読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ワイズ・チルドレン』アンジェラ・カーター

Wise Children(1991)Angela Carter

 アンジェラ・カーターは、一九六〇年代末から七〇年代初め、少しだけ日本で暮らしたことがあるそうです。それが理由ではないでしょうが、カーターの作品はかなりの数、邦訳されています。
 ただし、サンリオSF文庫で刊行が予告されていた『ホフマン博士の欲望時限装置』(The Infernal Desire Machines of Doctor Hoffman)は結局、どこからも発行されませんでした。読めないとなると無性に読みたくなるのが翻訳小説好きの性……。どこかで出版してもらえないでしょうかね。追記:二〇一八年十二月、図書新聞より『ホフマン博士の地獄の欲望装置』として刊行されました。

『ワイズ・チルドレン』(写真)の主人公である双子の女性ドーラとノーラが七十五歳をすぎても矍鑠としているので何だか嘘みたいですけど、カーターは、この作品が出版された翌年、五十一歳で亡くなりました。
 若すぎる死が残念でなりませんが、せめてもの救いは『ワイズ・チルドレン』が遺作に相応しい完成度の高さを誇っていることでしょうか(『シンデレラあるいは母親の霊魂』は「遺作」と謳われているが、これは彼女の死後に短編を寄せ集めた本である)。

 ドーラとレオノーラは双子の姉妹で、元ショウガール。ショウビジネス界に身をおく家系に生まれた彼女たちが、過去を振り返ります。
 祖父母の時代、両親の時代、そして自分たちの生い立ち。決して楽しいできごとばかりではありませんでしたが、ドーラは持ち前の明るさを発揮し、ユーモアを交えて語ってゆきます。

 この作品は、数世代に亘る父と子(双子)の絆をテーマにしており、タイトルの「ワイズ・チルドレン(賢い子どもたち)」とは「It is a wise child that knows his own father」という諺から取られています(エピグラフや本文で引用されている)。直訳すると「父親のことを知っている子どもは賢い」となりますが、「父親のことを子どもは知らない」が正しい解釈です。また、「本当の親子かどうかなんて誰にも分からない」という意味にもとれるそうです。
 老姉妹は、実際の父親と、戸籍上の父親が異なっているため、後者のニュアンスの方が強いかも知れません。
 ちなみに、ウィリアム・シェイクスピアの『ヴェニスの商人』から「It is a wise father that knows his own child(子どものことを父親は知らない)」という科白も引かれています。主人公の祖父や父親がシェイクスピア役者ということもあって、本編はシェイクスピアの作品からの引用だらけです。

 さて、マジックリアリズムは、何も南米の作家の専売特許ではなく、カーターが得意とする手法でもあります。
 呪われているかのように双子ばかりが生まれる一族、嫡子・庶子入り乱れる神のみぞ知るの家系図、華やかなショウビズ界とその裏に潜む血なまぐさい因縁などなど、リアリズムの文脈において独特の効果を齎します。
 甚だ大雑把な表現ですが、女たちを中心とした氏族の歴史という意味では、イギリス版『精霊たちの家』といえなくもありません。異なるのは、ハードなできごとが続くにもかかわらず、総じて陽気で、軽くって、お洒落な点でしょうか。
 それはドーラとノーラの楽天的な性格に依るところも大きいのですが、ショウビズという華やかな世界の持つ魔法のひとつでもあると思います。『夜ごとのサーカス』も魅惑的な世界でしたけれど、「粋」「洒脱」という点では、こちらの方が上です。

 しかし、華麗さの裏にある影は、より濃く表現されます。
 親に捨てられ、幼い頃からショウガールとして働いてきたドーラの昔語りは、可笑しいけど哀しくて、ついホロリとしてしまいます。
 それでも、彼女たちは双子であることで随分と救われているような気がします。
 生理の周期も同じですし、妹の恋人を借りて初体験したのも双子ならではでしょう。お互いに恋は多かったけれど、結婚とも子どもとも縁がなく(婚約や堕胎は経験済み)、七十五年ずっと一緒にいたふたりに、新しい命が委ねられるラストは実に感動的です(何と、本作に登場する五組目の双子。男女の双子は一族初)。

 一方、人前で仮面をつけるのを生業としている人たちの物語ですから、その生き方も、どこか嘘臭く、真剣味に欠ける印象があります。いわば、実生活がスラップスティックそのものという感じなのです。
 尤も、人生なんてのは、そもそも虚飾に満ちています。
 仮令、「老醜を晒している」と批判されようが、誰にも認識されない透明人間になろうが、着飾って、歌って踊って、「人生はカーニバル!」と嘯いていられたら、最高に格好いいんじゃないでしょうか。

 なお、癌に冒され、死期が近づいていることをカーターが知ったのは、この小説を書き上げた後だそうです。
 彼女なりの人生讃歌のつもりが、最後のメッセージになってしまいましたが、カーターに代わって、ドーラとノーラはまだまだ長生きしてくれることでしょう。いや、あのふたりなら、殺しても死なないかも知れませんが……。

『ワイズ・チルドレン』太田良子訳、ハヤカワepi文庫、二〇〇一

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