読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『パステル都市』M・ジョン・ハリスン

The Pastel City(1971)Michael John Harrison

 古書をインターネットを介して購入できる時代となり、サンリオSF文庫も以前に比べ安価かつ容易にコレクションできるようになりました。
 とはいえ、三十年以上前に刊行された文庫本ですから、コンディションのよくないものも数多く市場に出回っています。特に、手に取って確認できないネット古書店の場合、著しく状態の悪いものを掴まされてしまう危険があるため注意が必要です。

 サンリオSF文庫には、カバーがPP加工(ビニールでコーティングすること)されているものと、されていないものが存在します。
 後者は、当然ながら劣化しやすく、擦れたり、破れたり、退色したり、縁が剥がれたりした本をよく見掛けます。

 どの本が「PP加工なし」なのかは正確には分かりません。というのも、再販商品である書籍は、返本されると傷んだカバーをかけ直して再度市場に出るため、増刷以外にもカバーのみ刷り直されるケースがあり、その際、新たにPP加工が施された可能性もあるからです(PP加工なしの『』があるという噂を聞いたことがあるが未確認)。

 そのため、飽くまで「僕が所持しているPP加工なしの本」を以下にあげておきます。これらをネットで購入する際は、状態を写真等で確認するか、販売者に問い合わせるなどした方がトラブルが少なくなるでしょう。

 『ロカノンの世界』アーシュラ・K・ル=グイン
 『ステンレス・スチール・ラット諸君を求む』ハリイ・ハリスン
 『無限の煌き』ブライアン・M・ステイブルフォード
 『歌の翼に』トマス・M・ディッシュ
 『エンパイア・スター』サミュエル・R・ディレーニ
 『アプターの宝石』サミュエル・R・ディレーニ
 『ラーオ博士のサーカス』チャールズ・G・フィニー
 『新しいSF』ラングドンジョーンズ編
 『影のジャック』ロジャー・ゼラズニイ(※1)
 『わが名はレジオン』ロジャー・ゼラズニイ
 『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』ウィリアム・コツウィンクル
 『アルクトゥールスへの旅デイヴィッド・リンゼイ
 『ブロントメク!』マイクル・コニイ
 『パステル都市』M・ジョン・ハリスン

 安価が特徴である文庫本は、かつてPP加工されていないものの方が主流でした(今も、ちくま文庫や創元文庫などはPP加工されていない)。そのなかで、サンリオ文庫はほとんどがPP加工されていたため、高級感がありました。これが、洗練されたデザインやカバーイラストとともに好ましい印象を与えていたと思います。
 ところが、上記の本に限っては、なぜかPP加工されていませんでした。そのせいで、余計に傷みが目立ってしまうんですね。
『ロカノンの世界』のように白い背景なら縁の傷みは余り気になりませんが、暗いトーンのカバーイラストはコンディション良好のものがなかなかみつかりません(※2)。

『パステル都市』の相場は決して高くないのですが、いや、だからこそ大切にされないのか、目につくのはボロボロのものばかり……。価格、状態ともに納得できる本を探し続けていたら、最後から二冊目になってしまいました。
 しかし、吟味した甲斐あって、僕が所持しているものは新品といっても通用するくらいの美品です(価格も千円以下だった)。状態にこだわる方は、安易に入手せず、納得のゆくまで探し続けた方がよいと思います。

 コンディションの話はこれくらいにして、内容に移りたいと思います。
 この小説、巷では「宮﨑駿の『風の谷のナウシカ』に影響を与えたのでは?」などといわれています。しかし、僕は、高校生の頃、ナウシカの映画を一度観たきりなので比較なんてできません(余り興味もない)。
 その辺りを期待されている方は、別のサイトの記事を探してください。

 文明が衰退した遠い未来。人々は、過去の遺物を発掘し、利用することしかできなくなっています。
 ヴィリコニウム帝国では王が死に、ふたりの女性による後継者争いが勃発します。かつて王の騎士団にいた剣士テジウス=クロミスは、王の娘を救うため騎士団の仲間を集め、戦地に赴きます。
 しかし、敵が発掘した機械の巨人に太刀打ちできなかったクロミスたちは、謎の老人の助言を得て、巨人の人工頭脳を破壊しに向かいます。そこに現れたのは、過去の文明からの復活者でした。

 マイケル・ムアコックが作り上げたアンチヒロイックファンタジーに分類される作品です。
 アンチというのは要するに「正義の力が、邪悪な敵を滅ぼすといった単純な物語ではない」という意味ですが、そのようなお気楽なファンタジーなど最早あり得ないので、アンチこそが今や完全なメインストリームといえるでしょう。

 主人公のクロミスは、妹を剣の事故で亡くした後、剣を捨て、詩人になろうと半ば隠遁生活に入りました。
 厭世家のヒーローというよりも、彼の住むヴィリコニウム自体が、資源も枯渇し、知識も失った地球の末期ともいえる世界なのです。「パステル」という名前が皮肉に聞こえるほど、暗く陰鬱な雰囲気が人々を覆っており、滅亡に向かってまっしぐらに突き進んでいるようにみえます。

 そうした死と頽廃に満ちた世界の構築は十分魅力的ですが、小説にする場合、登場人物たちをいずれかの方向へ向かわせなくてはなりません。
 ひとつは、何もせず、滅びてゆくのをひたすら待つという選択。もうひとつは、未来がみえなくとも必死に生きてゆくという道です。
 個人的には前者も捨てがたいけれど(J・G・バラードなんかが近いか)、ハリスンは後者を選びました。希望は一切みえないものの、クロミスは女王への忠誠心、そして友情を糧にどん詰まりの時代を生き抜こうともがくのです。

 ところが、そんな彼を嘲笑うかの如く、最後に意地悪な仕打ちが待っています。
 過去から復活した者たちは、あっさりと戦争を終結させ、ヴィリコニウムの人々に新しい知識を与えます。それはまるで、子どもが一所懸命作った秘密基地を、大人があっという間に作り替えてしまうようなものではないでしょうか。
 知識の復活を歓迎する者もいますが、クロミスはひっそりを姿を消してしまいます。古の亡霊に授けられる文明など、彼にとっては何の意味も持たないからです。

『パステル都市』は、ファンタジーとしても楽しめますし、物質文明の批判にもなっていて、今なお読む価値はあると思うのですが、残念ながら「短すぎる」という欠点も備えています。
 栗本薫の「グイン・サーガ」とまではいかなくとも、ヒロイックファンタジーはある程度の長さが必要です。虚仮威しだとしても何十巻も出ていれば、何となく壮大な物語のような気がして満足感が得られるからです。

 実をいうと『パステル都市』は、ヴィリコニウムシリーズの第一作に当たります。
 続編の『A Storm of Wings』『In Viriconium』、短編集の『Viriconium Nights』は予告こそされたものの、残念ながら訳されませんでした。
 サンリオSF文庫がもう少し続いていれば、このシリーズの評価はもっともっと高かったかも知れませんね。

※1:この本は、PPの「あり」か「なし」が判断できなかった。多分、加工されているとは思うんだけど、念のため、リストに加えておいた。

※2:『ロカノンの世界』と『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』以外は暗いトーンのイラストなので要注意。


『パステル都市』大和田始訳、サンリオSF文庫、一九八一

サンリオSF文庫、サンリオ文庫
→『マイロンゴア・ヴィダル
→『どこまで行けばお茶の時間アンソニー・バージェス
→『深き森は悪魔のにおい』キリル・ボンフィリオリ
→『エバは猫の中ガブリエル・ガルシア=マルケスオクタビオ・パスほか
→『サンディエゴ・ライトフット・スー』トム・リーミイ
→『ラーオ博士のサーカス』チャールズ・G・フィニー
→『生ける屍』ピーター・ディキンスン
→『ジュリアとバズーカアンナ・カヴァン
→『猫城記』老舎
→『冬の子供たち』マイクル・コニイ
→『アルクトゥールスへの旅デイヴィッド・リンゼイ
→『旅に出る時ほほえみを』ナターリヤ・ソコローワ
→『』ロザリンド・アッシュ
→『浴槽で発見された手記スタニスワフ・レム
→『2018年キング・コング・ブルース』サム・J・ルンドヴァル
→『熱い太陽、深海魚』ミシェル・ジュリ
→『生存者の回想』ドリス・レッシング
→『マラキア・タペストリ』ブライアン・W・オールディス
→『この狂乱するサーカス』ピエール・プロ
→『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』ウィリアム・コツウィンクル
→『どこからなりとも月にひとつの卵』マーガレット・セントクレア
→『ドロシアの虎』キット・リード
→『飛行する少年』ディディエ・マルタン