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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ユニコーンを探して』サタジット・レイ

インド


 いつもは、原題や作者名を原著どおりに表記しているのですが、僕のパソコンだとベンガル語は表示できないので、何も書かないでおきます。

 サタジット・レイは映画監督として有名(『大地のうた』『大河のうた』『大樹のうた』など)ですが、小説も数多く書いています。ただし、日本では『ユニコーンを探して』のほかには児童向けの冒険小説が少し翻訳されているくらい。
 本書は、いくつかの短編集から十編を寄せ集めた日本オリジナル版です(米国で『The Unicorn Expedition, and Other Fantastic Tales of India』という本が一九八七年に出ているが、収録作品が異なる)。
 映画監督としては知られているけれど、小説家としては未知数だし、どれくらい売れるか試してみたって感じでしょうか。文庫にもなっていないところをみると、営業的には成功しなかったみたいですけど……。

 収録されているのは、ほとんどが一九七〇年代に書かれた作品です。英訳版の副題からも分かるとおり、インドの不思議な話が多いのですが、「台詞」や「見知らぬ人」など、平凡な市民の生活を描いた短編も混じっています。それはそれでほっとするような優しさに満ちているけれど、やはり興味深いのは幻想的な物語の方でしょう。奇妙な味の短編を好きな方なら、押さえておくべき本のひとつです。

 インドを舞台にした幻想譚というと、トーマス・マンの「すげかえられた首」とか、ミルチャ・エリアーデの「セランポーレの夜」なんかを思い出しますが、ベンガル人のレイの筆も、それらと雰囲気はよく似ています。
 蛇、虎、密林、聖人といったモチーフをちりばめていることもありますが、根底に流れるインド哲学や宗教の影響が何より大きいのでしょう。宗教学者エリアーデは勿論、小説家レイの視線も精神世界に向けられているように思えます。

 さて、いつものように、面白かった短編をいくつか紹介してみます。

その男」Ratanbabu ar Sei Lokta
 孤独な中年男のロトン・バブ(氏)は、旅先で自分によく似た男に出会います。姿形は勿論、性格も趣味も生い立ちも給与額もそっくり。おまけに何と生年月日まで同じでした。
 最初は、真の友が現れたと喜ぶロトンでしたが、よく考えると、自分に似た男など邪魔なだけだということに気づきます。そして、彼は、その男を殺害することにしました。
 この短編集には、一瞬にして狂気に支配される人物がよく登場するのですが、これもそのひとつ。
 実は、殺人ではなく、自殺の物語として読むと、より恐ろしい。五十歳間近で、家族も友人もない偏屈な男が、世を儚んで自ら命を絶ったとしても全く不思議ではありません。

幽霊」Braun Saheber Bari
 ビブロフィリアの青年ロンジョンが偶然手に入れた十九世紀半ばに書かれた英国人の日記。そこには、愛するサイモン(息子なのか弟なのか甥なのか、日記からは分からない)が落雷で死亡し、それ以後、幽霊が現れる、との記述がありました。ロンジョンは、幽霊の正体を確かめるため、その英国人が暮らしていた屋敷を訪れます。
 見事なオチです。まんまと引っ掛かってしまいました。古書店で本書の購入を悩んだら、この一編を立ち読みしてから判断してもよいでしょう。間違いなく買ってしまうと思いますけど……。

シブとラッコシ(人喰い鬼)の話」Shibu ar Raksasher Katha
 シブ少年は、変わり者のフォティック・ダ(さん)から、役に立つことから嘘臭いことまで様々な話を聞かされています。そのフォティックさんのいうことには、どうやら新しい数学の先生がラッコシらしいのですが……。
 児童向けの小説を数多く書いているレイですから、こういう話はお手のものです。変人だけど、子どもにとっては魅力たっぷりのおじさんが素敵。何がしたいか丸分かりのところも、却って可愛らしくてよいですね。

ユニコーンを探して」Ekshringa Abhijan
 チベットを旅した英国人が遺した日記には「一角獣の群をみた」「ラマ僧と一緒に空を飛んだ」などといった不思議なできごとが書かれていました。発明家の「私」は、その真偽を確かめるべく、友人たちともにチベットに向かいます。
 ピーター・マシーセンは雪豹を追い求めましたが、この短編では、かつてインドやチベットに棲息していた(?)一角獣を探しにゆきます。ユニコーンどころか、龍やフェニックスなど様々な伝説の生きものに出会うシーンは、わけが分からないながらも感動的。二十歳も若返った私たちは、もしかすると死後の世界に辿り着いたのかも知れません。

ユニコーンを探して』サタジット・レイ小説集、内山真理子訳、筑摩書房、一九九三