読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『野蛮人との生活 ―スラップスティック式育児法』シャーリイ・ジャクスン

Life Among the Savages(1953)Shirley Hardie Jackson

 ここのところ、ちょっとしたシャーリイ・ジャクスンブームらしく、長編や短編集の新訳が出版され続けています(※)。ここ一年以内にも『絞首人』『日時計』『なんでもない一日』(全訳ではない)が新たに訳されましたし、『鳥の巣』も近々刊行されるようです。
 絶版本を扱うブログとしては、復刊される前に『野蛮人との生活』を取り上げておこうと思います(僕の勘は結構当たり、過去に何冊も同様のケースがあった)。

 ジャクスンは、いわゆる恐怖小説が多いのですが、超常現象などを余り用いず、人間誰しもが持っている負の感情を増幅させた作風が特徴です。自分にも思い当たる部分があったりするだけに、ゾッとさせられることがしばしばあります。
 長編ではやはり『ずっとお城で暮らしてる』が素晴らしい。これほどおぞましくて、これほど美しい小説を僕は読んだことがありません。すべてを気に入るか、すべてが気に入らないか、読み手によって評価が大きく割れそうで、それ故偏愛の対象になるのでしょう。

 一方で、彼女は「お告げ」(『街角の書店』収録)のように心温まる物語も書いています。
 残念ながら、ジャクスンは四十代半ばで亡くなってしまいましたが、あと四十年長生きしていたら、ウィリアムズおばあちゃんのように茶目っ気のある可愛いおばあちゃんになっていたかも知れません。

 さて、本題の『野蛮人との生活』はというと、前述のどちらとも違っていて、子育てエッセイ小説とでもいいましょうか(夫のスタンリー・エドガー・ハイマンによると「fictionalized memoirs」とのこと)。
 ジャクスンは二十代後半から三十代前半の頃、バーモント州ノースベニントンの田舎に家族とともに移り住みました。家族は妻と夫、四人の子ども(ローリー、ジャニー、サリー、バリー)、二匹の猫(ニンキ、シャックス)、一匹の犬(トビー)という構成で、彼らとの日々が面白おかしく語られます。
 やんちゃな子どもたち、ときに子どもより幼稚っぽくなる夫、気まぐれなペット、迷惑な隣人や使用人たちは、あの手この手でお母さんを困らせる愛すべき「野蛮人」です。

 以前、ジェイムズ・サーバージェラルド・ダレルも、僕が一番好きなのは「家族ネタ」と書きましたが、ジャクスンの家族を題材にした作品も、それらに負けず劣らずレベルが高い。
 ぶっちゃけてしまうと、三つの家庭に共通しているのは、個性的なお母さんが存在するってことです。そして、『野蛮人との生活』では当然ながらお母さんが語り手となります。
 しかも、そんじょそこらの作家ではなく、どんな場面でも冷静に人間の内面までをも観察でき、ユーモアのセンスと毒を兼ね備えたジャクスンですから、面白くならないわけがないのです(さらに、家事が苦手という点は主婦としては困るが、笑いには大いに貢献している。夫が出張してしまうだけで、家中がしっちゃかめっちゃかになったりする)。

 どこを読んでもゲラゲラ笑えるので、公共の場で読む際は注意が必要です。しかし、『野蛮人との生活』の真の凄さは、単なるほのぼのエッセイではないところにあります。日常のなかに潜む悪意の芽をみつけるジャクスンの能力は、自らの家族にも容赦なく向けられるのです。
 生意気盛りの長男のローリーは、自分が石を投げたことは隠して一方的にいじめられたと嘘をついたり、小さい妹に蜘蛛を食べさせたり、親を馬鹿にしたりします。また、長女のジャニーはミセス・エルロイという別人格を持っていて、他者にはみえない七人の娘が存在しています。赤の他人からすると、これらは邪悪や異常と映り兼ねません。
 小さな子どものことですから、母親として弁護したり正当化したりしても非難されないでしょう。にもかかわらず、彼女は極めて客観的に描写します。これによって、現実感のないファンタジーになるのが避けられ、子どもの無邪気さの向こうに怪物の影がちらつくようになるわけです。

 尤も、そうした部分は笑いに紛れて余り意識されません。例えば、ローリーの架空の友だちチャールズの話は、幼稚園児の嘘を見抜けなかった大人たちの間抜けさが目立ちます。
 しかし、この件は短編小説としてそのまんま『くじ』にも掲載されており、この短編集の一員になると、ローリーは一転して悪魔的な知恵を働かせた恐るべき幼稚園児に変貌するのです。
 いやはや、こういうのをみると、本当に恐ろしいのは、ほかでもないジャクスン自身であることがよく分かります。

 なお、続編の『悪魔は育ち盛り』の一部は「ミステリマガジン」に連載されていたものの、途中で終了し単行本にもなっていません。
 また、ジャクスンのドメスティックな短編小説は『こちらへいらっしゃい』や『なんでもない一日』でも少し読めますので、『野蛮人との生活』が入手しにくい場合はそちらをどうぞ。

※:ミュリエル・スパーク、アンナ・カヴァンロバート・クーヴァーあたりも続々と新訳が出ている。好きな作家ばかりなので、嬉しくて堪らない。

『野蛮人との生活 ―スラップスティック式育児法』深町真理子訳、ハヤカワ文庫、一九七四