読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ヒヨコ天国』P・G・ウッドハウス

Love Among the Chickens(1906)Pelham Grenville Wodehouse

 僕にとってペラム・グレンヴィル・ウッドハウスは、長い間、幻の作家でした。
 彼の名前を知った頃、戦前の書籍や、短編が掲載された「新青年」は入手困難で、古本以外で読めるのは雑誌やアンソロジーに収録された短編か、『マリナー氏ご紹介』『ゴルフ人生』『スミスにおまかせ』『ゴルきちの心情』くらいしかありませんでした。
 ですから、最も有名なジーヴスシリーズさえ読んだことがなかったのです。

 それが没後三十年の二〇〇五年になって、突如、国書刊行会文藝春秋から、ジーヴスシリーズを中心としたウッドハウスの作品が刊行され始めました。執事ブームにも乗ったのか、その数は十年余りで二十冊を越えました。
 本棚にずらりと並んだウッドハウスを眺めると、今でも信じられない気持ちで一杯になります。これだけあれば、長期滞在のお客があっても退屈な夜を過ごさせることはないでしょう(その代わり寝不足になるだろうけど)。
 ただし、ここのところ刊行が途絶えているようです。ゆっくりとしたペースで構わないので、これからも新訳を出し続けて欲しいですね(※1)。

 初期の長編『ヒヨコ天国』は、ユークリッジシリーズに分類されます。
 スタンリイ・ファンショー・ユークリッジ(※2)は、黄色い雨合羽を着て、鼻眼鏡をジンジャービールのワイヤーで固定した変わり者。パブリックスクールを放校になった後、世界中を巡っていた彼は、常に金儲けのことを考えています。
 ユークリッジが考案した様々な商売、そして、それがどのようにして失敗したかが友人で作家のコーキー(※3)によって語られます。

 ウッドハウスのキャラには、バーティ・ウースター、レジー・ペッパー、エムズワース卿、フレディ・ウィッジョンなどのんびりしたタイプが多いのですが、そのなかにあってユークリッジは行動的で、ガツガツしています。彼らと違って貧乏ですから、そうならざるを得ないのでしょう。
 ところが、ジーヴスのように抜け目ないわけではないので、彼の計画は大抵失敗します(似たようにギャンブル資金を捻出しようと様々な策を練るビンゴ・リトルは、計画どおりにはゆかないものの、運よく上手くいっちゃうことが多い)。そのとばっちりを最も受けるのはコーキーであるにもかかわらず、ユークリッジを憎めないのはどうしてなんでしょうね。
 いや、これこそがウッドハウスの凄さなのです。図々しくて傍迷惑な金の亡者を主役に据えておきながら、ちっとも嫌みにならないなんて神業としかいいようがありません。

 さて、『ヒヨコ天国』は一九四〇年に東成社より出版され、その後、蜂書房より再刊されました。
 蜂書房版は、付録の短編「身替り拳闘」が割愛されていますが、これは『ユークリッジの商売道』に収録されている「バトリング・ビルソンの退場」のことなので、必ずしも東成社版を入手する必要はないでしょう〔僕が持っているのは蜂書房版。ヒヨコの絵(よくみるとカバーと表紙の絵が異なる。写真)が可愛いし、ウッドハウスによる序文も掲載されているのでお勧め〕。

『ヒヨコ天国』はユークリッジシリーズ唯一の長編で、ほかはすべて短編です。
 ジーヴスシリーズはまず短編が書かれ、後に長編へとシフトしましたが、ユークリッジシリーズはその逆で、まず長編があり、そこから短編が派生しました。
 なお、『ヒヨコ天国』と最初の短編である「ユークリッジの犬学校」は十八年もの隔たりがあります。また、この二編は鶏と犬の違いはあれど、プロットがよく似ています。
 一方で、『ヒヨコ天国』では妻帯者だったユークリッジが、短編では独身主義者だったり、語り手の名前が違ったりと設定に相違がみられます。
 要するに、ウッドハウスは「かつて一度だけ登場させたユークリッジというキャラを用いて、新たに短編シリーズを書き始めた」と考える方が自然かも知れません。
 そして、それは一九六六年まで続きました。『ヒヨコ天国』から数えて、何と六十年です。数は多くありませんが、ウッドハウスにとっては大切なシリーズだったようです。

 短編は十九編あるのですが、「A Tithe for Charity」を除いた十八編が翻訳されています。以下に発表年順のリストをあげておきます(A〜Cは収録されている単行本)。この順番に読んだ方が、細かい点(ジュリア伯母さんのブローチとか)がつながるので、よろしいと思います。

1「ユークリッジの犬学校」、「ユークリッジの名犬大学」(一九二三)
2「ユークリッジの傷害同盟」、「ユークリッジの事故シンジケート」(一九二三)
3「バトリング・ビルソンのデビュー」(一九二三)
4「ドーラ・メイソン救援作戦」(一九二三)
5「バトリング・ビルソン再登場」(一九二三)
6「男の約束」(一九二三)
7「婚礼の鐘は鳴らず」(一九二三)
8「ルーニー・クートの見えざる手」(一九二三)
9「バトリング・ビルソンの退場」(一九二三)
10「ユークリッジ虎口を脱す」(一九二四)
11「きんぽうげ記念日」、「バターカップ・デー」(一九二五)
12「冷静な実務的頭脳」(一九二六)
13「メイベル危機一髪」、「メイベルの小さな幸運」(一九二六)
14「ユークリッジと義理義理叔父さん」、「ユークリッジとママママ伯父さん」(一九二八)
15「ユークリッジのホーム・フロム・ホーム」(一九三一)
16「バトリング・ビルソンのカムバック」(一九三五)
17「ユークリッジの成功物語」(一九四七)
18「A Tithe for Charity」未訳(一九五五)
19「ユークリッジ、アンティーク家具を売る」(一九六六)

:『ユークリッジの商売道』(文藝春秋、二〇〇八)
:『エッグ氏、ビーン氏、クランペット氏』(国書刊行会、二〇〇八)
:『よりぬきウッドハウス2』(国書刊行会、二〇一四)

 このほか『愛犬学校』(『Ukridge』の全訳)や『どもり綺譚』といった古い書籍にもユークリッジは収録されています。
 また、かつて光文社から出ていた雑誌「EQ」(一九八二年九月号)に浅倉久志訳の「ユークリッジ口座を開く」(「ユークリッジ、アンティーク家具を売る」と同じ)が掲載されました。実をいうと、僕が初めて読んだウッドハウスはこの作品でした。そういう意味でも非常に思い入れのあるシリーズです。

 前置きが長くなりましたが、『ヒヨコ天国』の感想に移りたいと思います。

 作家のガーニーの下宿に、懐かしい学友のユークリッジが妻のミリーを連れてやってきます。ユークリッジは養鶏場の経営を計画しており、ガーニーに手伝って欲しいというのです。
 ユークリッジは養鶏のことなど何も知らない癖に、事業が成功することを微塵も疑っていません(※4)。おまけに、歯に衣着せぬものいいで、避暑に訪れていたダブリン大学の教授とトラブルを起こします。
 教授の娘フィリスを好きになってしまったガーニーは、何とか関係を修復しようと、ある計画を立てるのですが……。

 短編集『Ukridge』の最後に収められている「ユークリッジ虎口を脱す」で、ユークリッジはミリーという女性と婚約し、珍しくハッピーエンドで幕を閉じます。
 ところが、その後の短編には、ミリーは一度も登場せず、ユークリッジも独身のままでした。どう並べ替えても整合性は取れないのですが、強引に解釈すると『ヒヨコ天国』は「ユークリッジ虎口を脱す」の(パラレルワールドでの)後日談と考えられなくもない……。
 ま、そうした矛盾は、ウッドハウスの小説にはつきものなので、特に気にする必要はないでしょう。

『ヒヨコ天国』は、初期の作品ということもあって、出来は今ひとつといわれています。
 確かに、後の短編のように、伏線を集めて綺麗に収束させる手際のよさや、洒落た切り返し、絶妙な比喩などはまだ感じられません。ギャグもオーソドックスなものが多く、ゲラゲラ笑える域には達していない。
 しかし、無駄が多い分、のんびりとした雰囲気を楽しめます。ドーセットシャーの自然のなかで、泳いだり、テニスやゴルフをしたり、ヒヨコを追いかけたりする日々は、実に牧歌的で心が洗われます。

 そう、ここでのユークリッジには余裕があるのです。
 短編では汲々としているユークリッジが、『ヒヨコ天国』では妻帯者ってこともあるのか、悠揚としています。鶏が猫に食われようと、ちっとも卵を生まなかろうと慌てず騒がず堂々としているのです。
 ユークリッジシリーズの魅力のひとつは、彼がジタバタと悪戦苦闘するところにあります。しかし、これはこれで悪くないんですね(古い訳のせいか、やや分別臭いが……)。

 もうひとつ大きな相違は、『ヒヨコ天国』の主役が語り手(ガーニー)だってことです。
 短編において語り手(コーキー)は、ユークリッジに振り回されるか、単なる聞き役に過ぎませんでした。最後にチクリと一刺しすることもあるけれど、影はとても薄い。
 ところが、『ヒヨコ天国』では、ガーニーが大活躍します。出番は誰よりも多いし、教授をわざと溺れさせて助けるなどというユークリッジ張りの奸計まで巡らすのです。
 それが露呈し、余計に教授に嫌われてしまうものの、紆余曲折の後、すべてが丸く収まるというラブコメの王道ともいえる展開が待っています。

 が、やはり、ユークリッジはユークリッジです。
 彼が主役を奪われて黙っているはずもなく、最後には「らしさ」を取り戻し、おいしいところを独り占めするわけですから、さすがというほかありません。
 債権者が一堂に会する場所に颯爽と現れ、あらゆる問題を解決してしまうユークリッジの格好よさが、後の短編につながったことは間違いないでしょう。

※1:ひとつだけ文句があって、それは文藝春秋国書刊行会でかなりの短編が被ること(加えて既訳があるものも多い)。文庫ならともかく、海外文学のハードカバーなんて買うのはコアなファンが多いのだから、なるべく重複しないようセレクトして欲しかった。たった一編のためだけに三千円近く出費するのは、ちと辛い……。
 ちなみに、マリナー氏シリーズは全四十一編(マリナー氏版「ドロイトゲート鉱泉のロマンス」などを含めるともっと多くなる)あり、そのうち六編が単行本未収録(未訳は五編)。これを何とか出版して欲しい。

※2:ファンショーはFeatherstonehaughと綴る。この名前の発音は一般に使用されているだけで七通りあるらしい(「フィーソンホー」「フィーソンヘイ」「フィーソンハフ」「フェザーストーンホー」「フェザーストーンヘイ」「フェザーストーンハフ」「ファンショー」)。なお、『ヒヨコ天国』では、スタンリー・フェザストンホー・アクリッヂと表記されている。

※3:本名ジェイムズ・コーコラン。なお、『ヒヨコ天国』では、ガーニー(ジェレミー・ガーネット)という別人(別名?)になっている。

※4:ジーヴスシリーズの短編「ジーヴスとケチンボ公爵」でも、養鶏場を経営したいビッキーという男が登場する。


『ヒヨコ天國』黒豹介訳、蜂書房、一九四九

→『ゴルフ人生』『ゴルきちの心情』『P・G・ウッドハウスの笑うゴルファー』P・G・ウッドハウス