読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『マラルメ先生のマザー・グース』ステファヌ・マラルメ

Recueil de "Nursery rhymes"(1964)Stéphane Mallarmé

 はっきりいって、僕には古今東西老若男女巧拙にかかわらずほとんどの詩が、まるで理解できません。形式や成り立ちには多少興味がありますが、読者としては未熟もいいところです。勿論、好きな女性に自作のポエムを無理矢理贈りつけたなんていう暗黒の過去もありません。
 譬えていうと、ルールは知っているけど、実戦経験ゼロのチェスプレイヤーみたいなものでしょうか。
 ですから、散文との差が余りない作家、例えばリチャード・ブローティガンですら、小説はすべて持っているものの、詩集は文庫になった『チャイナタウンからの葉書』にしか手を出していません。

 そんな人間が、難解という形容詞で飾られることの多いステファヌ・マラルメと、まともに戦えるはずないのは安物のカツラより明白です。岩波文庫の『マラルメ詩集』を購入してみたものの、全く歯が立たず早々に挫折したのはいつのことだったでしょうか。『賽の一振りは断じて偶然を廃することはないだろう』も読んでみたいんですが、値段が高いこともあって、なかなか勇気が湧いてこない次第です……。

 ところが、僕にだって十分楽しめる本があります。それが『マラルメ先生のマザー・グース』(写真)です。
 原題を直訳すると「ナーサリーライム(英国の童謡、マザーグース)集」となります。これは、英語教師だったマラルメがリセ(高等中学校)の生徒に英語を教える際のテクストとして使用したものだそうです。
 マラルメは十九世紀末に亡くなっていますから、死後六十五年以上経ってから発見され、出版されたことになります(ただし、日本版は全訳ではなく、およそ半分程度しか訳されていない。完全版を強く望む……)。

 子ども向けですから、当然、そんなに難しくありません。っていうか、リセの生徒向けにしては語り口が優しすぎるような気がします。あのマラルメが、まるで幼稚園児に話しかけているみたいなのが意外で可愛くて、病みつきになります。
 けれど、内容はそれなりにヘンテコです。ナンセンスな詩に、ナンセンスな解説がついているわけですから、真面目な生徒は相当戸惑ったんじゃないでしょうか。ナンセンス詩は、小さな子どもたちなら素直に受け入れてくれますが、ティーンエイジャーになると却って混乱してしまうかも知れません。
 ま、僕のように幼稚な大人にはちょうどいいんですけどね。

「童謡」の「解説」の「感想」を書いたって仕方ないので、以下いくつか引用をしてみます。
 面白いと思った方は、古書店か図書館で探してみてください。装幀も綺麗だし、柳生弦一郎のイラストも洒落ているので、状態のよいものならプレゼントにしても喜ばれるかも知れません(少なくとも自作のポエムを贈るよりマシかも……)。


小さな男の子
納屋へ入って枯草に寝たら
ふくろうが出て来て飛びまわり
小さな男の子
走って走って出ていった

かわいそうな男の子。すっかりくたびれて、枯草の上に寝ころがって眠ったのはいいが、二、三分も眠らないうちに、バッサ、バッサ、大きなつばさの音がして、でっかい二つの目玉がギョロギョロ自分を見ているのが見えたので、こわくなって男の子は納屋から逃げ出し、今は夜の夜中をさまよい歩いています、それがふくろうであるとは知らないもんで。


さわいで
はしゃいでやってくる
みんな陽気な男の子
上等の絹で作った
ストッキングはいて
燕尾服のシッポ
地面にひきずり

笑ったり歌ったりして、はしゃいでやってくる、この小さな男の子たちは何者だ? 急に彼らは立ち止まり、右脚をさし出して言う。「この青い靴下は上等の絹ですよ、なぜって今日はお祭りで、ぼくら、ごほうびをもらいに来たんですから。」-「みなさん、それは諸君の間違いですぞ。」私はためしに冗談いってみる。するとたちまち泣きながら回れ右して、彼らが、地面をひきずるような長い燕尾服を着ているのが見える。


マラルメ先生のマザー・グース長谷川四郎訳、晶文社、一九七七

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