読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ウサギ料理は殺しの味』ピエール・シニアック

Femmes blafardes(1981)Pierre Siniac

 以前、フランスのミステリー暗黒小説が好きと書きましたが、英米のそれに馴染んでいる人にとっては相当ヘンテコに思えるであろう作家がいます。そのひとりがピエール・シニアックです。
 変わった作風のせいか、邦訳されている長編は『ウサギ料理は殺しの味』(写真)と『リュジュ・アンフェルマンとラ・クロデュック』のふたつのみです。前者の探偵は別の作品にも登場し、後者はシリーズ化されているので、翻訳が進むと嬉しいのですが……。

『ウサギ料理は殺しの味』は最初、中公文庫から刊行され、品切れになった後、創元推理文庫で復刊されました。
 復刊されるくらいだから評価は高いものの、品切れになるくらいだからやっぱり売れないという、まあよくあるパターンではあります。
 それでもこの作品は読んでおくべきだと思います。誰でも思いつきそうなアイディアを上手く形にしているという意味で、とても勉強になるからです(普通は思いつくだけで、そこから先へ進もうとしないのかも……)。

 残念ながら僕は、この作家のことに詳しくないため、サクッと作品のあらすじと感想を書いてしまいます。

 私立探偵のセヴラン・シャンフィエは、失踪した人物を調査する途中、車の故障で田舎の小さな町に滞在せざるを得なくなります。そこでは木曜日に二件の殺人が起こっており、いずれも死体の側に扇が落ちていました。さらにその連鎖は続き、犯人からと思しき手紙も届きます。レストランのシェフに対して「木曜日に兎料理を出すな」、百貨店のオーナーに対して「木曜日にショーウインドウを飾りつけるのはやめろ」といった具合。
 探偵事務所をクビになったシャンフィエは、町に残り、調査に乗り出しますが……。

 結構な数の人物が次々と登場し、場面が頻繁に切り替わります。そのうちに「あれっ。さっきも同じようなシーンを読んだぞ」と思うようになるはずです。
 実際、町の住民たちは毎週同じようなことを繰り返しているのです。その歯車のなかに殺人も入ってくるので、呑気に構えていられなくなるわけですが……。

 実をいうと、これはバタフライ効果風が吹けば桶屋が儲かる)をミステリーに取り入れた作品です。
 町の人々(主要な登場人物)は、毎週同じような行動をし、それが次々に連なって木曜日になると殺人事件が起こります。
 その連鎖を断ち切ることで人が死ぬのを回避できるのですが、読者の興味は町の住民のルーチンがなぜ殺人を招くかという点に注がれるのではないでしょうか。

 しっかり整理しながら読めば、「占星術師が殺人を占い、見事的中すると気分がよくなり、乞食に施しを与える。乞食はその金を持って、好きなウエイトレスに会おうとレストランへゆく。ところが、乞食を嫌うウエイトレスはその日、仕事を休み……」といった具合に因果がつながっていることが分かる仕掛けになっています。
 ですが、普通はそこまで注意して読まないため、謎解きの段階で綺麗に整えてもらうことでスッキリとした気持ちになれるのです(ただし、ここでも同じ説明を何度も繰り返すという反復が行なわれるのは少々キツい)。

 ミステリーとしては、これだけでも十分爽快です。しかし、真相が明らかになった後も、殺人は続きます。
 どういうことかというと、「また別の連鎖が始まる」からなのですが、「殺人鬼によって毎週ひとりずつ殺されていた方が、町の秩序は保たれる。そして、そのために人々は無理矢理殺人事件を出来させようとする」という点が非常に面白い。

 尤も、こうなると最早推理小説を逸脱し、ブラックユーモアの領域に足を踏み入れているわけで、個人的にはだからこそ高い評価を与えられるのです。
 風変わりなミステリーを探している方は、ぜひお試しください。

『ウサギ料理は殺しの味』藤田宜永訳、中公文庫、一九八五

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