読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『名探偵オルメス』ピエール・アンリ・カミ

Les Aventures de Loufock-Holmès(1926)Pierre Henri Cami

 前回、ピエール・アンリ・カミの『エッフェル塔の潜水夫』を取り上げたのですが、何となく心残りでした。
 というのも、「あれでは、まるで『不思議な少年』のみでマーク・トウェインを語ったようなものではないのか」とか、「カミといえば、やはりルーフォック・オルメス(Loufock Holmès)を無視することはできないのではないか」などと思えてきたからです。
エッフェル塔の潜水夫』は完成度も高く、時代や場所の雰囲気も素晴らしいのですが、カミの特徴である「無意味な笑い」が十分含まれているとはいい切れません。

 一方、シャーロック・ホームズSherlock Holmes)のパロディであるオルメスシリーズには、それがあります。
 これは本格的な推理小説などではなく、ナンセンスなコント(戯曲。一部、短編もあり)です。何しろ、「Loufock」は「loufoque(狂った)」に通じるのですから、どんな内容か、おおよそ想像できるのではないでしょうか。
 一編一編はごく短く、数頁で完結するので「いかに馬鹿馬鹿しい発想をするか」が正にキモ。
エッフェル塔の潜水夫』がユーモアミステリーの元祖なら、こちらはバカミスの元祖といえるかも知れません。

 当然ながら絶版ですから、このブログで取り上げるのは吝かでないのですが、オルメスには熱心なファンが多く、おまけに古い探偵小説コレクターの守備範囲にも入ってしまうため、大して詳しくない僕なんかが感想を書くのは正直、気がひけていました。
 けれど、オルメスは、一部のマニアだけが面白がるような作品ではありません。
 誰が読んでも、その余りの下らなさにヘロヘロになること請け合いの傑作なので、できるだけ多くの人と素晴らしい読書体験を共有したいがために、思い切って扱ってみることにしました。

 とはいえ、オルメスは、パリで最も有名な探偵(?)だけあって、邦訳も種々出版されています。
 それらは内容も様々で、例えば『ルーフォック・オルメスの冒険』や『ホルメス探偵』といった書名だからといってオルメスものが沢山収録されているとは限らない点が、ややこしさを増しています。そのせいで、どの本を買えばよいか分からなくなっている方も、きっといらっしゃることでしょう。
 以下に、ざっと整理してみましたので、参考にしていただければ幸いです。


『名探偵オルメス』(大白書房、芸術社)、『怪盗幽鬼事件』(審美社)、『名探偵オルメス 怪盗幽鬼事件』(銀河文庫)三谷正太訳

 これらは『Les aventures de Loufock-Holmès』の翻訳で、「壓倒的勝利」(Loufock Holmès contre tous!)十九編、「怪盜幽鬼事件」(Spectras contre Loufock Holmès)十五編、計三十四編のコントが収録されています(いずれの本も内容は同じ)。古い本なのでそれなりに高価(※)ですが、入門編として必須アイテム(ウィリアム・フォークナーでいったら『The Portable Faulkner』みたいなものか?)ですから、頑張って手に入れてください。


『世界ユーモア全集』7 佛蘭西篇(改造社)、『ふらんす粋艶集』(日本出版協同)水谷準
『人生サーカス ―カミ傑作集』(白水社)、『ルーフォック・オルメスの冒険』(出帆社)吉村正一郎訳
 これらには「Vierge quand même!」という短編小説が収録されています。水谷訳は「處女華受難」、吉村訳は「衣裳箪笥の秘密」というタイトルです。同じ作品とは思えないほど邦題が異なっていますが、水谷訳の方が原題には近いです。
 なお、このふたつの訳は、エピローグが明らかに異なります(水谷訳の方が長い)。吉村が最後の一頁ほどを省略してしまったのか、逆に水谷が勝手につけ加えたのか。後者は考えにくいので、前者でしょうか……。
ふらんす粋艶集』には「てごめあだうちきだん」(Vendetta ! ou Une aventure corsée)が、『人生サーカス』『ルーフォック・オルメスの冒険』(二冊とも内容は同じ)にはオルメス以外のコントが沢山収録されていますので、両方とも入手して損はありません。気になる方は比較してみてください。


『笑いの錬金術 ―フランス・ユーモア文学傑作選』(白水Uブックス)竹内廸也訳

『Pour lire sous la douche』に収録されている短編小説「黒い天井」が読めます。「ミステリマガジン」一九七六年二月号(早川書房)にも荒川浩充訳が掲載されました。


『街中の男 ―フランス・ミステリ傑作選1』(ハヤカワ文庫)堀内一郎訳

 3と同じく『Pour lire sous la douche』収録の短編小説「トンガリ山の穴奇譚」(Le mystère de Trou-du-Pic)が掲載されています。1に収められている「とんがり塔の怪」(Le mystère de la tour pointue)とは別の作品です。こちらも「ミステリマガジン」一九七九年五月号に小林武訳が掲載されています。

 オルメスものは、上記のほかにも様々な書籍やアンソロジー、雑誌に収録されていますが、訳の違いを楽しむ場合以外、手に入れる必要はありません。1〜4のなかからお好きな本を一冊ずつ選ぶのが最も手っ取り早いと思います(2は、二冊とも入手した方がよい)。

 というわけで、今回は上記から気に入った短編を簡単に紹介します。

「骸骨失踪事件」Le squelette disparu
 いつの間にか体内の骨を盗まれた男。オルメスの推理は、骨が盗まれたのではなく、寒さを嫌った骸骨がもっと暖かい体を求め、男から逃げ出したというものでした。オルメスものにしては珍しく、まともすぎる結末が待っています。

「ヴエニスの潜水强盜」Le Scaphandrier de Venise
 水中で潜水具が壊れ、二、三秒で解決策を考えなければ命を落とす状況で、オルメスが考え出した手は……。その名案もさることながら、「二、三秒」という無茶な設定に大笑いしました。

「風變りな自殺」Un etrange suicide
 双子だったら、自殺しようとして、こうしてしまうことは現実にもありそう……もないか。

「脱腸殺害團」Les etrangleurs de hermies
 完全犯罪を企む男たちの話で、オルメスが登場しません(解決は、次の「飛行ボートの怪」に続く)。死体と蛇の処理は完璧だけど、血を吸って膨れあがった四百六十八匹の蛭は、一体どうするんだろう。

「とんがり塔の怪」Le mystère de la tour pointue
 第二部は、オルメスと怪盗スペクトラ(幽鬼)の戦いを描いています(逮捕と脱走が繰り返される。スペクトラ一味の副官は「催眠術合戰」に出てきた科学・文学強盗)。この話では、さすがのオルメスも、「スペクトラがとんがり塔の監房からいかに脱出したか」の謎を解くことができませんでした。二十枚の毛布の入手方法がユニークすぎる……。

「血みどろ細菌事件」Les microbes sanglants
 細菌に化けるという発想も凄いけど、それをやっつけるのにコレラ菌に化けるというのが下らなすぎて素敵です。

「骨灰生返る!」Le retour de l'incinere
 巨大なインク壺に浸けられ、無理矢理小説を量産させられた作家たちの恨みが、スペクトラの最期を齎したといってもよいでしょう。カミは、出版社に文句でもあったのでしょうか?

「處女華受難/衣裳箪笥の秘密」Vierge quand même!
 娘の処女器官を体内から取り出し冷蔵金庫に収めていた骸骨博士。その金庫が、娘を恋慕している天才外科医マカルイユに盗まれてしまいます。捜査に乗り出した警察署長は鼻に足を移植され、オルメスは誘拐されてしまいます。その後、マカルイユは何とか倒せたのですが、死刑囚の脳を移植した木から作られた殺人箪笥との死闘は、パリ中を巻き込みます。
 まるでB級ホラー映画のように不気味で馬鹿馬鹿しい作品。エッフェル塔が舞台となり、エピローグが結婚式である点は『エッフェル塔の潜水夫』に似ていますね。

「黒い天井」Le plafond noir
 白い天井に、あんなものが潜んでいるとは! それに気づき、煤を塗って黒くしたオルメスはさすが天才探偵です。それにしても、これって一種のエレファントジョークなのだろうか……。

「トンガリ山の穴奇譚」Le mystère de Trou-du-Pic
 オルメスものらしくない、ロマンティックで悲しいお話です。笑う箇所はありませんが、たまにはこういうのもよいかも知れない。

追記:二〇一六年五月、創元推理文庫から『ルーフォック・オルメスの冒険』のタイトルで新訳が出ました。

※:僕が所持している大白書房版の奥付には、初版(昭和十七年)二〇〇〇部発行と書かれている(写真)。今から七十年以上も前の本であることを考えると、それほど多くは残存していないと思われる。古書店で五千円程度でみかけたら、買っておいて損はないかも。

『名探偵オルメス』三谷正太訳、大白書房、一九四二
ふらんす粋艶集』水谷準訳、日本出版協同、一九五三
『ルーフォック・オルメスの冒険』吉村正一郎訳、出帆社、一九七六
『笑いの錬金術 ―フランス・ユーモア文学傑作選』竹内廸也訳、白水Uブックス、一九九〇
『街中の男 ―フランス・ミステリ傑作選1』堀内一郎訳、ハヤカワ文庫、一九八五


→『エッフェル塔の潜水夫ピエール・アンリ・カミ

シャーロック・ホームズ関連
→『シャーロック・ホームズ異聞山本周五郎
→「名探偵ハリー・ディクソンジャン・レイ