読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『イヴの物語』ペネロピ・ファーマー

Eve: Her Story(1988)Penelope Farmer

 トパーズプレスの「シリーズ百年の物語」は六冊しか刊行されませんでした。
 ラインナップをみると、ミステリー、スリラー、SF、ファンタジーなので、ハヤカワ文庫や創元文庫に近い線を狙ったのかも知れません。実際、『狩人の夜』は創元推理文庫で復刊されています。

 ペネロピ・ファーマーの『イヴの物語』(写真)は、旧約聖書『創世記』のアダムとイヴ(エヴァ)に焦点を当てた小説で、一見ファンタジーのようですが、実は女性の自立をテーマにしたフェミニズム小説です。そのため、ハヤカワ文庫FTあたりで復刊されることはなさそうです。

 訳者は、同じペネロピというファーストネームを持つペネロピ・ライヴリーと比較をしています。『イヴの物語』が『ムーンタイガー』より優れているとは思えませんが、自らの力で生き抜く女性の姿をヒリヒリする筆致で描いたという共通点はあるかも知れません。

 アダムの肋骨から生まれたイヴは、エデンにおいてアダムとともに生活を始めます。そこには様々な動物や、アダムの最初の妻リリスなどがいます。
 イヴは、アダムがリリスと浮気しているのではないかと疑い、サマエルに陵辱され身籠り、蛇の語るお話を聞き、やがてエデンを後にする決意を固めます。

 創世記には、キリスト教徒以外の日本人には余り知られていない説があります。
 例えば、禁断の果実(知恵の果実)はリンゴだと思っている人が多いのですが、それは俗説で、何の果実だったかは特定されていません。ちなみに『イヴの物語』ではイチジクを採用しています。
 ま、それは大した問題ではなく、重要なのは以下の点です。

 まずはリリスの存在です。イヴはアダムの肋骨から作られましたが、その前に「神は男女を創造した」とあるので、アダムにはイヴ以前に妻がいた、すなわちそれがリリスだというわけです。
 また、カインはアダムとイヴの息子であり、弟のアベルを殺害しました。しかし、カインはアダムの本当の子どもではなく、イヴと堕天使サマエルの子どもだったという伝説があり、それも取り入れています。
 さらに、蛇は元々人間のような姿をしており、エデンを追放される際、手足をもがれ、今のような姿になったとされます。

 イヴにとってリリスは夫の前妻(今もつき合いがある)で、サマエルは強姦犯です。彼らの間には嫉妬、猜疑心、愛憎、性欲が渦巻き、創世記というよりも安っぽいソープオペラのようなものが展開されます。
 勿論、これは人類の誕生の時点から女性の生き方が変わらないことの是非を読者に問うているわけです。女性はいつの時代も、男性中心にした社会や価値観に縛られ、それに気づくとさらに生きづらくなることに作者は憤りを感じています。
 マーク・トウェインは『アダムの日記』で、女性や赤子に戸惑う男(アダム)を描いて現代の結婚生活を諷刺しましたが、『イヴの物語』はその女性版ともいえます。彼女の精神的成長に伴って「子供」「少女」「女」の三部に分けられているのが、その証です。

『創世記』とは異なり、ここでのイヴは、蛇に誘惑されたのではなく、自ら進んで知恵の果実を口にします。それによってエデンを追放されるのですが、それは彼女にとっては自立を意味します。
 蛇から様々なことを学んだイヴが、夫(アダム)や父(エホバ)、やがて生まれてくる息子たち(カインとアベル)から逃れようとするのは必然なのです。

 エデンには生命の果実と知恵の果実があり、自立のために必要なのが、なぜ知恵の果実かというと、イヴが自分自身の物語を紡ぐ上で、知恵は欠かすことのできないものだからです。
 この先、イヴは知恵を武器に、自らの力で過酷な現実を生き抜かねばなりません。

 ところで、この小説には最後まで読み解けなかったものがあって、それが蛇の存在です。
 エデンは高い壁で囲まれていて、どうやら外とは違う時間が流れているらしい。蛇は、なぜか未来のこと(ノアの方舟バベルの塔)を知っていて、イヴを自立に導こうとしています。
 その癖、知恵の果実を選んで欲しくなさそうにして、楽園を追放された後はイヴを憎むようになるのです。
 これは一体、何を象徴しているのでしょうか。うーん。

『イヴの物語』シリーズ百年の物語金原瑞人訳、トパーズプレス、一九九六