読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『東方旅行記』ジョン・マンデヴィル

The Travels of Sir John Mandeville(1357)John Mandeville

 マルコ・ポーロの『東方見聞録』(1298)を知らない人はいないでしょうが、ジョン・マンデヴィルの『東方旅行記』(写真)(※1)となると、多くの人は「何だ、それ?」と首を傾げるかも知れません。
 正直、知らなくても一生困ることのない珍本なのですが、かつて『東方旅行記』は大いに読まれていました。
 例えば、写本の数をみても『東方見聞録』の約百四十に対して、『東方旅行記』は約三百といいますから、人気のほどが分かります。

 ちなみに、クリストファー・コロンブス(クリストバル・コロン)は、書き込みをした『東方見聞録』の写本を持っていましたが、実はこれ、一四八五年発行のものです。彼がポルトガルジョアン二世に援助を求めたのは、一四八四年。つまり、『東方見聞録』は、航海の直接のきっかけになったわけではないのです。
 では、コロンブスを西回り航海に導いたものは何だったのかというと、それこそがマンデヴィルの書でした(※2)。
 その頃、既に「地球平面説」に異論は出ていたものの、南半球に陸地があるのか、そして、そこに到達するにはどうすればよいのか、分かっていませんでした。
 マンデヴィルは、地球一周した男の逸話を語るとともに、天体測定によって地球が丸いことを述べているのです。

 さらに『東方旅行記』の文学的価値も見逃せません。
『東方見聞録』は、無味乾燥で、まるでメモみたいです。記述は繰り返しが多く、リズムも単調。内容は非常に面白いのですが、お世辞にも文学的とはいえません。
 それに比べると、『東方旅行記』は表現力が豊かで、微に入り細を穿っています。何より退屈させず、「読ませる」作品なのです。
 実際、マンデヴィルの創造した怪物は、ウィリアム・シェイクスピアジョン・ミルトンらも借用していますし、ダニエル・デフォージョナサン・スウィフトらにも影響を与えたとされています。マンデヴィルがいなければ、ひょっとしたらポール・セルーの『鉄道大バザール』だって生まれなかったかも知れません。

 それほど重要な旅行記であるにもかかわらず、この書物が歴史の闇に葬り去られることになったのは、どうしてだったのでしょうか。

 それについては、英国のジャーナリスト、ジャイルズ・ミルトンが『コロンブスをペテンにかけた男 ―騎士ジョン・マンデヴィルの謎』で検証しています。
 この本は、ワクワクする歴史ミステリーで、大いに楽しませてもらうとともに、資料としても参考にさせていただきました。以下の説明は、本書によるところが大きいことをお断りしておきます。

 一三二二年、英国の騎士サー・ジョン・マンデヴィルは、東方への旅に出ました(マルコ・ポーロの約半世紀後)。コンスタンティノープルキプロス、バビロン、エルサレム、インド、中国などを経て、一三五六年に帰国しました。三十四年の長い旅でした。

『東方見聞録』はポーロが見聞きしたことをピサのルスティケッロが代筆した書で、『東方旅行記』は、過去の旅行記からの剽窃と己の想像力を駆使した荒唐無稽な代物。ポーロは実際に旅をし真実を語ったが、マンデヴィルは英国から一歩も出ずにこれを書いた。つまり、奴はペテン師である……なんて風に信じられていますが、ことはそう単純ではありません。

『東方見聞録』にも空想で書かれた箇所があります(ルスティケッロが勝手に書き加えた?)。また、『東方旅行記』は、確かに先人たちの書物から多くを借用しています(当時は剽窃の意識がなく、他書を自由に自著に取り入れていた)が、実際に旅をした者でなければ分からない記述もあるのです。
 ミルトンによると、前半(聖地エルサレムまで)は間違いなく実際に旅をし、後半(エルサレム以降)は剽窃+空想とのことです(ポーロと異なり、イスラム勢力が台頭していたマンデヴィルの時代に東方に向かうことは不可能だった?)。

 そう、『東方旅行記』は、前半と後半で性格が大きく異なるのです。
 マンデヴィルの旅は、基本的には巡礼なので、前半は聖地の案内がメインとなっています。しかし、後半は正にファンタジー。モンスターや奇妙な風習、自然現象などが溢れ出します。

 当時、東洋には怪物が住んでいると信じられており、そうした記述は、ほかの旅行記にもみられます。
 しかし、大航海時代になると、それらの嘘が次々に暴かれてしまいます。
 そのなかでマンデヴィルの書が槍玉に挙げられたのは、前述した彼の想像力と表現力の豊かさ、そして、嘘の過剰さが原因だったのではないでしょうか。冒険譚を面白くするためとはいえ、嘘がエスカレートしすぎた嫌いは確かにあります。
 その結果、『東方旅行記』は、馬鹿げたことが書かれた本として次第に相手にされなくなってしまいました。

 けれど、マンデヴィルの意図は、法螺を吹くことにあったわけではありません。
 東方の未開人の方がキリスト教徒より敬虔であることを示し、読者の反省を促すのが目的だと、ミルトンはいいます。ですから、わざと自分たち西洋人とはかけ離れた風習や自然、果ては異形の者までをも登場させたのです(※3)。

 尤も現代では、そのような読み方ができるはずもなく、単純にマンデヴィルの想像力に身を委ね、ニヤニヤする方がよいでしょう。
 ウンベルト・エーコの『バウドリーノ』も、後半、東方にゆくに従って、様々な怪物(一角獣、スキアポデス、ブレムミュアエ、バジリスクマンティコア巨人族など)が登場しますが、あれを楽しめた方なら、間違いなく満足されることと思います。

 というわけで、前置きが長くなりました(あるいは今までが本題?)が、最後に『東方旅行記』に登場するヘンテコな怪物たちの一部をご紹介します(ヘレフォード図に書かれている化けものも多い)。
 能書きをダラダラと垂れてきましたけど、『東方旅行記』の人気は、何より魅力的なクリーチャーたちに因ることは確実なのですから……。

・体全体を覆うほど巨大な一本足を持つ人間。アジアの脅威として知られるスキアポデスのこと。象皮病との説もあり。
・人が三、四人入れるくらい大きな殻を抱えたカタツムリ。
・『東方見聞録』にも出てきた犬頭種族。これは人間ではなく、犬っぽい顔をしたヒヒのことらしい。
・ひとつ目の大男(キュクロプス?)。生肉や生魚を食う。
・無頭人ブレムミュアエ。目は両肩に、口は胸の真んなかについている。目と口が肩の後ろについている種族もいる。
・鼻も目もない平べったい顔の人間。目の代わりに小さな穴が空いていて、口には唇がない。
・上唇がやたらと大きく、日向で眠るときにはその唇で顔を覆う人間。
・口の代わりに小さな穴が空いていて、管ですすって食べる小人。舌がなく喋れないため、猿のようにキャッキャと叫びながら、ジェスチャーで語り合う。
・男女の性器を持つ両性具有人。乳房は片方だけ膨らんでいる。
・生後半年で結婚し、子どもを産む小人。寿命は七、八年しかない。
・昼でも真っ暗な土地に住む人々。何らかの自然現象(霧、密林)ではないかとのことである。
・瓢箪のような果実がなり、熟したものを割ると、なかから毛のない小羊のような獣が現れる。なお、果実も獣も食べてしまう。
グリフォン(鷲とライオンのキメラ)。牛の角ほどの爪を持ち、馬を軽々と持ち上げる。これはホルヘ・ルイス・ボルヘスの『幻獣辞典』にも取り上げられている。
・水が一滴もない砂の海(流砂?)に住む変な形をした魚。
・角を生やした野蛮人。豚みたいにぶうぶう鳴く。
・谷間に住む醜悪な悪魔。鼻から色とりどりの炎を吐く。ただし、信心深い者は襲われない。
・腟で蛇を飼っている処女。その蛇は破瓜したとき相手のペニスに噛みつき殺す。
・両目に珠玉を生やした女。バジリスクのように視線だけで相手を倒す。
・手と顔以外は羽毛で覆われた水陸両用人間。
・金を掘り出す大蟻。犬くらい大きさである。この蟻から金を奪う方法がとてもユニーク。


※1:この本にはタイトルがなく、単に『旅行記』や『マンデヴィルの旅行記』などと呼ばれている。邦題は『東方見聞録』に因んで、東洋文庫が『東方旅行記』とつけたのだろう。
 その『東方旅行記』は、前半が三分の一ほど削られた抄訳(英語版からの重訳)である。また、英宝社からは『マンデヴィルの旅』という本が出ているが、所持していないので内容はよく分からない。
 そもそも数多くの写本のなかには、後世の人が余計なものをつけ加えたり削除したりした版もあり、どこまでがマンデヴィルの筆によるのか最早定かではない。実をいうと、発行年もあやふやで、一三六二年とする説もある。

※2:ルネサンス期にタイムスリップする物語であるマンリー・ウェイド・ウェルマンの『ルネサンスへ飛んだ男』でも、主人公はコロンブスとの会話でマンデヴィルを話題にする。原注には「『騎士サー・ジョン・マンデヴィルの旅行記』の手稿は、早くも一三七一年には存在していた。したがって、十五世紀のまともな地理学者のあいだでは共通認識となっていた地球は丸いという説は、ほぼ地球を一周したと称して評判になった航海記を著したマンデヴィルによって先鞭をつけられたものである」と書かれている。

※3:東洋の記述に関しては、プラノ・カルピニのジョヴァンニや、ボルデノーネのオドリコの旅行記からの引用が多く、『東方見聞録』はほとんど影響していないというのが定説だが、訳者の大場正史はその説に疑問を呈している。
 当時、世に広く流布しており、ほぼ同じ地域を扱っている『東方見聞録』をマンデヴィルが読んでいないはずはない。そもそも、オドリコの旅行記自体、『東方見聞録』を参考にしている、とのこと。
 読み比べてみると、確かに同じ記述がしばしばみられる。ただし、架空の生きものに限ると『東方見聞録』(※4)にはさほど多く登場しない。しかも、それらは『東方旅行記』とは異なり、恐らく実在する生物のことと思われる。以下に、記してみる。
 二本の脚が生えた巨大な蛇=鰐?
 尻尾が生えた人間=猿?
 犬の顔をした男=ヒヒ?
 真っ黒いライオン=豹?
 麝香をとるガゼルに似た生きもの=ジャコウジカ?
 黒い毛の生えた鶏=烏骨鶏
 一角獣=犀? ただし、犀ではない一角獣も出てくるし、犀そのものも出てくる。
 グリフォン=大鷲? これはポーロが実際目撃したわけではない。

 なお、イタロ・カルヴィーノの『見えない都市(旧題:マルコ・ポーロの見えない都市)』には、スフィンクスグリフォン、キマイラ、龍、山羊鹿(トラゲラポス)、ハルピュイア、ヒュドラ、一角獣(リオコーン)、バシリスクなどについての言及がある。

※4:『東方見聞録』は、中世フランス語の写本fr: 2810から直接翻訳した岩波書店のものをチェックした(ミニアチュールがモノクロなのはやむを得ないが、地図が一点も掲載されていないのが不親切。見返しにでも印刷しておいて欲しかった)。


『東方旅行記大場正史訳、平凡社東洋文庫、一九六四

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