読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『深き森は悪魔のにおい』キリル・ボンフィリオリ

Something Nasty in the Woodshed(1976)Kyril Bonfiglioli

 SFブームの真っ只中の一九七八年に生まれ、わずか十年足らずで姿を消したサンリオSF文庫。マニアックなラインナップがディープなSFファンに支持され、廃刊後は高額なコレクターズアイテムとなりました。
 絶版の本を中心とした読書感想文を書いているのに、これまで余り取り上げてこなかった(過去に扱ったのは『マイロン』と『どこまで行けばお茶の時間』のみ)のは、「蒐集家が多く、ネットに数多くの感想やお宝自慢がアップされているため」と「SFに詳しくないため」です。

 サンリオSF文庫が新刊書店に並んでいた頃、僕は中・高・大学生でした。センスのよい装幀には大いに心魅かれましたが、熱心なSFファンではなかったし、ほかの文庫と比較してやや高価だったこともあって、フィリップ・K・ディック以外は非SFを中心にポツポツ買った程度です。
 買い逃した本もありましたけど、ちょっと前まで定価で買えたものに大金を支払う気にはなれなかったので、古書店でみかけても素通りしていました。スペースオペラなどは端から読む気がないし、他社から復刊される本も多かったので、それでも特に困ることはありませんでした(『ねずみ博士』のタイトルで早くから刊行が予告されていたウィリアム・コツウィンクルの『ドクター・ラット』は、二〇一一年になってようやく出版されたが)。

 あれから三十年近く経ち、再読するにはちょうどよい時期になりました。また、ブームも価格も落ち着いたため、ほかの出版社から再刊されていない本を中心に少しずつ購入していますので、これからときどき取り上げてみたいと思います。

 キリル・ボンフィリオリの『深き森は悪魔のにおい』(写真)は、僕にとって、サンリオでなければ手を出さない類の本です。作者のことは何も知らず、どうしてこの本を買ったのかも覚えていません(カバーに描かれたおしりのイラストに魅かれたせいかも)。
 どうやら、これはチャーリー・モルデカイ閣下シリーズの二作目らしいのですが、ほかの長編は訳されていません。また、ボンフィリオリはSF作家ではなく、この作品もSFではないのに、わけの分からない解説を書いているのが野口幸夫で……と説明すればするほど捉えどころのない本。
 なんて書くと、いかにもサンリオらしいキワモノと思われるかも知れませんが、これが意外に掘り出しもので、僕のツボにぴったり嵌ってしまいました。

 乳牛で有名なジャージー島は税制が特殊で、その恩恵に与ろうと移住してくる金持ちが多い。チャーリー、ジョージ、サムという三人の仲間もそうしたタイプで、仕事もせず、昼間っから美味いものを食い、酒を飲み、愉快に暮らしています。
 ところが、ある日、島に連続レイプ事件が起き、チャーリーの友人たちの妻が次々に被害に遭ってしまいます。島の警察も現地の農民も信用できない三人の男たちは独自に犯人探しを始めますが、ついにはチャーリーとその妻まで襲われて……といった話。

 犯人はゴムマスクをかぶり、猛烈な臭気を発し、ガマガエルを女の体に残します。また、「ジャージー島のけもの男」と呼ばれた変質者の影や、魔術、悪魔崇拝をちらつかせたりもします。その上、この邦題ですから、大抵の人が猟奇的なホラーを想像するんじゃないでしょうか。
 けれど、不気味な印象はほとんどなく、雰囲気はサキの「クローヴィス」シリーズとか、P・G・ウッドハウスの「ジーヴス」シリーズとか、ジェローム・K・ジェロームの『ボートの三人男』といった、英国のとぼけた味わいのユーモア小説に近い。

 好みにあうのは正にその点で、ブラックなギャグには、かなりニヤニヤさせられます(犬や猫を飼う奴の気が知れない。飼うなら「老婆」が最適といって、利点を延々説明するところが一番笑えた)。
 また、主人公のチャーリーは皮肉屋で、こういうタイプは現実にいたら鬱陶しいけど、小説のなかでは俄然輝きを増します。おまけに、若くて綺麗な奥さんがいるのにミソジニストである点もポイントが高い。
 正直、僕も似たようなタイプで、年齢も近いため、どっぷり感情移入できました〔「だれか(女性)の手をとりたくなったときにはいつでも、そのかわりに酒をのむにかぎる」とか〕。

 さて、本作は一応はミステリーですから、ラストには謎解きが用意されています。こちらはまともすぎるというか、二時間ドラマの結末のようでもありますが、それなりにしみじみさせられます。

 というわけで、イアン・バンクスの『蜂工場』のようなものを期待する方にはお勧めしませんが、決して荒唐無稽なマイナー小説やトンデモ本ではありません。
 安く手に入るようでしたら、迷わず「買い」の一冊です。

追記:二〇一五年一月、『チャーリー・モルデカイ3 ―ジャージー島の悪魔』のタイトルで角川文庫から新訳が出ました(これは二番目に書かれたが、シリーズの時系列としては三番目となる)。シリーズのほかの三作も刊行されています(ジョニー・デップ主演の映画『チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密』の原作は一作目)。

『深き森は悪魔のにおい』藤真沙訳、サンリオSF文庫、一九八一

サンリオSF文庫、サンリオ文庫
→『マイロンゴア・ヴィダル
→『どこまで行けばお茶の時間アンソニー・バージェス
→『エバは猫の中
→『サンディエゴ・ライトフット・スートム・リーミイ
→『ラーオ博士のサーカス』チャールズ・G・フィニー
→『生ける屍』ピーター・ディキンスン
→『ジュリアとバズーカアンナ・カヴァン
→『猫城記』老舎
→『冬の子供たち』マイクル・コニイ
→『アルクトゥールスへの旅デイヴィッド・リンゼイ
→『旅に出る時ほほえみを』ナターリヤ・ソコローワ
→『』ロザリンド・アッシュ
→『浴槽で発見された手記スタニスワフ・レム
→『2018年キング・コング・ブルース』サム・J・ルンドヴァル
→『熱い太陽、深海魚』ミシェル・ジュリ
→『パステル都市』M・ジョン・ハリスン
→『生存者の回想』ドリス・レッシング
→『マラキア・タペストリ』ブライアン・W・オールディス
→『この狂乱するサーカス』ピエール・プロ
→『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』ウィリアム・コツウィンクル
→『どこからなりとも月にひとつの卵』マーガレット・セントクレア
→『ジョン・コリア奇談集』ジョン・コリア
→『コスミック・レイプシオドア・スタージョン
→『この世の王国』アレホ・カルペンティエル
→『飛行する少年』ディディエ・マルタン
→『ドロシアの虎』キット・リード

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