読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『虫とけものと家族たち』『鳥とけものと親類たち』『風とけものと友人たち』ジェラルド・ダレル

My Family and Other Animals(1956)/Birds, Beasts, and Relatives(1969)/The Garden of the Gods(1978)Gerald Malcolm Durrell

 ジェラルド・ダレルは、『アレクサンドリア四重奏』で有名なロレンス・ダレルの弟……と一般的にいわれますが、僕にとっては兄より先に出会い、大きな衝撃を受けたので、飽くまで「ロレンスは、ジェラルドの兄」という認識が強いです。

 ナチュラリストのジェラルドは、動物に関するノンフィクション、エッセイ、小説などを沢山書いています。そちらも面白いけれど、人気が高いのは何といっても「Corfu trilogy(コルフ島三部作)」でしょう(※1)。
 これは、ジェリー少年(ジェラルド)が一九三五〜三九年までの五年間、ギリシャのコルフ島(キルケラ島)で家族とともに過ごした日々の回想録です(※2)。

 イギリスでは、一九五六年に第一作の『虫とけものと家族たち』が刊行され、大いに売れたことでシリーズ二作目、三作目が書かれました(それにしちゃ時間がかかったけど)。
 日本では、一九七四年に『虫とけものと家族たち』が単行本として翻訳出版されましたが、僕が嵌ったのはそれが文庫化された一九八三年、忘れもしない高校一年生のときでした。

「自分のお気に入りの本を、好きな異性に貸した」という経験をお持ちの方もいらっしゃると思います。
 僕の場合は「面白い本を紹介したい」というより、「この本を面白がらないような奴とはつき合いたくない」という気持ちの方が強かった。要するに価値観を共有したいってことなのですが、高校生の僕にとっては、正にこの本が試金石だったのです。
 しかし、当時、同世代の女子の間では赤川次郎が猛威を振るっており、そこに切り込んでゆくのはなかなか難しく、反応は今ひとつでした(逆に無理矢理『探偵物語』を読まされたりした……)。

 読まれないだけならまだしも、貸した本が返ってこないまま別れてしまうなんてこともありました。
 その後、仕方なく何度か買い直しましたが、特に三作目の『風とけものと友人たち』は古書相場が高騰している(※3)ので、再会するようなことがあったら本気で返してもらいたい(尤も、後に古書で買い直した本は帯付の美本で、おまけに訳者謹呈栞までついていたから、却ってラッキーだったかも)。

 さて、このシリーズの概要は以下のとおり。
 ダレル家は父を早くに亡くしたため、母(ルイーズ。園芸と料理と探偵小説が好き)、ラリー(ロレンス。二十三歳)、レズリー(銃・狩猟マニア、十九歳)、マーゴ(マーガレット。美容と恋愛に夢中、十八歳)とジェリー(虫や動物が好き、十歳)の五人構成です。
 ある日、陰鬱なイギリスの気候に嫌気が差した彼らは、太陽の国ギリシャのコルフ島への移住を決意します。そこで出会った陽気で呑気な人々や様々な事件、そして豊かな自然が少年の目で捉えられます。

 落ち込んだとき、どこでもいいから数頁読むだけで、ほっこりと幸せな気持ちになれる魔法のような本ですが、魔力の源は一体どこにあるのか考えるまでもありません。少年に必要なものが全て揃っていて、逆に必要じゃないもの(学校とか煩わしい人間関係とか)は姿をみせないってことに尽きるでしょう。
 要するに、夏休みに田舎で過ごす幸福な時間を思い返していただければよいのですが、ジェリーの場合、それが五年もの長きに亘ったわけで、当然楽しさも桁違いに大きい(残念ながら僕は、祖父母が新宿と横浜に住んでいたので、そういう経験をほとんどしたことがない……)。

 まず、大切なのは、数多くの昆虫や動物や魚と友だちになれたことです。
 最近は虫が嫌いな男の子もいるみたいですけど(あのジャポニカ学習帳の表紙からも一時期、虫の写真が消えた)、子どもの頃は虫取りが仕事みたいなものです。僕も様々な種類の虫や小型爬虫類・両生類を捕まえ、一部は飼っていました(親や妹には気持ち悪がられたり、押入れのなかでカマキリが孵化してしまって叱られたりしたが)。
 普通の男の子でさえこうなのですから、ジェリー少年ともなると、家庭教師のこない日は食事以外の時間をすべて生きものの観察に当ててしまいます。その行動力、観察眼、情熱は見事で、『昆虫記』のジャン・アンリ・ファーブルにも引けを取りません。

 マッチ箱にサソリを入れておいて家中をパニックに陥れたり、死んだ海亀をベランダで解体してもの凄い悪臭をまき散らしたり、様々な昆虫、動物を飼ったせいで餌代がとんでもない額になったりもしますが、家族は悪態こそつくものの、結局はジェリーの好きにさせてくれます。それどころか、ラリーは『昆虫記』を注文してくれるし、レズリーは小舟を作ってくれたり、餌のスズメを撃ち落としてくれたりするのです。
 こういう優しさと大らかさが、ジェリーの将来を形作ったのでしょうね。

 また、様々な人々との触れ合いも、少年の心を豊かにしました。
 学校に通っていないので同世代の友だちこそいないけれど、現地の人、家庭教師、ラリーの友人、伯爵夫人、船長、ジプシー、フランスの伯爵、空中浮遊に取り憑かれたインド人など風変わりな人物が沢山登場します。
 地元の人たちは素朴で朗らかな人が多く、イギリス人は全員貴族だと思ってたりするから、敬意を込めてジェリーに接します。唖のおじさんは珍しい昆虫や動物を売ってくれ、漁師は船に乗せてくれ、冒険の途中でお腹が空いたら、近くの農家にゆけばパンや果物で接待してもらえるのです。その上、何と、妻を殺して監獄に入っている男(何と、週末だけ外出許可が下りる!)とも友だちになってカモメをもらったりするのです。
 大人になると、そうした人間関係が煩わしくなり、都会に憧れたりもするでしょう。しかし、子どもの頃は、できるだけ多くの大人の目に見守られ、おせっかいなくらい干渉された方が幸せなんじゃないかと思えます。

 なかでも、ジェリーにとって最も影響力が大きかったのは、生物学者のセオドア・ステファニデスです。
 医師の資格も持ち、詩人、作家、翻訳家、天文学者、歴史家の肩書きも持つ彼は、博覧強記であるにもかかわらず実に謙虚で、ダレル家の皆に尊敬され、慕われていました。
 特にジェリー少年はセオドアを神のように崇めていました(三十三年後も、その気持ちは変わらないそう)。毎週木曜日、彼と会って様々な話を聞いたり、一緒に自然観察するのが最高の喜びだったのです。

 そして、何より大きいのが家族の存在です。
 個性的で、キャラが立っている兄姉たちも素晴しいのですが、やはり一家の大黒柱である母の魅力は際立っています。どこの家でも、母親の人間性が家族の雰囲気を決定づけるといっても過言ではなく、口うるさく陰気な母親では家庭も暗くなり兼ねません。加えて、ダレル家の場合は、父親が不在なのも幸いしたようで、気ままでいながら責任感もきちんと養われたような気がします(いや、そもそもすべての家庭には父親なんかいらないのかも……)。
 そんな子どもたち故、様々なトラブルを持ち込んできますが、母は頭ごなしに叱ったり、無理矢理押さえつけたりせず、広い心で包み込んでくれるのです。
 一方で、子どもたちに本当の危機が訪れると、百三十一センチの小さな体で、敵に敢然と立ち向かいます(マーゴの霊媒師騒動のときなど)。それは正に、我が身を呈して肉食動物から子を守る草食動物のようです。

 ふだんは脇に回っている彼女が主役になる機会があり、それがクリーチ船長との恋物語です。
 といっても、相手に一方的に惚れられただけで、母の方は、粗野で飲んだくれの爺さんを毛嫌いしていました。残念ながらロマンスには発展しませんでしたが、船長の下ネタを冷たくあしらうというお決まりのやり取りは何度読んでも笑えます。

 さて、そんな幸福な日々にも終わりが訪れます。ギリシャを後にした理由はジェリーの教育のためでしたが、その後、間もなくして第二次世界大戦が始まり、ヨーロッパ中が戦火に見舞われます。
 悲惨な戦争文学にも勿論、価値があります。しかし、それ以上に大切なのは、底が抜けるくらいの平和を描いたこうした本なのかも知れないとつくづく思うのです。

※1:コルフ島サーガは、三部作以外にもいくつかある。
『風とけものと友人たち』の「訳者のあとがき」で、池澤は「実はコルフが出てくる著書が彼にはもう一冊だけある。ほかの土地を舞台にした話も入っている小さな本だが、いずれ機会を見つけてそれも訳したいと思う。その奇妙な本のタイトルはおそらく『ひらめのひらき』という奇妙なものになるはずだ」と書いている。実現しなかったが、この本とは『Fillets of Plaice』(一九七一)のことと思われる。この本に収められているコルフ島の話は「The Birth of a Title」「The Birthday Party」の二編。
 また、ほかにも英語の教科書に載っている「My Donkey Sally」などがある。

※2:ロレンスがコルフ島について書いた本は『予兆の島』(一九四五)である。なお、コルフ島へはロレンスの最初の妻であるナンシー・イソベル・マイヤーズ(『予兆の島』ではNとなっている)も一緒にいっているのだが、ジェラルドの本には一切登場しない(すぐに離婚してしまったからか?)。

※3:『風とけものと友人たち』だけが文庫化されなかった。文庫で揃えている場合、一冊だけ判型の違う単行本は買いたくないのが普通だから、これのみ手に入れなかった人も多かったのではないか。古書価格が高価なのは、そのせいと思われる。
 実は、集英社ギュンター・グラスでも似たようなことをしている。ダンツィヒ三部作の『ブリキの太鼓』と『猫と鼠』は文庫になったが、『犬の年』だけならなかった。
 なお、『虫とけものと家族たち』は、二〇一四年に中公文庫より復刊されたものの、後の二作は今のところ刊行されていない。


『虫とけものと家族たち』池澤夏樹訳、集英社文庫、一九八三
『鳥とけものと親類たち』池澤夏樹訳、集英社文庫、一九八五
『風とけものと友人たち』池沢夏樹訳、集英社、一九八四