読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ボロゴーヴはミムジイ』『御先祖様はアトランティス人』『世界はぼくのもの』ヘンリー・カットナー

Henry Kuttner(a.k.a. Lewis Padgett) ヘンリー・カットナー(※1)は二十近い筆名を用いたことで知られています。そのせいで、知らない作家が登場すると「またカットナーの変名か」と思われたそうです。 筆名のなかには妻であるC・L・ムーアとの合作ペ…

『審判』バリー・コリンズ

Judgement(1974)Barry Collins いきなりですが、物語のさわりを記します。 第二次世界大戦中、ドイツ軍は、南ポーランドにある修道院の地下室に、ロシア軍の捕虜七人を素っ裸で閉じ込め、水も食料も与えず置き去りにします。 二か月後、ふたりの兵士が生き…

『毒物』フランソワーズ・サガン

Toxique(1964)Françoise Sagan フランソワーズ・サガンは、二十一歳のとき、自ら運転していた車で事故を起こし、重傷を負います。何とか一命は取り留めたものの、痛み止めに処方された875(パルフィウム)と呼ばれるモルヒネの代用薬の中毒に悩まされま…

『ぬいぐるみさんとの暮らし方』グレン・ネイプ

The Care and Feeding of Stuffed Animals(1983)Glen Knape 今の若い人は信じられないかも知れませんが、僕の子どもの頃は「男が少女漫画や少女向け小説を読むのは恥ずかしいことだ」という風潮がありました。 そのため、小学生のときから付録つきの少女漫…

『黄金の谷』ジャック・シェーファー

The Pioneers(1954)Jack Schaefer 以前の記事で、『新鋭社ダイヤモンドブックスの「西部小説シリーズ」(※1)は十四巻まで予告されたものの、確認できるのは六冊のみ』と書きましたが、最近になって七冊目を発見しました。 恐らく最後の配本だったであろ…

『世界滑稽名作集』

『世界滑稽名作集』(写真)は、ユーモア作家の東健而が編訳した滑稽小説のアンソロジーです。 五人の作家を選んでいますが、ジーン・ウェブスター、ドナルド・オグデン・ステュアート、P・G・ウッドハウスの収録作に関してはほかにも翻訳があるので、この…

『時の矢』マーティン・エイミス

Time's Arrow: or The Nature of the Offence(1991)Martin Amis マーティン・エイミスは、『ラッキー・ジム』のキングズリー・エイミスの息子です。 最も有名な作品はロンドン三部作の『Money』『London Fields』『The Information』ですが、いずれも翻訳…

『6人の容疑者』ヴィカス・スワラップ

Six Suspects(2008)विकास स्वरुप ヴィカス・スワラップの『6人の容疑者』(写真)は、武田ランダムハウスジャパンから刊行され、二年後に文庫化されました(RHブックス・プラス)。 この出版社は、元々ランダムハウス講談社という社名でしたが、両社の…

『ラサリーリョ・デ・トルメスの新しい遍歴』カミロ・ホセ・セラ

Nuevas andanzas y desventuras de Lazarillo de Tormes(1944)Camilo José Cela 十六世紀半ばのスペインで、作者不詳の小説が突如ベストセラーになりました。それが『ラサリーリョ・デ・トルメスの生涯』(1554)です。 文庫本にして百頁強という短い物語…

『海ふかく』ウィリアム・ホープ・ホジスン

Deep Waters(1967)William Hope Hodgson『海ふかく』(写真)は、アーカムハウスから刊行されたウィリアム・ホープ・ホジスンの短編集です。 ホジスンは第一次世界大戦で戦死したので、死後五十年後の出版ということになります。一時は忘れられた作家にな…

『夜の森』ジューナ・バーンズ

Nightwood(1936)Djuna Barnes 一九二〇年代のパリは狂騒の時代(Les Années Folles)と呼ばれ、各国から様々なジャンルの芸術家が集まりました。 文学者ではアーネスト・ヘミングウェイやF・スコット・フィッツジェラルドの名が真っ先にあがりますが、女…

『恋を覗く少年』L・P・ハートリー

The Go-Between(1953)L. P. Hartley L・P・ハートリーは、近年の日本において「ポドロ島」のイメージが強いため、怪奇小説家だと思っている方が多いかも知れません。けれども、一般的には『恋を覗く少年(恋)』(写真)(※1)で知られる作家です。これ…

『マルタン君物語』マルセル・エイメ

Derrière chez Martin(1938)Marcel Aymé マルセル・エイメの『マルタン君物語』は、原書が刊行された翌年(昭和十四年)に早くも『人生斜斷記』(写真)の邦題で翻訳されています(鈴木松子訳)。 江口清訳の方は、筑摩書房の「世界ユーモア文学全集」「世…

『やわらかい機械』ウィリアム・S・バロウズ

The Soft Machine(1961)William S. Burroughs ウィリアム・S・バロウズの『ソフトマシーン』といえば、『爆発した切符』『ノヴァ急報』と続く「ノヴァ三部作」の第一作であり、カットアップ、フォールドインといった技法を有名にした(バロウズのオリジナ…

『黄金の仔牛』イリフ、ペトロフ

Золотой телёнок(1931)Ильф и Петров イリフ、ペトロフの『黄金の仔牛』(※1)(写真)は、『十二の椅子』で孤軍奮闘したにもかかわらず、あっさりと殺されてしまったオスタップ・ベンデルを蘇らせて、再び活躍させた作品です。 ベンデルは人気キャラクタ…

『十二の椅子』イリフ、ペトロフ

Двенадцать стульев(1928)Ильф и Петров イリフ、ペトロフは、ロシアのユーモア作家。変な表記で分かるとおり、イリヤ・イリフ(Иья Ильф)とエウゲニー・ペトロフ(Евгений Петров)の共同ペンネームです。 原書をみると著者名は「Ильф и Петров」「Ильф …

『バットマンの冒険』

The Further Adventures of Batman(1989)Martin H. Greenberg 一九三九年に誕生したバットマン(※)の五十周年を記念して企画された『バットマンの冒険』(写真)は、依頼型のアンソロジーです。 編集者、アンソロジストのマーティン・H・グリーンバーグ…

『ヴィオルヌの犯罪』マルグリット・デュラス

Les Viaducs de la Seine-et-Oise(1959)/L'Amante anglaise(1967)/L'Amante anglaise(1968)Marguerite Duras マルグリット・デュラスの『ヴィオルヌの犯罪』(写真)には、モデルとなった殺人事件があります。一九四九年に、アメリー・ラビュー(Améli…

『ナニー』ダン・グリーンバーグ

The Nanny(1987)Dan Greenburg「ナニー」とは、英米において母親に代わって子育てをする女性のことです。最も有名なナニーは、P・L・トラヴァースの『メアリー・ポピンズ』の主人公でしょう。 一方、ホラー・サスペンス映画では「乳母もの」と呼ばれるジ…

『蟬の女王』『スキズマトリックス』ブルース・スターリング

Schismatrix(1985)Bruce Sterling 金のない学生時代は、安価で、どの書店にも置いてある文庫本を中心に購入していました。様々なジャンルの小説を買いましたが、圧倒的に多かったのがSFでした。 二十歳代半ば頃、実家を離れる際にエンターテインメント小…

『日曜日の青年』ジュール・シュペルヴィエル

Le Jeune homme du dimanche et des autres jours(1955)Jules Supervielle 自宅から車で二十分くらいのところに、老夫婦が経営している古本屋があります。チェーン店でも専門店でもない小さな店舗で、足の踏み場もないほど雑然と本が積みあがっている店で…

『自由の樹のオオコウモリ』アルバート・ウェント

Flying Fox in a Freedom Tree and Other Stories(1998)Albert Wendt サモア諸島は、西経一七一度線を境に、西がサモア独立国(旧:西サモア)、東がアメリカ領サモアとなっていますが、人種も文化も共通しています。 サモア独立国の首都アピアのあるウポ…

『失踪』ティム・クラベー

Het Gouden Ei(1984)Tim Krabbé オランダのミステリー作家ティム・クラベーの『失踪』(写真)は、一九八八年にジョルジュ・シュルイツァー監督によって映画化されました(原題『Spoorloos』、邦題『ザ・バニシング −消失』)。 一九九三年には、シュルイ…

『トマト・ケイン』ナイジェル・ニール

Tomato Cain and Other Stories(1949)Nigel Kneale マン島は、グレートブリテン島とアイルランド島の間にある小さな島です。イギリスの一部でもなく、コモンウェルスでもありません。過去にはノルウェーのバイキングに支配されたこともあります。 マン島の…

『誰だ ハックにいちゃもんつけるのは』ナット・ヘントフ

The Day They Came To Arrest The Book(1983)Nat Hentoff ナット・ヘントフはジャズの評論家(※1)、ジャーナリストとして知られていますが、ヤングアダルト(YA)向けの小説も書いていて、日本では寧ろそちらの方が有名です。 特に処女作の『ジャズ・…

『小間使の日記』オクターヴ・ミルボー

Le Journal d'une femme de chambre(1900)Octave Mirbeau『小間使の日記』(写真)といえば、ルイス・ブニュエル監督、ジャンヌ・モロー主演の映画(1964)を思い浮かべる人が多いかも知れません。 しかし、小説が初めて邦訳されたのは大正十二年(一九二…

『責苦の庭』オクターヴ・ミルボー

Le Jardin des supplices(1899)Octave Mirbeau オクターヴ・ミルボーは、正統王朝派のジャーナリストとして活動を開始し、後にアナーキズムに傾倒し、小説や戯曲を著しました。 ブルジョア、権力者、聖職者、民衆などあらゆる者を憎んだミルボーは、過激で…

『積みすぎた箱舟』ジェラルド・ダレル

The Overloaded Ark(1953)Gerald Durrell ナチュラリストのジェラルド・ダレルは、一九四七年から一九四八年の六か月間、友人の鳥類学者ジョン・イーランドとともに英領カメルーンに滞在しました。目的のひとつはアフリカそのもの、そしてもうひとつが密林…

『飛行する少年』ディディエ・マルタン

Un Garçon en l'air(1977)Didier Martin インターネットが普及する前の話ですが、フランス文学は英米文学に比べ情報が少ないせいか、得体の知れない小説を、つい買ってしまうことがありました。このブログで取り上げたものでは『先に寝たやつ相手を起こす…

『果てしなき旅路』『血は異ならず』ゼナ・ヘンダースン

Pilgrimage: The Book of the People(1961)/The People: No Different Flesh(1966)Zenna Henderson ゼナ・ヘンダースンは寡作の上、短編しか書かなかった作家です。 代表作の「ピープル」シリーズも元々は短編で、それを単行本化する際、短編と短編をつ…