読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『カウガール・ブルース』トム・ロビンズ

Even Cowgirls Get the Blues(1976)Tom Robbins

 タイミングが悪かったのか、「こいつを日本に紹介してやる!」という情熱に溢れた訳者に恵まれなかったのか、トム・ロビンズの小説は、現在たった二冊しか翻訳されていません(もう一冊は『香水ジルバ』。そういえば、イシュメール・リードも『ループ・ ガルー・キッドの逆襲』と『マンボ・ジャンボ』の二冊のみだ)。正直、時機を逸したといいますか、今後も新刊は期待できそうにない。

 今回、取りあげる『カウガール・ブルース』(写真)は、映画化に合わせて翻訳出版されたもので、カバーにスティル写真が印刷されたお決まりのスタイルです。こうなると、実際は違うのにノベライズという印象を持たれるのか、あるいは流行遅れの感が強くなるのか、あっという間に絶版になってしまいます。
 前に取り上げた『フランス軍中尉の女』や、ボウルズの『シェルタリング・スカイ』なんかもそうなのですが、新しい読者を得られないのはもったいないくらいの傑作なんですけどね(新潮文庫の『シェルタリング・スカイ』なんて、帯ではなく、カバーに「1991年3月ロードショー」と印刷されている。写真)。

 この小説は、凄いとか、面白いとかいう前に、とにかく大好きなんです。
 細部に至るまで好みの塊で、まるで自分のために書かれたかのような錯覚に陥ってしまいます。
 まず、固有名詞(シシー・ハンクショー、ボナンザ・ジェリービーン、ラバーローズ牧場など)からしてしびれる。主要人物の名前や地名は、最も頻繁に目にしますから、これが気に入った時点で、一次試験合格という感じです。
 さらに、ロビンズという人物が登場することからも分かるとおりメタフィクションでもあります。これもポイントが高い。

 本書を一言でいうと「一九六〇年代のヒッピームーヴメントのあらゆる要素が含まれている」ってことになるでしょうか。神秘主義反戦運動、自然保護、フェミニズム、フリーセックス、ドラッグ、サイケデリックなどなど、これでもかというくらい詰め込まれています。
 それはとても楽しいんですけど、反面、こうした小説は、どうしても観念的になりかねない。実際、後半では、ユニークなキャラクターたちは急に影が薄くなり、ストーリーもあってないようなものになってしまいます。
 こうなると、青臭さが鼻についたり、おそろしく退屈だったり、生半可な知識のひけらかしになる危険があります。
 ところが、ロビンスの場合は、いい意味で、軽く、猥雑で、いい加減なところがあって、それが救いになってるんですね。壮大で、間怠っこしいほら話につき合っている感じで、普通なら首を傾げたくなるような箇所も愛おしく感じてしまうから不思議です。

 結局、小説なんてのは質の悪い冗談みたいなものではないか。
 悲劇的なのか、希望があるのか、よく分からない結末の余韻に浸りながら、改めてそう思いました。

『カウガール・ブルース』上岡伸雄訳、集英社、一九九四

→『香水ジルバ』トム・ロビンズ

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