Ubu Roi(1896)Alfred Jarry
はじめに断っておきますが、今回は、本選びの参考にはなりません。
いや、それは今回に限ったことではなく、お気に入りの本しか紹介しない時点で、書評や感想文というより「関田は、どんな本を面白いと思うのか」になってるわけですが……。
ま、余り気にしないことにして、高校生の頃、傾倒した作家と、その頃の自分について書いてみます。
僕の通っていた高校は、当時としては珍しく(?)第二外国語の授業がありました。僕はフランス語を選択していたのですが(好きな女の子の影響などもあってフランス文学を読み漁ったとか何とか、大して面白い話ではないので割愛)、そのなかで、僕の心を最も捕らえたのは、アルフレッド・ジャリでした。
作品だけでなく、生き方も含めたジャリの魅力にいかれ、日本で出版されたものは、小説も戯曲も詩もエッセイも、果ては漫画になったものまで集めました。
彼を形容する言葉を並べてみると、こんな感じになるでしょうか。
「早世の天才」「世紀末の呪われた詩人」「シュルレアリスム、ダダイズム、SFの祖」「奇抜でスキャンダラスな言動」「女嫌い」「反逆者」「アルコールと貧困と病」
何の根拠もないのに、自分を特別だと考えている馬鹿な高校生が憧れるのも理解できる気がしませんか?
さて、毎回、一応、書名をあげるようにしているので、彼の名を一躍有名にした戯曲『ユビュ王』を選んでみました(僕が持っている現代思潮社の『ユビュ王』には、「寝取られユビュ」「鎖につながれたユビュ」「丘の上のユビュ」(『崖の上のポニョ』とは無関係。多分……)の三編が併録されています。ほかに「劇場演劇無用論」や図版も豊富に収録されているので、お勧め。写真)。
「ユビュ王」の筋は、単純で幼稚です。
ユビュ親父という野卑で俗悪な人物が、どこにもない国(ポーランド)の王を殺害し後釜に座ると、極悪非道の限りを尽くし、戦争まで起こす。が、やがて王の息子に国を追われてしまうという、ま、低俗な『マクベス』といった感じ。
それもそのはず、ユビュ親父は、ジャリの高校時代の教師がモデルで、当時からジャリの仲間たちによって、彼を主役にした寸劇が数多く作られており、「ユビュ王」も、そのうちのひとつ……なのか、よく分かりませんが、いずれにしても学生の悪ふざけの延長のようなものだからです。
ジャリの凄いところは、ユビュ親父という出鱈目なキャラクターを、下劣な言葉遊びで装飾し、最高の知性が集まるパリの前衛劇場で上演した点でしょう。まさに、究極の悪ふざけといえます(実際、観客を巻き込んだ大騒ぎになったらしい)。
そうした伝説は、努力もせず、才能もない僕に「何かやれるかも」と錯覚させるのに十分な威力がありました。
運さえよければ、束の間の成功を手にすることができるかも知れない。
その先に待っている野垂れ死にさえ眩しくみえたものです。
が、それに触発されて、何らかの行動を起こしたというなら、格好いい(あるいは無様な)のですが、その頃の僕は、本当に何もしませんでした。
当時、うちは百メートルくらい離れたところに、家がもう一軒ありました。そっちにひとりで住んでいた僕は、親の目が届かないのをいいことに授業も余り受けず、毎日ブラブラしていたんです。
といって、登校拒否とか引きこもりというわけではなく、二時間目からとか午後からとかでしたが、一応高校へは通っていたし、家に帰るのが面倒臭くて横浜駅から数分の距離に住んでいた友人宅へ入り浸ったりしていたのですが、ただ無駄に時間を潰すだけで創造的なことは全くやらなかった。
というか、結局は何もできなかったんでしょうね。
当たり前の話ですが、新しいものを作り出すのに格好だけじゃダメだということです。
例えば、小学生の頃から、漫画家になりたいと思っていましたが、「こういう漫画を描きたい」という強い気持ちではなく、自由業の自堕落な生活に憧れていただけでしたから、努力もせず、当然、何も形にならない。
高校生や大学生になっても基本的には変わらず、ただ、「俺は何もできずに終わりそうだ」ということに少しずつ気づいていっただけでした。
で、その頃のことを後悔している……などということは全くなく、ぼんやりと夢をみられて幸せだったなあ、と懐かしんでしまうあたりがさらにダメダメなんですが……。
そんなわけで、僕にとってジャリは、情けなくも愛しい十代の象徴のようなものです。機会があったら、『超男性』や『フォーストロール博士言行録』も、読み返してみようと思っています。
追記:二〇一三年九月、重版がかかりました。
『ユビュ王』竹内健訳、現代思潮社、一九七〇
→『フォーストロール博士言行録』アルフレッド・ジャリ
戯曲
→『名探偵オルメス』ピエール・アンリ・カミ
→『大理石』ヨシフ・ブロツキー
→『蜜の味』シーラ・ディレーニー
→『タンゴ』スワヴォーミル・ムロージェック
→『授業/犀』ウージェーヌ・イヨネスコ
→『物理学者たち』フリードリヒ・デュレンマット
→『屠殺屋入門』ボリス・ヴィアン
→『ヴィオルヌの犯罪』マルグリット・デュラス
→『審判』バリー・コリンズ
→『あっぱれクライトン』J・M・バリー
→『ピッチサイドの男』トーマス・ブルスィヒ
→『作者を探す六人の登場人物』ルイジ・ピランデルロ
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