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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『あなたはタバコがやめられる』ハーバート・ブリーン

アメリカ

How to Stop Smoking(1951)Herbert Brean

 前回の『二日酔よこんにちは』で、田村隆一がハーバート・ブリーンの『あなたは酒がやめられる』(一九五八)から引用していましたが、これは二匹目の泥鰌です。
 先に評判になったのは『あなたはタバコがやめられる』の方で、その人気にあやかって「酒」が出版されたようです。

 尤も、ブリーンの本職はミステリー作家です。
 翻訳の多くはハヤカワ・ミステリから出ており、その縁で『あなたはタバコがやめられる』もハヤカワ・ポケット・ブックス(※1)から刊行されたのでしょう(※2)。
 古書店へゆくとポケミスの棚におかれていることもあって、「ハウツー本のタイトルをもじった推理小説か?」と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、ごく普通の実用書です。裏の裏を読まないよう、ご注意ください。

『あなたはタバコがやめられる』の最大の特徴は、原著にも日本版にも「返金保証」がついていることです。要するに、これを読んでも煙草がやめられなかったら、書籍代を返してくれるというわけ。
 ビル・S・バリンジャーの『歯と爪』(一九五五)や、筒井康隆の『残像に口紅を』は一部が袋綴じになっていて、袋を開く前なら返本できましたが、こちらにはそういった縛りがなく、全て読んでしまっても返金してくれるのです。
 ただし、再販制度のある日本の場合、早川書房に持参する必要がありました(米国では購入した書店で返金してくれたみたい)。返金期限は昭和三十一年八月三十一日で、定価は百円です。
 ま、今なら、それなりの古書店に持ち込めば百円以上で引き取ってくれるでしょうから、ある意味、返金保証は生きているといえますね。

 そのお陰もあったのか、日本版も相当売れたようです。何しろ、初版が「昭和31年1月15日」で、僕が持っている21版は「昭和31年3月30日」ですから、わずか一月半で二十回も版を重ねたことになります。
 なお、僕が所持している本には「禁煙レポート」No.1が投げ込まれています。これは、飯沢匡大下宇陀児らの感想が掲載されたペラの色紙です(最後まで読んだら禁煙しなくちゃいけなくなるから、どうしようか悩んでいるという大下の文章がおかしい)。投げ込みってことは重版の際に加えられたのでしょうか。
「この本を読んで禁煙された方はご意見をお寄せください」とありますが、No.2以降が発行されたかどうかは分かりません。

 前述のとおり、『あなたはタバコがやめられる』は真面目な実用書ですが、本業が作家だけあって、エッセイとしても十分読ませる力があります。
 特に自身の禁煙体験(実験)について述べた箇所などは、喫煙者にも、そうじゃない人にも楽しめると思います。

 肝腎の禁煙法はというと、基本的には以下の六項目を守ることが主となります。

1 最も有利な条件のそろうのを待ち、機会が来たら、できるかぎりのはずみをつけて、スタートをきる
2 その時、その時の誘惑を、その都度全力で撃退し、まだ来ぬ次の誘惑に、余計な心配はしない
3 やがて来る最初の好機をとらえ、捕えたら、機を逸せず禁煙の実行にうつる。決して、胸のうちだけの考えに終らせない
4 一日一回、慎重に、小さな誘惑に身をさらして、積極的に欲望を撃退する
5 禁煙をはじめるまで、毎日、煙草はやめると自分に云い聞かせよ。はじめたら、自分はもう煙草のみではない、だから煙草はほしくない、と云い聞かせよ
6 〝暗示睡眠法〟を実行せよ。毎夜、寝る前に「煙草はまずい、明日も煙草はのむまい」と自分にいい聞かせよ

 時代も国も異なりますが、現代の日本でも十分実践可能な禁煙法ばかりです。しかし、どの程度、効果があるのかについては正直、何ともいえません。
 というのも、僕自身はここであげられている禁煙法を用いなかったからです。

 実をいうと、僕は三十年以上、喫煙の習慣がありました(一日一箱程度)。
 覚悟して始めた喫煙を途中でやめるのは格好が悪いと思っていたため、その間、一度も禁煙を試みたことがありません。

 それが三年ほど前、然る事情で禁煙をしました。特別な禁煙法は用いず、タバコとライターと灰皿とタスポを捨てただけです。にもかかわらず、それ以後、喫煙の誘惑に駆られることはなく、今に至るまで一本も煙草を吸っていません。
 ニコチンの禁断症状にも苦しまず、悪しき習慣に引き摺られることもなく、薬にも頼らず、スッパリやめられるケースは非常に珍しいそうです。

 その経験からいわせてもらうと、効果のある禁煙法はたったひとつしかありません。
 それは「禁煙を始めたら、一本たりとも煙草を吸わないこと」。
 グダグダといいわけをせず、これさえ守れば必ず煙草はやめられます(当たり前だ!)。

 ……なんて偉そうなことを書きましたが、僕の場合、ひょっとすると特異な体質だったのかも知れません。
 なぜなら、煙草をやめたからといって「食事が旨くなる」「目覚めがよくなる」「体力が戻る」などといったメリットも一切なかったからです。勿論、体重が増えたりもしませんでした。

 とどのつまり、僕の体にとって煙草は、文字どおり「毒にも薬にもなっていなかった」らしいのです。
 禁煙できてよかったというより、全く無意味な習慣を長年続けていたことに愕然としましたね……。

※1:ハヤカワ・ポケット・ブックスなのか、ブックなのか、よく分からない。というのも、本体には「ハヤカワ・ポケット・ブックス」「HAYAKAWA POCKET BOOKと書かれ、スリップには「ハヤカワ・ポケット・ブック」「HAYAKAWA POCKET BOOKS」と書かれているからである。叢書にもかかわらず、表記の揺れがひどい(そもそも、スリップにはバヤカワという誤植があったりする)。大らかな時代故か……。

※2:後にハヤカワ・ライブラリからも刊行された。その際、訳者名は、木々高太郎の本名「林髞」に変わった。


『あなたはタバコがやめられる』木々高太郎訳、ハヤカワ・ポケット・ブックス、一九五六