Les Contes du chat perché(1934-1946)Marcel Aymé
マルセル・エイメの『Les Contes du chat perché』には数多くの邦訳があり、邦題も様々です(『おにごっこ物語』『牧場物語』『ゆかいな農場』『猫が耳のうしろをなでるとき』など)。
「chat perché」は「鬼ごっこ」という意味なので、『おにごっこ物語』が最も原題に忠実ということになります(※1)。
本書は、牧場で両親と暮らすデルフィーヌとマリネットの姉妹と動物たちとの触れ合いをユーモラスに描いた連作短編集。
動物といっても自然科学寄りではなく、擬人化されたイソップ物語のような寓話です。
『おにごっこ物語』は、児童向けでありながら展開もオチも全く読めませんし、適度に毒も盛り込まれているため、大人の読者でも十分楽しめます。とはいえ、このように質の高い児童文学は、やはり小学生に読んでもらいたいですね。
邦訳は、一九五六年に刊行された『おにごっこ物語』(写真)が嚆矢です。しかし、この本には全十七編中九編しか収録されなかったため、一九八一年に同じ岩波少年文庫から、残りの八編を収めた『もう一つのおにごっこ物語』が発行されました。
その後、『おにごっこ物語』は、パトリス・アリスプの描き下ろしイラストを使った新装版が刊行され、二冊を綺麗に並べることができるようになりました(※2)。
岸田今日子訳の『猫が耳のうしろをなでるとき』も、『おにごっこ物語』に収録されなかった五編を訳したものなのですが、この二冊の組み合わせでは三編足りないので、大人しく岩波少年文庫の二冊を揃えるのがよいと思います。
ただし、これで完璧とはいかず、エイメの死後、未亡人が「Le Mammouth」と「Le Commis du père Noël」という短編を蔵出ししてきました。
残念ながら、これらには日本語訳がありません。
なお、日本ブリタニカの『牧場物語』(コント・ルージュとコント・ブルー)の二冊は、一九六三年に刊行された絵本『Contes rouges du chat perché』と『Contes bleus du chat perché』の日本版のようです。
原書は十五編収録されていますが、日本版がそれに沿っているのかは未読故、分かりません。
というわけで今回は、十七編を発表年順に並び替え、すべての感想を書きます。緑字が『おにごっこ物語』に、ピンク字が『もう一つのおにごっこ物語』に収録されています。
「オオカミ」Le Loup(1934)
かつて子羊や赤ずきんを食べたことがあるオオカミは、心を入れ替えて姉妹と色々な遊びをします。ところが、オオカミごっこを始めた途端……。
「折角よいオオカミになろうとしたのに」と愚痴をいいたくなる気持ちも分かります。天使のように無邪気な少女は、つき合い方次第で悪魔に変わるのです。
「ウシ」Les Bœufs(1934)
優等賞をもらった姉妹は、勉強することの素晴らしさをウシに伝えます。すると、ウシは学ぶことに夢中になって、仕事にも身が入らず、痩せ細ってしまいます。
一頭のウシは、賢くなったって何の役にも立たないとたしなめますが、そんなことはありません。たとえ肉牛として売られてしまうとしても、知識欲を止めることはできないのです。
「イヌ」Le Chien(1934)
姉妹は目のみえないイヌと出会いました。イヌは盲人の主人の代わりに視力を失ったのです。やがて、イヌの代わりにネコが、ネコの代わりにネズミが視力を失い……。
怠け者の主人は、盲目のときは施しを受けられましたが、健常になると働かなくてはならず、再び視力をなくすことにします。そして、イヌは主人に乱暴に扱われていたにもかかわらず、盲目の彼を救うために走り出すのです。それぞれの立場に合った生活が一番幸せなんですね。
「小さな黒いオンドリ」Le Petit coq noir(1934)
キツネにそそのかされたオンドリは、仲間を率い自由を求め森に移り住みます。ところが、それはキツネの罠でした。
キツネに食べられるか、人間に食べられるかの二択しかなかったニワトリたちが、束の間とはいえ自由を手にしたのは幸せだったのかも知れません。それにしても、言葉の通じるニワトリやウシを食べるのはきついな……。
「ゾウ」L'Éléphant(1935)
両親が外出した雨の日、姉妹は家を船に見立てて、ノアの方舟ごっこをしました。様々な動物が雄雌一種類ずつ船に乗り込みますが、あるメンドリは既に別のメンドリがいたため、ゾウになって遊びに参加します。
小さいメンドリはゾウのふりをするのではなく、本当にゾウに変身してしまいます。しかも、ゾウの方が楽しいので、遊び終わっても元の姿に戻ろうとしません。牧場でゾウが飼われてたって面白そうですけどねえ。
「いじわるなガチョウ」Le Mauvais jars(1935)
ガチョウにボールを奪われた姉妹。助けてくれたのは、いつも「間抜け」と馬鹿にされているロバでした。
人(ロバ)をみかけで判断してはいけません。優しくておっとりしているロバは知恵者でもあるのです。
「トンビとブタ」La Buse et le cochon(1936)
明日、屠殺されることを知ったブタ。ロバやネコといった仲間たちはトンビの羽をブタにつけて逃してあげます。
姉のデルフィーヌは「ブタのことは可哀想だけど、逃げてしまえば自分たちが困る」と複雑な感情を吐露しますが、妹のマリネットは、そんな姉に腹を立てます。子どもたちが、家畜の命について考えるきっかけになると思います。
「ロバとウマ」L'Âne et le cheval(1937)
望みどおりデルフィーヌはロバに、マリネットはウマに変身してしまいます。それを両親は信じてくれず、数か月に亘ってこき使われます。
姉妹が何より悲しんだのは、ふたりで一緒にいる時間が減ってしまったことでした。元に戻った後は、ふたりとも一所懸命勉強をするようになりました。
「アヒルとヒョウ」Le Canard et la panthère(1937)
世界一周旅行から帰ったアヒルは、インドからヒョウを連れてきました。ヒョウは、家畜を売ったり食べたりする両親を責め、自分も肉食をしないと誓うのですが……。
肉食獣が加わったことで捕食と被食の関係はさらに複雑になります。どれだけ仲よしでも、明日には食料になるかも知れないと割り切る必要があります。
「クジャク」Le Paon(1938)
美しいクジャクに憧れたブタは、食事を取らず痩せてしまいます。それでも、いつか綺麗な羽根が生えてくると信じています。
美に執着しすぎると、心が壊れてしまいます。特に牧場では、可愛い靴や服なんて不必要。といいつつ、マリネットの方はお洒落に未練がありそうです。
「シカとイヌ」Le Cerf et le chien(1938)
猟犬から逃げてきたシカ。姉妹たちは花を撒き散らし、イヌの鼻をごまかして助けてあげます。シカはその後、牧場で雇ってもらうことになります。しかし、森の暮らしが恋しくなって……。
人に飼われるのを潔しとせず野生に還ったシカを待っていたのは残酷な運命でした。優しいイヌも涙を飲んでシカを追い詰めます。自然とは、それぞれの役割どおりに生きることなのでしょうか。
「ハクチョウたち」Les Cygnes(1939)
親のいない小さな動物のための「みなしごの会」。そこでみなしごたちは、自分を引き取ってくれる動物とマッチングされます。子イヌをそこに届けた姉妹は、自分たちもみなしごだと勘違いされ、ハクチョウに引き取られることになってしまいます。
姉妹の危機を救ってくれたのは、おじいさんのハクチョウでした。両親に怒られずに済むよう命を賭して歌を歌ってくれたのです(死に際の白鳥の歌は何より美しいとされている)。姉妹がそれを聞くことができなかったのが何とも残念です。
「ヒツジ」Le Mouton(1940)
欲深い両親が、兵士のウマと交換でヒツジを差し出してしまいます。何とか取り戻そうと姉妹たちは跡を追いますが……。
ヒツジを返してもらいたいからといって、ほかの動物をあげるわけにはいきません。そこで考えたのは、何と!(ネタバレになるので書かない) 兵士はヒツジの毛を売った金で酔っ払っていたので上手くいきましたが、なかなか大胆な作戦です。
「絵の具箱」Boîtes de peinture(1941)
絵の具箱をもらった姉妹は、動物たちの絵を描きます。ところが、下手糞なので、ロバの脚が二本だったり、ウマがオンドリより小さくなったりします。すると、姉妹の描いた絵のとおりに、動物たちの姿が変化してしまいます。
自分の姿をみたことがない動物たちが少女の絵に影響されてしまうのが素朴で可愛い。元の姿に戻る方法は意外なものでした。
「メウシたち」Les Vaches(1942)
草を食べさせに大牧場に連れていったウシたちが行方不明になってしまいます。その謎を解いたのは、名探偵アヒルでした。
ウシがいなくなったことを必死に隠そうとする動物たちが可愛らしい。それにしても、アヒルの推理は見事で、「ミステリーっぽい短編小説」に加えたくなります。
「ネコの足」La Patte du chat(1944)
大切な皿を割ってしまった姉妹は、罰として意地悪なおばさんのところへお使いにやられることになりました。ただし、雨が降ればいかなくて済むため、耳の後ろをなでると翌日は雨になるというネコにお願いをします。怒った両親は、ネコを袋に入れて川に捨ててしまいます。
動物たちが知恵を出し合ってネコを救います。身勝手なのは両親で、自分たちで捨てておいて涙を流したり、日照りが続くとネコに頼ろうとしたり……。これだから、大人は信用できません。
「問題」Le Problème(1946)
共有林に木が何本生えているかという宿題が解けない姉妹は、動物たちに相談をしました。すると、メンドリが「木の本数を数えればよい」と提案します。
先生は、実際の木の数と算数は違うと叱りますが、視学官は姉妹の答えでよいと賞をくれます。うーん。どっちがよいのでしょうか。教育者の意見を聞いてみたくなります。
※1:作者名は、エイメ、エーメ、エメなど各社で異なる。
※2:僕が持っているのは函入りの旧版(写真)。表紙の色に合わせ天側が青く染められており、非常に美しい(表紙が赤い本は、天も赤く染められている)。一九六二年の5刷で、定価二百二十円とある。当時「少年マガジン」が四十円なので、かなり高価だったのでは。
『おにごっこ物語』鈴木力衛訳、岩波少年文庫、一九五六
『もう一つのおにごっこ物語』金川光夫訳、岩波少年文庫、一九八一
→『マルタン君物語』マルセル・エイメ
→『名前のない通り』マルセル・エイメ
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