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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『聖アントワヌの誘惑』ギュスターヴ・フローベール

La Tentation de saint Antoine(1874)Gustave Flaubert

 ギュスターヴ・フローベールといってすぐに思い浮かぶのは『ボヴァリー夫人』『感情教育』『サランボー』『紋切型辞典』といった作品たちでしょう。
 そんな彼が何度も何度も書き直し、三十年もの歳月をかけて完成させた傑作こそ、何を隠そう『聖アントワヌの誘惑』です。

 いや、別に隠しているわけではないのですが、文豪が生涯を賭して著した本の割に、評価は芳しくありません。
 恐らく多くの方はこの小説を読んだことがなく、その名を聞くのも、『聖アントワヌの誘惑』(初稿)を書き上げたフローベールが、マクシム・デュ・カンとルイ・ブイエを自宅に招いて朗読したところ、「そんな作品は火中に投じ、ドラマール事件を題材にせよ」といわれ、『ボヴァリー夫人』を執筆したという有名なエピソードにおいてではないでしょうか。

 勿論、完成稿を出版した後も「読むに耐えない」などと酷評されたそうです。
 その評価は百年経っても余り変わらず、ジュリアン・バーンズの『フロベールの鸚鵡』ではほとんど取り上げられていませんし、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの『幻獣辞典』では「フローベールは『聖アントワーヌの誘惑』の終りのほうで、中世や古典の怪物をいろいろ寄せ集め、(中略)新たな怪物をこしらえようとした。その総計はほとんど印象がうすく、われわれの想像をほんとうにかきたてるものは少ない」なんて切り捨てられてしまっています。
 我が国においても、岩波文庫でリクエスト復刊された後、しばらく品切れが続いています。なお、その解説では、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの『ファウスト』と比較して欠点がずらっと並べられる始末。
 可哀想なくらい冷遇されていますが、これは一体どういうことなのでしょうか。

 まずは、この作品がいかにして生まれたかを簡単にみてみます。
 一八四五年、フローベールジェノヴァピーテル・ブリューゲル(子)の『聖アントニウスの誘惑』(※1)を鑑賞し、それを小説にしようと考えます。初稿が完成したのは一八四九年。しかし、前述のとおり親友に酷評されてしまいます。
 第二稿ができたのは一八五六年でしたが、今度も評判はよくありませんでした。そして、決定版というべき第三稿が完成したのは一八七二年(刊行は一八七四年)と、構想から何と約三十年が経っていました。

 次に、あらすじを記載します。

 四世紀頃のエジプト。神の啓示を受けたアントワヌ(※2)は、家を捨て旅に出ます。やがて、テバイスにある山の頂で孤独な修行に励んでいると、悪魔が現れ、シバの女王、聖人、預言者、仏陀ギリシャ・ローマ・エジプト・ペルシアの神々などに姿を変え、あの手この手で誘惑してきます。
 食欲、物欲、金欲、権力欲、色欲などあらゆる欲望に一晩中苦しめられた隠者でしたが、必死に耐えしのぎ朝を迎えます。

 僕がこの本に興味を引かれる点は三つあります。

 ひとつめは、様々な怪物たちです。ジョン・マンデヴィルの『東方旅行記』の際にも書きましたが、僕は空想の生きものに目がありません。
 悪魔は、前半こそ人間(実在した聖人や哲学者、神々など)の姿でアントワヌの前に姿を現します。彼らとの問答も読み応えがありますが、終盤、異形の者の姿をとるようになってからが俄然面白くなります。特に、スフィンクス、キメラ、ニスナス、スキアポデス、キノケファルス、サデュザーグなどなど有名なものからフローベールオリジナルらしきものまでクリーチャーが総登場するクライマックスは圧巻です。
 ボルヘスは、それらの印象が薄いといいますが、フローベール幻想小説が専門でない分だけ頑張って書いている感じがして楽しいのです。怪物、怪鳥、海獣をきちんと書き分け、さらには怪昆虫、怪植物、怪鉱物なんてのも出てくるのですから、十分満足です(岩波文庫版には巻末に三十一頁もの用語解説兼索引がついているので非常に重宝する)。

 ふたつめは、結末です。
 最後にアントワヌは、悪魔の誘惑を退けます。面白味のない締めくくりですが、実在した聖人を主人公にしているため、そうせざるを得なかったともいえます。
 ところが、解説によると、別の結末が書かれた草稿があり、それは人々に呪われ、暴力を振るわれ倒れ込んだキリストが現れ、アントワヌの嘆きによって幕が閉じられるそうです。
 それはさすがに採用できませんでしたが、一度はそこまで考えていたのなら、最終稿のラストシーンの天啓すら悪魔の罠だったという解釈も十分成り立ちます。「嬉しい! 嬉しい!」と叫ぶアントワヌは、この後、奈落の底に突き落とされるわけで、救いのなさではウィリアム・ゴールディングの『ピンチャー・マーティン』以上といえます。
『聖アントワヌの誘惑』に理解を示さない人たちに嫌気が差していたであろうフローベールは、ごく平凡に映る結末に、強烈な毒を仕込んだのでしょうか。

 三つめは、近代リアリズム文学の父としての名声を得ていたフローベールが、どうしてこの題材にこだわり続けたのか、という点です。約三十年間(※3)、片時も忘れず、様々な関係書を読み漁ってまで完成させたのは、なぜなのでしょうか。
 僕は研究者ではないので、文献を調べて真の理由について推測するつもりなどありません。ただ、全く理解を得られなくとも、ひとつのテーマにこだわり続けるという作家としての執念をひしひしと感じるのです。
 これこそが小説家に求められるべき最大の素質……といっては大袈裟ですが、信念を曲げず書き続けるフローベールを僕は信頼します。
 いつか「フローベールの代表作は『ボヴァリー夫人』ではなく、『聖アントワヌの誘惑』だ」といわれる日がきたら、彼も心から喜ぶのではないでしょうか。

※1:フローベールがみたのは、ブリューゲル(父)の模写だったらしい。なお、岩波文庫新装版のカバーには、ジャック・カロの『聖アントワヌの誘惑』が掲載されている。

※2:アントワヌ(アントワーヌ)はフランス語。ギリシャ語だとアントニオス、ラテン語だとアントニウス、英語だとアントニー、イタリア語だとアントニオと表記される。

※3:原型を書いたのは十四歳(一八三五年)のときだそうだから、実は四十年近いことになる。


『聖アントワヌの誘惑』渡辺一夫訳、岩波文庫、一九五七