La Côte sauvage(1960)Jean-René Huguenin
青春小説の評価は難しいと、いつも思います。
ときが経つと、作品自体の賞味期限が切れてしまうことや、様々なフィルターがかかってしまうことがあるからです。勿論、それはどんなジャンルの小説にもいえることですが、青春小説が時代の色を写しやすいことは間違いないでしょう。
また、数々の障害を乗り越えたものが名作と呼ばれるようになるのかも知れませんけれど、後世に残ったか否かで、その作品を評価するのは正しくありません。一瞬きらめいて消えてゆく星こそが、実は最も美しいのかも知れないからです。
ジャン=ルネ・ユグナンの『荒れた海辺』(写真)が、どちらなのかは分かりません。ですが、僕にとっては、ボリス・ヴィアンの『日々の泡』と同じくらい大切な作品です。
先ほどフィルターがかかると書きましたけど、この作品には「二十六歳で夭折した作家が遺した唯一の長編小説」という一種の宣伝文句がついてまわります。今なら却って避けてしまうところですが、若い頃は、大いに心魅かれたことを否定しません(※)。
『荒れた海辺』は、夏のブルターニュを舞台に、アルジェリア戦争から戻ってきた主人公オリヴィエと、五歳年下の妹アンヌ、そして、オリヴィエの友人ピエールの三角関係を描いた作品です。現代なら、妹萌え小説(?)に分類されるでしょうか。
抑えた心理描写、短くぶつ切りの会話、もうしわけ程度の説明は、詩的散文といったところ。ストーリーで読ませるわけではないので、劇的なできごとは起こらず(夢のなかでアンヌが崖から落ちるくらい)、妹への愛を露骨に表現することも、具体的な行為に至ることもありません。
が、ドラマの不在こそが、この作品の魅力といえます。
儚くすぎゆく夏の情景の前では、詰まらない事件、死や不治の病といった陳腐な設定など邪魔でしかないからです。
実際、登場人物に感情移入するのさえ困難で、ただひたすらユグナンの描く冷たく静かな深海の底のような世界に浸るしかない。けれども、それは少しも憂鬱ではなく、寧ろ清々しさすら感じさせます。
恐らく、この作品の持つ純粋さとか潔癖さに起因しているのでしょう。そして、結局のところは、若さの勝利なのかなと思います。
しかも、ユグナンの場合、小説はこれ一作しかありません。つまり、若書きのまま完結しているわけで、正に理想的といえます(九十七歳まで生きたジュリアン・グラックとは対照的)。
僕は、作者買いするタイプなので、気に入った作家をずっと追い続けます。けれど、若くしてデビューした人ほど、その後は自分の好みとズレてゆくのか、がっかりさせられることが多い(例えば、初期の金井美恵子とか大好きなんですけどね……)。
次第に堕落してゆく姿に幻滅することもなく、自分のなかで永遠に輝き続けるなんて、そうそうありませんから、若い方には特にお奨めしたいと思います。
※:レーモン・ラディゲは二作を残し二十歳で亡くなった。ドイツ人なら、二十四歳で亡くなった『モナ・リーザ泥棒』のゲオルク・ハイムか。
『荒れた海辺』荒木亨訳、筑摩書房、一九六五