Frankenstein in Sussex/Fleiß und Industrie(1968)/Die Anfangsbuchstaben der Flagge. Geschichten für Kajüten, Kamine und Kinositze(1969)H. C. Artmann
H・C・アルトマンは、数多くの言語を操ったことで知られています(その数三十以上?)。
さらには、インド・ヨーロッパ語系を元にピクト語なんていうオリジナル言語まで作ってしまったそうですから、言葉に関しては正に怪物といえるでしょう。
また彼は、出版に全く興味がなく、あちこちに書き散らしてあった詩、散文、戯曲などを友人たちが集めて本にしたとか。何とも不思議な作家です。
不思議なのは本人だけでなく、作風にも及びます。
それは幻想小説ともホラーともシュールレアリスムともブラックユーモアとも奇妙な味ともいえるもので、早川書房の「異色作家短篇集」に加わっても違和感はありません。
とはいうものの、アルトマンはエンターテインメントに特化した作家ではなく、読み終えてからじっくりと考え、その後、じわじわと面白さが染みてくるタイプなので、頭をなるべく使いたくない方には不向きです。
それから、何のパロディなのか分からないものが多いのも、ちと辛い。
訳者も気づかなかったのか、例えば「サセックスのフランケンシュタイン」にホール夫人という人物が登場します。一体誰のことかと思い、原文に当たってみると「Frau Holle」とあります。これはグリム童話の「ホレおばさん」です(※)。
「ドクター・クリスチアーン・バーナード」は心臓外科医のクリスチャン・バーナードでしょうけど、どうしてここに登場するのかは不明……。ま、その辺は深く悩まない方が楽しめるかも知れません。
さて、日本版の『サセックスのフランケンシュタイン』(写真)は、アルトマンのふたつの本を合わせた上で、『Fleiß und Industrie』を省いた変則版。
「サセックスのフランケンシュタイン」のみ中編程度のボリュームで、後は短編ないしショーショートといった感じです。
今回は、すべての短編の感想を書いてしまいます。
『サセックスのフランケンシュタイン』
サセックスのアリスは、地面から突き出した煙突に落ち、地下のビルディング(千階もある)へやってきます。そこにはヴィクター・フランケンシュタインが作り出した怪物がいて、アリスを凌辱しようと追いかけてきました。
それに気づいたジョン・ハミルトン・バンクロフトはアリスを助けに向かいます。臆病なウィルバー・フォン・フランケンシュタインは愚図愚図していて、警官のクリスチャン・バーナードに捕まってしまいます。
また、その様子をメアリー・シェリーとホレおばさんがテレビでみています。いよいよとなったとき、ホレおばさんが介入し、アリスとバンクロフトを逃そうとします。
一方、シェリーは長い間花嫁を欲していた怪物のため、それを阻止しようとするのですが、結局は自分が捕まり、怪物の花嫁になってしまいます。
モリー・フルートの『鏡の国のアリス』やネヴィル・シュートの『アリスのような町』は、『不思議の国のアリス』とは全く関係がないのですが、こちらは正真正銘アリスのパロディ。とはいえ、残念ながらアリスは存在感がほとんどありません。
おまけに、一体どこが何のもじりなのかや、なぜサセックスなのかなど、容易には読み解けないことだらけ。怪作と呼ぶに相応しい作品ですが、その割にまともなオチがついています。それがよいのか悪いのかは分かりませんけど……。
『船旗の頭文字 ―船室と暖炉と映画館桟敷のための物語』
「解けない謎」Ein ungelöstes Rätsel
一八六八年、ボストンを出航した帆船がジブラルタルの港に着いたとき、乗員・乗客はすべて消えていました。海賊に襲われた形跡はなく、テーブルに用意された食事はまだ温かかった……。真相を知っているのは一匹の猿だけですが、彼はすっかり怯えてしまっています。
「カーペンタリア湾にて」Im Golf von Carpentaria
船が難破して見知らぬ島に漂着した四人。唯一の女性が青い肌で、尻尾を持つ原住民にさらわれてしまいます。助けに向かった三人の男たちは……。今ではこういうオチは珍しくて、却って新鮮です。
「踊り手」Der Tänzer
国境警備兵のフィリベルトは、ある日、踊る二本の足をみつけます。足しかないのに、意味不明の言葉を喋るのがアルトマンらしい。「カーペンタリア湾にて」の原住民も奇妙な叫び声をあげましたが、アルトマンにとって理解できない言語を操る者は不気味な存在なのかも知れません。
「ソフィアという名の生き物」Ein Wesen namens Sophia
ウィーンの地下に広がるラビリンス。そこで出会ったソフィアという女は炎で手を洗います。さらに女は三つの乳房を持ち……。エドガー・アラン・ポーやH・P・ラヴクラフトのような幻想恐怖譚ですが、古都ウィーンならではの味があります。
「黒海にて」Im Schwarzen Meer
貨物汽船の船長は熱に浮かされ、醜い小人たちが乗ったボートを発見します。しかし、それはほかの乗組員にはみえません。ワンアイディアのショートショートです。
「異常な厄病神」Ein außerordentlicher Unglücksengel
乗っていた船が座礁し、怪我をして岸に辿り着いた男を惨殺し、金を奪ったシモン。彼はさらに男のブーツを手に入れようとするのですが、抜けなかったため、死体の脚を切り家に持って帰ります。深夜、脚のない幽霊がシモンの家にやってきました。普通ならシモンは呪い殺されたりしますが……。いや、殺される方が却って楽かも知れない。
「ロムバルディの活き蠟人形」Lombardis lebensechte Wachspuppen
蝋人形館に入った若い男が、女性の蝋人形を助けると、いつの間にか自分がその女に変わっていたという話ですが、何のこっちゃよく分かりません。
「二種類のお茶」Zwei verschiedene Arten Tees
植物に取り憑かれた兄を邪険にする妹。そんなとき、奇妙な生きものが植物園や花屋で盗みを働き、世間を騒がせます。誰が、何を、何のために探していたのかは最後の一行で分かるのですが、それでもなおモヤモヤが残ります。
「危険な冒険」Ein gefährliches Abenteuer
飛行船に密航した新聞記者は、そこで人肉を食うクラブの実態を目の当たりにします。パラシュートで命からがら逃げ出した彼は、若い女が住む小屋に避難しますが……。浅学菲才故、オチの「ボストンのフロビッシャー家」が何を指しているか分かりません。
「小兎」Die Häschen
母親が浮気をしている間に、娘は子どもを産んでしまう。何とかしようとあたふたする大人たちを嘲笑う娘……と読めますが、いかがでしょうか。
「コンラッド・トレゲラスの冒険」Conrad Tregellas' Abenteuer
冒険家コンラッド・トレゲラスは、恋人を敵に拐われ、彼女と引き換えにカーンチューリ手稿の呪文を教えるよう迫られます。それは人間を地獄の生きものに変える恐ろしい呪文でした。アルトマンにしては、まともすぎる冒険小説です。映画にしてもよいくらいよくできています。いや、ほんと。
「ワルドミーア・グリーバラック」Waldomir Breebarac
密猟者ワルドミーアは、美しい湖で鰐に遭遇します。鰐と戦うため、ウィンチェスター銃を抱え、ボートに乗るワルドミーアでしたが、彼を襲ったのは意外なものでした。
「フー・マンチューに本当に会った話」Eine tatsächliche Begegnung mit Phoo Manchu
男装のピアニストであるヘスロップは、ある夜、ふたりの中国人に拉致され、フー・マンチューの元へ連れてゆかれます。ヘスロップは、実は英国王の手先で、フー・マンチューを捕まえようとしています。それが彼らにバレ、絶体絶命のピンチに陥ったのです。LとRの区別がつかない東洋人を誤魔化して難を逃れたヘスロップを、最後に待っていたのは何とあの人物です!
※:博覧強記の種村季弘が知らないとは思えないので、昔は「ホレおばさん」のことを「ホール夫人」と訳したのかも知れない……。
『サセックスのフランケンシュタイン』種村季弘訳、河出書房新社、一九七二
『フランケンシュタイン』関連
→『解放されたフランケンシュタイン』ブライアン・W・オールディス
『不思議の国のアリス』関連
→『パズルランドのアリス』レイモンド・スマリヤン
→『黒いアリス』トム・デミジョン
→『未来少女アリス』ジェフ・ヌーン
→『不思議な国の殺人』フレドリック・ブラウン