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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ライロニア国物語 ―大人も子どもも楽しめる13のおとぎ話』レシェク・コワコフスキ

13 bajek z królestwa Lailonii dla dużych i małych(1963)Leszek Kołakowski

 哲学者レシェク・コワコフスキが、共産党時代のポーランドで刊行した寓話集。
「大人も楽しめる」とあるとおり、当時の政府を諷刺している面もあります……なんて書くと一気に興味が失せてしまう方もいることでしょう。「五十年前のポーランドを諷刺した本を、どうして今、読まなくちゃならねえんだ」と。
 しかし実際は、特定の社会にしか通用しない類の皮肉ではなく、現代においても様々な連想が可能です。あらゆる国、あらゆる時代の読者が深く考え込んだり、ニヤニヤしたりできる良質の寓話だと思います。

 勿論、コワコフスキの奇想も高く評価されています。毒がたっぷりな割に、嫌な気分にならないところも好感が持てます。
 大人向けおとぎ話集としては、最上の作品ではないでしょうか。

 解説によると、コワコフスキはユーモアセンスのある哲学者だったらしく、本業の哲学書やエッセイも機知に富んだものが多いそうです。
 彼の主張のひとつに「首尾一貫しないこと」があり、「完全な首尾一貫性は現実には狂信と同じものであり、首尾一貫しないことが寛容の源である」と述べています(『首尾一貫しないことを讃えて』)。要するに「主義主張を頑なに変えずにいると雁字搦めになっちゃうよ。そうなるくらいなら、適当に緩く生きてゆく方が楽チンじゃん」ってことですね。

『ライロニア国物語』は、ライロニアに関する不思議で不気味なお話が十二編入っていますので、そのすべてを簡単に紹介したいと思います。
 実をいうと、この本は、あらすじをバラしてしまっても面白さが全く削がれません。その理由は、とぼけたジョークが効いているからです(例えば、ライロニアでは、らくだの毛を梳く櫛を輸入に頼っている。なぜなら国産のらくだ用櫛が全く製造されていないからだ。なぜ製造されないかというと、らくだが一匹もいないから……なんて具合)。
 ポーランドのナンセンスな短編というとスワヴォーミル・ムロージェックが思い浮かびますが、色々と共通点があるように思います。

 なお、一九九五年発行の増補版には、最後に一編(「Wielki głód」)追加されていますが、残念ながら訳本には含まれていません。

ライロニア国を探して」Jak szukaliśmy Lailonii
 長い間、ライロニアを探し続けている兄弟。彼らは沢山の地図や地球儀を買い込みますが、老人になってもみつけられません。そんなとき、ライロニアから小包が届きました。そこにはライロニアのお話を収めた短編集が入っていました。
 すべてを投げ打って、誰も知らない国を探す兄弟というナンセンスな物語が導入部になっています。彼らは文字どおり東奔西走するものの、結局、ライロニアをみつけることはできませんでした。理想的な社会主義国家など、どこにもないってことかしらん。

こぶ」Garby
 ある日、アイヨの背中に瘤ができ、それは成長してアイヨそっくりになってしまいました。医者たちは瘤を消す薬を発明しましたが……。
 人面瘡によく似ており、展開は予想がつきます。それでも、ひとりの男の物語ではなく、町全体に波及するところが面白いです。

子どものおもちゃの話」Opowiadanie o zabawkach dla dzieci
 商人ピグは、穴を開けて遊ぶための原寸大の地球儀を娘にねだられます。そんな高価な玩具は買えないから、本物の地球に穴を開けなさいと諭すのですが……。
 ウンベルト・エーコの「帝国の地図(縮尺1/1)」や井上ひさしの『一分ノ一』など原寸大の地図を作る話がありますが、こちらは簡単に原寸大の地球儀を製作してしまいます。それで遊んでいればよかったんですけどねえ。

美しい顔」Piękna twarz
 ニノ青年は、美しい顔が劣化するのを恐れて、高価な箱を買って、そこに保管することにしました。けれど、そのせいで彼の顔が美しかったことを覚えている者は誰もいなくなってしまいます。それでもニノは、箱から顔を出そうとしません。
 隠している才能は誰にも伝わらないけど、本人にとっては、それが生きる拠りどころになります。それで気持ちに余裕が生まれるのはよいことだと思うのですが、コワコフスキは残酷な結末を提示します。

ギヨムはどうやって年輩の紳士になったか」Jak Gyom został starszym panem
 よい職に就くには年配の紳士にならなくてはいけないと考えたギヨムは、妻の反対を押し切り、髭、山高帽、眼鏡、上靴、こうもり傘で年輩の紳士に変身します。よい職にありついたのも束の間、服を盗まれたり、髭を剃ってしまったりして、若者であることがバレてしまいます。
 年輩者が優遇される理不尽な社会、というか、姿を変えるだけで代わりが務められてしまうことにこそ皮肉を感じます。個人の能力なんかどうでもよく、大切なのは肩書きというわけでしょうか。

有名な人」O sławnym człowieku
 タトは有名になりたくて、様々な分野で世界一を目指します(新本の頁引きちぎり、マッチ棒折り、練り歯磨き絞りなど)。ところが、全く有名になれません。
 有名になれなかったタトは、世界一無名な人になろうとしますが……。オチは矛盾を抱えていて、煙に巻かれた感じが心地よいです。

マイオルの神はいかにして王座を失ったか」Jak bóg Maior utracił tron
 ウビとオビという兄弟がいました。弟のオビはマイオルの神の法を犯したため、地獄に送られてしまいます。天国にいるウビは、それを悲しみ、自分も地獄に送ってくれと神に訴えます。
「神を冒瀆する言葉を述べる者は地獄へゆくが、一旦天国にいった者は罪を犯せない」というジョセフ・ヘラーの『キャッチ=22』みたいなジレンマを扱ったお話です。まあ、神の存在自体が矛盾だらけなんですけどね。

赤いつぎ」Czerwona łata
 隣家の梨を取ろうと木に登ったエタムは、ズボンに穴を開け赤いつぎをあてました。すると、そのつぎは友だちに伝染し、しかも、どんどん大きくなって、ズボン全体がつぎになってしまいました。
 つぎやズボンにばかり目がゆきますが、重要なのは隣の家の梨を盗むなってことです。確かに……。

物たちとの戦争」Wojna z rzeczami
 ディットは、ジャムつきクレープ、歯磨き粉、果ては自分の心臓にまで意地悪をされてしまいます。そこで彼は様々なものに変装し、いたずらをやめるよう説得しますが……。
 ものとの戦争に敗れたディットは、奴隷の身分に落ちてしまいます。それは一体どういう状態かというと、最初と余り変わらない……。そもそも彼は、ものに使われる存在だったのです。

長寿問題はどのように解決されたか」Jak rozwiązano sprawę długowieczności
 かつてライロニアの隣国だったゴルゴラ王国。そこでは、四人の天文学者と三人の医師による、長生きするためのアイディアの発表がありました。その後、民衆は七つの説の支持者に分かれ争い、やがて内戦へと発展します。そして、ついには……。
 長生きするには「鼻を切り取れ」とか「空を様々な色で塗れ」とか馬鹿馬鹿しい説が論じられます。さらには各党派が合併し「鼻を切って、空を塗れ」なんて具合になるところが猛烈に馬鹿げています。ダメな主張は、いくらくっついてもよくなりません。

いまいましいドロップ」Oburzające dropsy
 奇妙な習慣を持つ兄弟姉妹。それぞれの習慣は、ほかの兄弟たちを苛つかせ、口論が絶えなくなってしまいます。そこへドロップを舐める習慣を持った末の妹が加わります。
 険悪だった兄弟たちは、妹を攻撃するため一致団結します。「平和を維持するためには、共通の敵が必要」といってしまうと空しいですね。

いちばん大きな口論の話」Opowieść o największej kłótni
 口論の末、ひとつの道を選んだ三兄弟。一応は仕事にありつきますが、ほかの道の方がもっと幸せになれたかも知れないと考えたひとりは、道を引き返し命を落としてしまいます。
 どんな道を選ぼうと、それが正しかったかどうかは誰にも分かりません。「別の道を選んでおけば」と後悔するのは潔くありませんが、かといって、何も考えず今の自分に満足してしまうのも考えものです。

大いなる恥の話」Opowieść o wielkim wstydzie
 リオは軍隊に召集され、そこで愛する娘の目の色を思い出せないことに気づきます。恥ずかしさで指くらいの大きさに縮んだリオは、縮んだことが恥ずかしくて、さらに小さくなってゆきます……。
「大切なのは細部ではなく本質である」などといわれますが、では、その人の本質とは一体、何なのでしょう。

『ライロニア国物語 ―大人も子どもも楽しめる13のおとぎ話』沼野充義芝田文乃訳、国書刊行会、一九九五