義郎訳、ちくま学芸文庫、ニ〇〇一