読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『マラキア・タペストリ』ブライアン・W・オールディス

The Malacia Tapestry(1976)Brian Wilson Aldiss

 アンソニー・バージェスは、早川書房の「アントニイ・バージェス選集」が予告倒れに終わりましたが、ブライアン・W・オールディスは、サンリオSF文庫で発行が予告されながら有耶無耶になってしまった本があります。
『頭の中の裸足』(Barefoot in the Head)、『組織の敵』(Enemies of the System)、『八十分時間』(The 80 Minute Hour)、『ヘリコニアの春』(Helliconia Spring)、『はるかなるものの姿』(The Shape of Further Things)がそれです。
 オールディスに限らず、サンリオはやたらと予告ばかりしていたので、がっかりするより「欲張り過ぎ!」と呆れましたっけ(ただし、最近、初期の傑作『寄港地のない船』が訳されたりしてるので、どこかの出版社で刊行してくれるという希望は、まだ捨てなくてもよいか?)。

 それでも『マラキア・タペストリ』を訳してくれただけでサンリオには感謝すべきかも知れません。僕は、それくらいこの小説がお気に入りです。

 架空の都市国家マラキア。若い俳優のペリアン・ド・キロロは、ガラスに映像を固定する写真機ザーノスコープで作る幻灯芝居の仕事を引き受けます。それというのも、ヒロイン役のアルミダに恋をしてしまったからです。
 ペリアンは脇役でしたが、実生活ではアルミダのハートを射止めます。しかし、貴族の彼女と結婚するには、水素気球で空を旅したり、巨大な古代動物を狩ったりといった試練を乗り越えなくてはなりませんでした。
 ところが、彼は危険な狩りの最中、親友のド・ランバントがアルミダと一緒にいるところに出くわし、疑惑を抱きます。そして、真相を探るのですが……。

 マラキアは、十六、七世紀頃のイタリアを模していますが、現実とは別の歴史を歩んだパラレルワールドです。
 ホモ・サウルスという人類が、有翼人やサテュロス(山羊人間)などとともに暮らし、奇妙な古代動物も闊歩しています(モンハンみたいなもんか)。一方で、オスマン帝国の脅威に晒されていたりといった史実が顔を出すこともあります。

 物語は、古典的悲劇のパロディ。「浮気の相手が親友の婚約者であることを知ったかと思ったら、その親友は自分の妻と寝ていた」という筋の芝居に出演したペリアンが、実生活でも同じようなシチュエーションに陥るという話です。
 尤も、悲劇といえど最終章以外は深刻さが皆無で、「架空のユートピアにおける貧乏役者の色恋沙汰を描いたお気楽ファンタジー」と呼んだ方がよいでしょうか。

 ほぼ全編が、カーニバル中のマラキアでのできごとなのでやむを得ない部分もありますが、ペリアンやその友人たちは、ひたすら酒を飲み、女にちょっかいを出し、芸術や娯楽に現を抜かします。
 要するに最初から最後まで、浮かれた人たちの馬鹿騒ぎをみせられるようなものです。話の展開も遅いし、大した事件も起こらないので、この世界に浸れない人には面白くも何ともないかも知れません。

 他方、デカダン的な雰囲気がお好きな方には、この上なく豪華絢爛なタペストリー(最近はフランス語のタピスリーの方を用いることが多い。トレイシー・シュヴァリエの『貴婦人と一角獣』という小説が面白いので、お勧め)に思えるでしょう。
 創立者スポルトの願いどおり時間を凍結させた美と退廃の都は、科学の発展に全てを委ねた現代人にとって、正に夢の国にほかならないからです。

 お伽噺であれば、巨大な怪物を倒したペリアンは英雄になり、美女と結ばれてめでたしめでたしとなるのですが、そうは問屋が卸しません。
 古きよきマラキアは、反面、一切の進歩を認めない頑迷さがあります。
 水素気球やザーノスコープの発明者は殺害され川に捨てられ、機械も破壊されてしまいます。その結果、ペリアンの出演した芝居も上演されずに終わります。
 さらに、ペリアンにとって最大の不幸は、厳格な階級社会故、貴族のアルミダとの結婚など、そもそも望むべくもなかったことです。

 チェスの駒のように操られ、不要になった途端、あっさりと捨てられたペリアンは、恋人にも親友にも裏切られます。
 そして、古代魔術師が、マラキアに永遠に変わることのない呪いを掛けたなんて話は、特権階級が民衆を支配しやすくするために弄した戯言に過ぎないことに気づくのです。
 大いに憤りを覚えるものの、かといって、変革を目指す革新派に与する気にもなれません。

 古代動物狩りの際、ペリアンは森のなかで魔術師に出会います。それによって、人間の知覚能力には限界があり、そのために現実を本当に理解できていないのかも知れないと考えるようになります。
 そんな経験が、ペリアンから絶望を拭い去ってくれます。一瞬にして多くを失い、心身ともに傷つきながらも、彼は一晩寝たら、また新しい恋をして、浮かれ騒ぐことでしょう。

『マラキア・タペストリ』斎藤数衛訳、サンリオSF文庫、一九八六

→『解放されたフランケンシュタイン』ブライアン・W・オールディス

サンリオSF文庫、サンリオ文庫
→『マイロンゴア・ヴィダル
→『どこまで行けばお茶の時間アンソニー・バージェス
→『深き森は悪魔のにおい』キリル・ボンフィリオリ
→『エバは猫の中ガブリエル・ガルシア=マルケスオクタビオ・パスほか
→『サンディエゴ・ライトフット・スー』トム・リーミイ
→『ラーオ博士のサーカス』チャールズ・G・フィニー
→『生ける屍』ピーター・ディキンスン
→『ジュリアとバズーカアンナ・カヴァン
→『猫城記』老舎
→『冬の子供たち』マイクル・コニイ
→『アルクトゥールスへの旅デイヴィッド・リンゼイ
→『旅に出る時ほほえみを』ナターリヤ・ソコローワ
→『』ロザリンド・アッシュ
→『浴槽で発見された手記スタニスワフ・レム
→『2018年キング・コング・ブルース』サム・J・ルンドヴァル
→『熱い太陽、深海魚』ミシェル・ジュリ
→『パステル都市』M・ジョン・ハリスン
→『生存者の回想』ドリス・レッシング
→『この狂乱するサーカス』ピエール・プロ
→『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』ウィリアム・コツウィンクル
→『どこからなりとも月にひとつの卵』マーガレット・セントクレア
→『ドロシアの虎』キット・リード
→『飛行する少年』ディディエ・マルタン