読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ピーター=マックスの童話』ピーター・マックス

The Peter Max Land of Red, Land of Yellow, Land of Blue(1970)Peter Max

 サイケデリック(Psychedelia)とは、幻覚剤(LSDやマジックマッシュルームなど)によって齎される感覚をモチーフにしたサブカルチャー(アート、音楽、ファッションなど)で、一九六〇年代後半にブームとなりました。
 ピーター・マックスは、サイケなグラフィックデザインの第一人者(※1)。彼が一九七〇年に、三分冊で刊行した絵本が『ピーター=マックスの童話』です。

 サイケデリックムーブメントが起こっていた日本でもすぐに翻訳、出版されました。
 判型はかなり大きく(天地三十一・五センチ)、頁数は少なめ(各巻三十二頁ずつ)です。三冊まとめて頑丈な函に入って、定価は四千二百円(一冊千四百円)(写真)。
 この本と同じ一九七一年に刊行が開始された、講談社の「世界の絵本」の当時の価格は一冊五百八十円でしたから、かなり高価だったことが分かります(※2)。
 童話と名がついているものの、子ども向けとはいえないアート本ですから、多少高くてもやむを得ないでしょう。逆に安すぎると数多く出回り、希少性がなくなってしまいます。

 現在は、古書店でバラ売りされているケースもありますが、それを購入するのはお勧めしません。一冊だけ持っていても余り意味はないし、後から足りないものを探すのも面倒だからです。さらに、函を欲しくなってもそれだけでは買えないので、最初から函入りの三冊セットを選ばれるとよいと思います。
『ピーター=マックスの童話』は読むだけでなく、お洒落な部屋やショップのインテリアとしても利用できます。価値を知る人がみたら、「おっ」と思うかも知れませんね。

 なお、マックスの書籍は、その前年にも早川書房から刊行されています。
 インドのヨギであるスワミ・シヴァナンダの言葉に、マックスが絵をつけたシリーズで、『愛』『平和』『神』『想い』の四冊があります。

 さて、サイケデリックアートというと、酩酊感を齎したり、神秘的なイメージのものが多いのですが、マックスのイラストは、とにかくカラフルでポップ。眺めているだけで楽しいので、ポスターやリトグラフにして飾るのに最適なアーティストです。
『ピーター=マックスの童話』は子ども向けではないと書きましたが、それは価格や販売方法を指したまでです。物語は、イラスト以上にぶっ飛んでいるので、あるいは大人より子どもの方が直感的に理解できるかも知れません。

 唯一残念なのは、訳が余りよくないこと。
 この本は英文も絵の一部としてそのまま残っていて、日本語は欄外に小さく書かれています。そのお陰で分かるのですが、原文にはスラングオノマトペ、言葉遊び、押韻が豊富に用いられています。しかし、それらは訳文ではほぼ無視され、何となく平べったい日本語になっています。
 さらに唖然とさせられる訳文もあります。例えば、「Thanks a Lot!」「You’re Welcome」の訳が、「たいへんありがとう」「ようこそ」となっているのです。「ようこそ」は問題外ですが、「たいへんありがとう」も日本語としてかなりおかしい。
 訳者の三木卓ロシア文学が専門とはいえ、さすがにこれは……。名前だけ貸して別の人が訳したのかも知れませんけど、校閲のしっかりしている講談社の本だけにちょっと信じられません。

 今回は感想というより、各巻のあらすじを記載します。
 極めて寓意的な物語であるため、そこから何を読み取るかは読者次第だと思いますので……。

『赤の国の冒険』
 緑の青年は、隣に住む青に「赤のトンネルをくぐり、光るものを取ってきて欲しい」と頼まれます。冒険に出た緑は、青のいっていた光をみつけました。光を取りまくった緑は、様々な色に出合い、自分の色が変わったと思い込みます。そして、自分でないもののことを理解し、青の元へ帰ります。
 青に光を注ぎ込んだ緑は、ぐったりした者を元気づけるのが自分のすべきことだと気づいたのです。

『黄色の国の冒険』
 虹の国の日光の女王が、紫の王に赤を持ってくるよう頼みました。女王は、その赤を影の国の王子にあげるつもりです。そうしなければ、虹の国は灰色一色になってしまいます。
 青や緑の世界を抜け、黄色い太陽をみつけた紫の王は、余りの気持ちのよさにそこから離れたくなくなってしまいます。しかし、遊んでいる間に自分が灰色に変わりつつあることに気づきます。急がないと虹の国が滅んでしまいます。
 大慌てで赤を入手し、女王の元へ戻る紫の王。虹の国は無事に救われ、めでたしめでたし。ついでに、緑の世界で手に入れた花を女王に贈りましたとさ。

『青の国の冒険』
 熱が出たオレンジの少年を心配して、黄色のおばさんが緑の娘を見舞いにいかせます。緑の娘に導かれ、無限と呼ばれる青の国へ向かうオレンジの少年。その途中で、賢い紫のおじさんに会い、「青い無限に気をつけろ」と忠告を受けます。
 しかし、自分が明るいことに自信があるオレンジの少年は、青の国に飛び込みます。彼は、オレンジと青が混じると灰色になることを忘れていたのです。やがて、彼は足を無限につけたまま、これ以上ないくらいのオレンジに輝きます。

※1:ビートルズの映画『イエロー・サブマリン』の美術監督が『Mitkey Astromouse』のイラストを描いたハインツ・エーデルマンだが、彼はマックスに影響されたといわれている。

※2:一九七一年の物価を調べると、大卒公務員の初任給が約四万円、ラーメンが約百円、「週刊朝日」が八十円だったので、四千二百円は、今の感覚だと二万円くらいか。


『赤の国の冒険』三木卓訳、講談社、一九七一
『黄色の国の冒険』三木卓訳、講談社、一九七一
『青の国の冒険』三木卓訳、講談社、一九七一

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