読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『サイモン・アークの事件簿』エドワード・D・ホック

Edward D. Hoch エドワード・D・ホックは典型的な短編小説家で、長編小説はわずか五冊しか著していません。 その代わり、シリーズものがやたらと多く、日本でもシリーズごとにまとめた書籍が多く出版されています。 なかでもファンにとってありがたかったの…

『お喋りな宝石』ドニ・ディドロ

Les Bijoux indiscrets(1748)Denis Diderot 十八世紀フランスの哲学者でもあり、作家でもあるドニ・ディドロの処女長編『お喋りな宝石』(写真)は、過去に何度も邦訳されています。 しかし、作者の死後に新たな章(16、18、19章)が追加された「1798年版…

『ナイトメアキャッスル』ピーター・ダービル=エヴァンス

Beneath Nightmare Castle(1987)Peter Darvill-Evans ゲームブックは、一九八〇年代に大流行しました。 日本では、社会思想社より「ファイティングファンタジー」が「アドベンチャーゲームブック」として、創元推理文庫より「ソーサリー」が「スーパーアド…

『ベートーヴェン通りの死んだ鳩』サミュエル・フラー

Mort d'un pigeon Beethovenstrasse(1974)Samuel Fuller 前回、触れたチャールズ・ウィルフォードの『拾った女(Pick-Up)』(1954)は映像化が不可能な小説ですが、サミュエル・フラー監督には同名の邦題を持つ映画があります〔原題は『Pickup on South S…

『炎に消えた名画』チャールズ・ウィルフォード

The Burnt Orange Heresy(1971)Charles Willeford チャールズ・ウィルフォードは「ホーク・モーズリー」シリーズのヒットにより、一九八〇年代に再評価の進んだペーパーバックライターです。 しかし、寧ろそれ以前のノンシリーズにこそ傑作が隠れていたこ…

『悪魔に食われろ青尾蠅』ジョン・フランクリン・バーディン

Devil Take the Blue-Tail Fly(1948)John Franklin Bardin ニューロティックスリラーとサイコスリラーを分類する際は、その作品が作られた年代を基準にするとよいかも知れません。一九四〇年代に流行したのがニューロティックスリラーで、一九六〇年代以降…

『マゾヒストたち』ローラン・トポール

Les Masochistes(1960)Roland Topor ローラン・トポールといえば、一般的にはイラストレーターとして知られていると思いますが、我が国における単独の書籍はほとんどが小説で、唯一の画集が『マゾヒストたち』(写真)です。 これはトポールの処女作品集で…

『ある愛』ディーノ・ブッツァーティ

Un amore(1963)Dino Buzzati ディーノ・ブッツァーティは一九七二年に亡くなったイタリアの作家ですが、我が国ではいまだに新訳の短編集が刊行されています。 フランスでも人気がある一方、英語圏ではほとんど知られていないそうです。 ブッツァーティとい…

『劣等優良児』P・G・ウッドハウス

The Coming of Bill(1919)P. G. Wodehouse 二〇一八年、美智子さまが、皇后での最後の誕生日において「ジーヴスも二、三冊待機しています」とおっしゃられました。 それをきっかけに、突如としてP・G・ウッドハウスブームが巻き起こりました。美智子さま…

『スーパールーキー』ポール・R・ロスワイラー

Super Star!(1983)Paul R. Rothweiler 今年もプロ野球の季節がやってきました。 春先の楽しみは何といってもルーキーの動向です。鳴り物入りで入団したにもかかわらず期待に応えられない選手がいる反面、ドラフト下位で入団した選手が思わぬ活躍をすること…

『恐怖の愉しみ』

平井呈一といえば、ある年齢以上の恐怖小説好きにとっては無視することのできない存在です。子どもが読むものと思われていた西洋の怪談を、大人の鑑賞に堪える作品として翻訳、紹介してくれた功績はとても大きい。 彼が編訳した東京創元社の『世界恐怖小説全…

『ルネサンスへ飛んだ男』マンリー・ウェイド・ウェルマン

Twice in Time(1957)Manly Wade Wellman 人づき合いが苦手な僕にとって、孤独を癒やしてくれる芸術を生み出す作家、音楽家、映画監督、漫画家などは生きてゆく上でなくてはならない存在です。 なかでも、最も感謝しているのは翻訳家かも知れません。何しろ…

『インディアン・ジョー』W・P・キンセラ

The Fencepost Chronicles(1986)W. P. Kinsella 映画『フィールド・オブ・ドリームス』の原作『シューレス・ジョー』で知られるW・P・キンセラは、野球小説だけでなく、ファーストネーション(カナダの先住民のこと。米国ではネイティブアメリカンやイン…

『ドロシアの虎』キット・リード

Tiger Rag(1973)Kit Reed(a.k.a. Kit Craig, Shelley Hyde) キット・リードはフェミニストSF作家で、過去三度アザーワイズ賞(旧ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞)の候補になっています。 短編に秀でたタイプ(※)とのことですが、我が国で刊行…

『鉛の夜』ハンス・ヘニー・ヤーン

Die Nacht aus Blei(1956)Hans Henny Jahnn ハンス・ヘニー・ヤーンはドイツの作家ですが、第一次世界大戦の際は入隊を避けるためノルウェーに逃げ、ナチス政権が同性愛者を迫害すると今度はデンマーク領のボーンホルム島に逃れました。 バイセクシャルの…

『死の勝利』ガブリエーレ・ダンヌンツィオ

Trionfo della morte(1894)Gabriele D'Annunzio 古本を実店舗で購入する際、これまでに数々の失敗をしてきました。「ダブって購入してしまった」「カバーと本体が違う本だった」「書き込みが沢山あった」「一部が切り取られていた」「全巻セットだと思った…

『マダム・20』ティム・クラベー

Vertraging(1994)Tim Krabbé ティム・クラベーの『マダム・20』(写真)は、オランダ推理作家協会の年間最優秀賞(Gouden Strop)を受賞していますが、邦訳は大手の出版社ではなく、今は亡き青山出版社から刊行されました。 この出版社のことは、ほとんど…

『ケンタウロス』ジョン・アップダイク

The Centaur(1963)John Updike ジェイムズ・ジョイスは、二十世紀初頭のダブリンにホメロスの『オデュッセイア』を対応させた『ユリシーズ』を執筆しました。 他方、ジョン・アップダイクは一九四〇年代のペンシルベニア州シリングトン(アップダイクの故…

『ミュータント』ルイス・パジェット

Mutant(1953)Lewis Padgett 昨年末、ヘンリー・カットナーの「ギャロウェイ・ギャラガー」シリーズ全五作を一冊にまとめた『ロボットには尻尾がない』が出版されました。未訳は一編だけだったとはいえ、一九四〇年代に書かれた変なSFを今さら刊行してく…

『西部の小説』

以前書いたとおり、古く稀少な西部小説は入手が難しい。 ヤフオクでたまに出品されても、終了間際になるとわらわらと人が集まり、あっという間に値が吊りあがってしまいます。西部小説の愛好家はそれほど多くないと思うのですけれど、一体どこに潜んでいるの…

『バリー・リンドン』ウィリアム・メイクピース・サッカレー

The Luck of Barry Lyndon(1844)William Makepeace Thackeray 産業革命の起こったヴィクトリア朝(一八三七〜一九〇一)は、イギリスの黄金時代といわれます。また、この時代は芸術が大きく花開いたことでも知られています。 文学においても、今では「文豪…

『地下街の人びと』ジャック・ケルアック

The Subterraneans(1958)Jack Kerouac ジャック・ケルアックは、紛れもなくスピードスターです。 彼の特徴は、思いついたことを一気呵成に書き上げることで、そのスタイルは「即興」と呼ばれました。 出世作の『路上(オン・ザ・ロード)』は元々、紙をつ…

『裸者と死者』ノーマン・メイラー

The Naked and the Dead(1948)Norman Mailer ノーマン・メイラーの『裸者と死者』(写真)は刊行されるや否や大反響を呼び、翌年には日本でも翻訳出版されました(改造社)。 第二次世界大戦を描いたアメリカ文学としては、ジョセフ・ヘラーの『キャッチ=2…

『ウサギ料理は殺しの味』ピエール・シニアック

Femmes blafardes(1981)Pierre Siniac 以前、フランスのミステリーや暗黒小説が好きと書きましたが、英米のそれに馴染んでいる人にとっては相当ヘンテコに思えるであろう作家がいます。そのひとりがピエール・シニアックです。 変わった作風のせいか、邦訳…

『見知らぬ島への扉』ジョゼ・サラマーゴ

O Conto da Ilha Desconhecida(1997)José Saramago『見知らぬ島への扉』(写真)は、一九九八年にノーベル文学賞を受賞したジョゼ・サラマーゴが、その前年に書いた作品です(原書はポルトガル語だが、日本語版は英語からの重訳)。 サラマーゴというと、…

『白い犬』ロマン・ガリー

Chien blanc(1970)Romain Gary 僕は文庫本が大好きなので、古書店にゆくと一目散に翻訳小説の文庫コーナーを目指します。 若い頃は、サンリオSF文庫、ハヤカワ文庫、創元文庫などに探求書が多かったのですが、それらは割と簡単にみつかりました。戦前に…

『ドラキュラのライヴァルたち』『キング・コングのライヴァルたち』『フランケンシュタインのライヴァルたち』

The Rivals of Dracula: Stories from The Golden Age of Gothic Horror(1977)/The Rivals of King Kong: A Rampage of Beasts(1978)/The Rivals of Frankenstein: A Gallery of Monsters(1977)Michel Parry ミシェル・パリー(※1)はホラー小説のア…

『イヴの物語』ペネロピ・ファーマー

Eve: Her Story(1988)Penelope Farmer トパーズプレスの「シリーズ百年の物語」は六冊しか刊行されませんでした。 ラインナップをみると、ミステリー、スリラー、SF、ファンタジーなので、ハヤカワ文庫や創元文庫に近い線を狙ったのかも知れません。実際…

『キラー・オン・ザ・ロード』ジェイムズ・エルロイ

Killer on the Road(originally published as "Silent Terror")(1986)James Ellroy ジェイムズ・エルロイの『キラー・オン・ザ・ロード』(写真)は、「ロイド・ホプキンス」三部作と「LA」四部作の間に出版されたノンシリーズの長編です。 エルロイの…

『スクリーン』バリー・N・マルツバーグ

Screen(1968)Barry N. Malzberg 以前、『決戦! プローズ・ボウル』を取り上げたときは、バリー・N・マルツバーグについてほとんど知識がなく、SF作家であることくらいしか知らなかったのですが(※1)、その後、ちょっと変な本を入手したので紹介した…