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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ゴルフ人生』『ゴルきちの心情』『P・G・ウッドハウスの笑うゴルファー』P・G・ウッドハウス

The Clicking of Cuthbert(1922)/The Heart of a Goof(1926)Pelham Grenville Wodehouse

 ペラム・グレンヴィル・ウッドハウスといえば、何といってもジーヴスシリーズが人口に膾炙しています。
 しかし、ウッドハウスは九十三歳で亡くなるまで、途轍もない数の長短編をものした作家で、それに伴いシリーズものも多く抱えていました。
「最長老会員(Oldest Member)」が語り手となるゴルフシリーズ(以下、OMと略す)も、そのひとつです(※1)。

 僕にとってゴルフは、大学生の頃、友だちに誘われ、何度か打ちっ放しにいったことがあるくらいですが(そもそも、ほとんどのスポーツはみるだけ)、このシリーズは大好きです。
 ゴルフは、野球と同様、じっくり考えてプレイできるところが、文学と相性がよいのだと思います。

 一方、女性とゴルフの相性は、どうなんでしょうか。OMの多くが、実は恋愛コメディですが、ゴルフのお陰で、好きな女性と上手くいったりいかなかったりします。
 まあ、ウッドハウスによると、ゴルフこそが最も素晴らしく、それに比べれば、ほかのスポーツ(クロッケーやテニス)は勿論、女性や文学までもが下らないものとされるわけですが……(当然、ジョーク)(※2)。

 さて、ゴルフものの短編は全部で三十一作あり、『The Golf Omnibus』(一九七三)という本にまとめられています(※3)。けれど、訳本はまだ発行されていないため、『名探偵オルメス』と同様、自力で掻き集めるしかありません。
 幸いなことに、ゴルフものがまとめられた短編集は、日本でも三冊発行されています。しかも、この三冊は一編のダブりもなく、計二十四編が楽しめます。
 これに『マリナー氏の冒険譚』収録の「もつれあった心」(Tangled Hearts)を加えた二十五編が、現時点で邦訳されている全てのゴルフ小説です。

 実をいうと、ほかにももっとあるかも知れないのですが、ウッドハウスは多作に加えて、人気作家故、日本独自の短編集、オムニバス、選集、雑誌などあらゆるものに作品が収録されています(※4)。残念ながら、僕にはその全てを把握することができません。
 まあ、マニアではないので、これだけ読めれば十分満足できますし、今後、未訳の作品が訳される可能性も大いにあるため、楽しみに待ちたいと思います。

 それぞれの書籍の簡単な説明をした後、例によって気に入った短編の感想を記述します(どの本に収録されているかは、色で区別する)。
 なお、取捨選択は恣意的であり、実際はハズレが一編もありません。どの短編も、あらゆる笑いのテクニックが駆使され、抜群の安定性を備えているのです。

『ゴルフ人生』は、『The Clicking of Cuthbert』収録の十編のうち八編に、一編(「アーチボルトの勝利」)を別の短編集から加えた九編から成っています(※5)。
 なお、この本に未収録の「The Rough Stuff」は『P・G・ウッドハウスの笑うゴルファー』に「ゴルフは非情」というタイトルで収められています。もう一編の「The Coming of Gowf」は未訳です。

『ゴルきちの心情』は、『The Heart of a Goof』の全訳で、九編を収録(最後の三編は連作)。すべてがOMです。
 函入り、付録(ゴルフ用語の豆知識)付なので、古書を購入する際はそれらが付属しているかのチェックをお忘れなく。

『P・G・ウッドハウスの笑うゴルファー』は、上記以外の六編を拾った日本オリジナル短編集です。「恐怖のティーグランド」のみマリナー氏もので、残りはOMです。
 この本にはプレミアがついていませんし、橋本聡のイラストも素敵なので、まずはこちらから入手するのがよいかも知れません。

「カスバートの成功」The Clicking of Cuthbert(一九二一)
 ウッドハウスの凄さがよく分かる短編です。お約束の展開・オチなのに、どうしてこんなにおかしいんでしょう。毒があるのに、どうして爽やかなんでしょう(ロシアでは、銃でレーニンを暗殺するのがスポーツだとか)。

「女というものは」A Woman is Only a Woman(一九一九)
 ゴルフと男同士の友情の素晴らしさを理解できない女なんて、いかに美しかろうと必要ありません。尤も、ジェイムズとピーターのゴルフの腕前は史上最低クラスですけど……。

「ゴルフ人事異動」Ordeal by Golf(一九二〇)
 ゴルフには人柄が出るといいます。すぐカッとなるタイプと、冷静沈着なタイプ。どちらが会計責任者に相応しいのか、意外なオチが待っています。

「ロング・ホール」The Long Hole(一九二一)
 千打以上かかる超ロングホール(街中を含む)、奇抜な策略、厳格なルール。この馬鹿馬鹿しい勝負の行方は、ふたりが愛する女性の手に委ねられました。結果は残念でしたが、こういう下らないことを思いつくだけで尊敬に値します。

「ヴォスパーとの修交」Keeping in with Vosper(一九二六)
 マナーの悪い(悪くなくても)女性(妻)とラウンドするのは、全然楽しくないし、ほかのメンバーにも迷惑をかけてしまいます。それをやめさせてくれたのは風変わりな執事のヴォスパーですが、そもそもゴルフを勧めたのもこの男なわけで……。「高価な賭け」の続編です。

「魔法のプラス・フォア」The Magic Plus Fours(一九二二)
 悪夢のように悪趣味なプラスフォー(ニッカボッカに似たゴルフ用ズボン)を履いた途端、ゴルフが上達したウォーレス。けれど、それに伴い、彼は傲岸になり、皆に嫌われてしまいます。魔法のズボンを失ったとき、ウォーレスはゴルフの本当の楽しさと、人の優しさを知ります。ゲラゲラ笑えて、最後にホロッとさせられるファンタジーです。

「ロロ・ポッドマーシュの目覚め」The Awakening of Rollo Podmarsh(一九二三)
 どうしてもスコア百を切れないロロは、愛する人の励ましもあり自己ベストを記録しそうですが、残念ながら間もなく毒が回って死ななくてはいけません。それでも彼は、プレイを続けることを選択します。
 幼い姪の善意、過保護の母親、毒殺された犬、最近始めた喫煙、好きな人の身の回りのものを盗んだことといった伏線がラストで見事に結びつきます。

「恐怖のティーグランド」Those in Peril on the Tee(一九二七)
「愛する女性にアタックする権利を賭け、ゴルフで勝負する」パターンが多いなか、こちらは「全然愛していない女性との結婚を賭け、ゴルフで勝負する(勿論、負けたい)」お話。試合には敗れたいけど、よいスコアも出したいというへぼゴルファーの微妙な心理が笑えます。
 なお、本作の主役アグネスとシドニーは、OMの「意外な弱点」(Feet of Clay)や「もつれあった心」などにも登場します。

「ルールは厳正」The Letter of the Law(一九三六)
 気の合う仲間とのんびり楽しむことができるのがゴルフというスポーツの魅力のひとつですが、試合となるとそうはいかず、ルールを遵守しなくてはいけません。それを逆手に取った策略がおかしい。オチへの伏線も効いていて、思わず唸ってしまいます。

 なお、ジャン・レイに『ゴルフ奇譚集』という短編集があります。こちらはゴルフにまつわるミステリーや怪談を集めたもので、毛色は全然違いますが、ゴルフ好きならぜひ。

追記:『よりぬきウッドハウス2』(二〇一四年三月発行)に「Rodney Has a Relapse」が「ロドニーの病再発」、「Sleepy Time」が「眠くなる」のタイトルで収録されました。これで未訳は四編となりました。

※1:一部、最長老が語り手ではないゴルフ短編(マリナー氏など)もある。最長老が語り手となるのは、三十一編中二十五編。

※2:ゴルフが一般に広まったのは意外と遅い。ウィリアム・サマセット・モームの『お菓子とビール』には、十九世紀末頃、ゴルフは嘲笑の的だったという記述がある。

※3:厳密にいうと、ゴルフを扱った作品はもっとあるが、ここでは『The Golf Omnibus』収録の三十一編を対象とする。なお、未訳は、次の六編。「The Coming of Gowf」「Up from the Depths」「Excelsior」「Rodney Has a Relapse」「Scratch Man」「Sleepy Time」(追記参照)。

※4:そもそもウッドハウスは、自作に何度も手を入れたことでも知られている(題名の変更もあり)。それらを同じ作品と看做すか否かは議論が尽きないそうだから、正確な作品数は永遠に判明しないかも知れない。

※5:OMではない「アーチボルトの勝利」をわざわざ冒頭に加え、OMの「ゴルフは非情」を割愛するなんて変なことをなぜやったのか分からない……。ちなみに「The Coming of Gowf」はOMではない。


『ゴルフ人生』原田敬一訳、日本経済新聞社、一九八一
『ゴルきちの心情』古賀正義訳、創土社、一九八三
『P・G・ウッドハウスの笑うゴルファー』岩永正勝、坂梨健史郎訳、集英社インターナショナル、二〇〇九
『マリナー氏の冒険譚』P・G・ウッドハウス選集3、岩永正勝、小山太一訳、文藝春秋、二〇〇七
『よりぬきウッドハウス2』森村たまき訳、国書刊行会、二〇一四


→『ヒヨコ天国』P・G・ウッドハウス