読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『積みすぎた箱舟』ジェラルド・ダレル

The Overloaded Ark(1953)Gerald Durrell

 ナチュラリストジェラルド・ダレルは、一九四七年から一九四八年の六か月間、友人の鳥類学者ジョン・イーランドとともに英領カメルーンに滞在しました。目的のひとつはアフリカそのもの、そしてもうひとつが密林にいる動物を捕獲することです。
 というのも、若い彼らはアフリカに長期滞在する資金が足りず、イギリス各地の動物園から援助を受けるのと引き換えに動物を連れて帰る約束をしたからです。
 そして、その顛末をまとめたのが、ダレルの処女作である『積みすぎた箱舟』(写真)です。

 この本が最初に日本語に訳されたのは『虫とけものと家族たち』が評判になった後の一九六〇年(暮しの手帖社)でした。
 以後、出版社を変えたり、子ども向けに新訳されたりしましたが、現在はいずれも品切れのようです。

 戦後間もない頃の話で、なおかつ当時のダレルは二十二歳と若いため、かなり危険な行動をとっています。が、だからこそ冒険ノンフィクションとしても抜群に面白い。
 そのため、動物好きは勿論、アンワンティボやポタモガーレを知らない人でも間違いなく楽しめます。また、福音館からも出版されていることから分かるように、小中学生にもお勧めできるので、復刊されるとよいですね。

 さて、「初めに」でダレルが語っているとおり、動物の採集といっても珍しい動物を求めて密林を彷徨うのは全体の一割程度です。
 残りは何をしているかというと、捕まえた動物の飼育です。動物の種類に合わせた檻を作り、逃げ出さないように夜間も見張りをつけ、死んでしまわないように気を配るといった作業です。しかも、動物が増えるに従って、そうした負担は膨大になってゆきます。

 特に神経質になるのが餌の問題です。生きた蟹しか食べないポタモガーレの場合、その蟹を確保するのさえ大変です。
 また、人の与えた餌を食べない動物もいます。当然、それらは弱ってゆき、やがては死んでしまいます。そうならないよう少しずつ人工の餌に慣らしてゆくのが本当に大変なのです(子どもの場合、野生に戻しても自力で餌を取れないため、非常に困った事態になる)。
 仮令それが上手くいったとしても突然死んでしまうこともありますし、そもそも当時はカメルーンからイギリスまで船で二週間もかかったため、生きたまま連れて帰るのは至難の業でした。
 そうした困難なミッションを二十二歳の青年が成し遂げたことに心から感服させられます。

 さらにダレルの凄いのは、どんなときもユーモアを忘れない点です。
 ヤマアラシの巣に潜り込んで棘で刺されたときも、逃げ出したワニにガウンを被せて捕まえたときも、深夜サスライアリの大群に襲われたときも、マムシが檻から逃げ出したときも、マラリアに感染したときも、命の危険が迫っているにもかかわらず、どこか呑気なのです。
 これはダレルの楽天的な性格のせいでもありますし、ユーモア作家顔負けの筆致のおかげでもあります。

 カメルーンの人々も実に魅力的です。
 素朴で、ちょっとずるくて、ちょっと間が抜けている愛すべき人々に、ダレルは悩まされたり、勇気づけられたりします〔ついでに魔法(呪い)もかけられる〕。
 いくら説明しても、彼らはカメレオンに毒があると信じていて、それはドリル(マンドリル)がカメレオンをみつけたときの反応と全く同じだったりします。原住民がヒヒ並みといいたいわけではなく、憎めない存在であることを表す微笑ましいエピソードです。

「積みすぎた箱舟」とは、ノアがカメルーンの動物だけを箱舟に乗せたとしても積みすぎになってしまう、つまりそれだけ多様な動物が棲息しているという意味です。
 ダレルにとっては正に楽園で、彼はその後、何度もカメルーンを訪れ、動物を捕獲しています。それらは『西アフリカの狩人』『私の動物園』としてまとめられています。

『積みすぎた箱舟 −カメルーン動物記』浦松佐美太郎訳、講談社学術文庫、一九九二

→『虫とけものと家族たち』『鳥とけものと親類たち』『風とけものと友人たちジェラルド・ダレル

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