読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『心は孤独な狩人』カーソン・マッカラーズ

The Heart is a Lonely Hunter(1940)Carson McCullers

 比較したからってよいことがあるわけじゃないけど、何となく比べたり、セットにして考えてしまう作家がいます。これは僕だけの癖ではなく、いわゆる「並び称される」という言葉で一括りにされるのを、よく目にします(フォークナーとヘミングウェイとか、バースとピンチョンとか)。
 カーソン・マッカラーズフラナリー・オコナーも、同時代、同性、同地域(南部)、若い頃から病に苦しんだといった共通点があるせいか、つい比べてしまいたくなります。
 ふたりとも甲乙つけがたいほど好きな作家ですが、乱暴にいい切ると、オコナーの方がより歪で容赦がない。マッカラーズは、それより少し優しい感じがします。また、オコナーは短編、マッカラーズは長編に秀でているのではないでしょうか。

 なお、マッカラーズは、どういうわけか邦題がぐちゃぐちゃになっています。
『The Heart is a Lonely Hunter』は『心は孤独な狩人(猟人)』『話しかける彼等』『愛すれど心さびしく』の三種類、『The Member of the Wedding』は『結婚式のメンバー』『夏の黄昏』の二種類、『The Ballad of the Sad Cafe』は『悲しき酒場の唄』『哀れなカフェの物語』の二種類と、ややこしい限り。特に前二者は意訳されているので、とても同じ作品だとは思えません。これから読んでみようという方は、間違えないよう注意してください。
 その上、『心は孤独な狩人』は、新潮文庫も四季書房も秋元書房も、どういうわけかAmazonに登録されておらず、手に入れにくいのが難点です(僕が持ってるのは二百六十円の新潮文庫版)。追記:現在は登録されています。
 いや、それどころかマッカラーズの小説は現在、全て絶版です。オコナーの方は最近『烈しく攻むる者はこれを奪う』まで復刊されたっていうのに……。

 物語の舞台は、一九三〇年代末、南部の小さな工業都市。聾唖者のシンガーは、そこで彫刻師として働いています。彼の周りには、妻を亡くしたカフェの主人、流れ者の労働者、貧しい家庭の少女、黒人医師ら悩みを抱える孤独な人々が集まってきます。
 心優しく常に穏やかなシンガーは、彼らの悩みや不満を静かに受け止めてくれます。言葉によって慰めたり励ましたりはしませんが、だからこそ気持ちが落ち着くのでしょう。皆、満足して帰ってゆきます。
 が、やがてシンガーは死に、彼を慕う者たちは宙ぶらりんのまま投げ出されてしまいます。また孤独な日々が戻ってきたのです。

 この作品を書き上げたとき、マッカラーズは弱冠二十二歳でした。十八歳で文壇デビューしたフランソワーズ・サガン〔『悲しみよこんにちは』(一九五四)〕や、シーラ・ディレーニー〔『蜜の味』(一九五八)〕らと同様、早熟の天才少女といってよいでしょう。
 けれども、『心は孤独な狩人』の場合、登場人物が雑多で、構成も複雑な点に、とにかく驚かされます。若書きの作品は「瑞々しい感性」「鮮烈なイメージ」「暴走する若き血潮」「斬新な技法」なんて宣伝文句に飾られることが多いのですが、そうしたものとは一線を画しているのです。
 ミックという音楽好きの少女は作者に近いかも知れないけど、それ以外は人種も年齢も社会的地位も凡そかけ離れた人物ばかり。これをほとんど社会経験のない若い女性が書き分けたというだけで驚異的ではないでしょうか(『黄金の眼に映るもの』も同じく二十二歳時の作品。こちらは中編程度のボリュームながら、『心は孤独な狩人』同様、登場人物はバラエティに富んでいる)。

 さて、四人の主要人物は、シンガーを中心に微妙な距離を保ってかかわり合っています。
 前述のあらすじからだと、現代の聖人による魂の救済の物語と勘違いされるかも知れませんが、実をいうとシンガーは、他人を癒してあげようとか救ってあげようなどと考えているわけではありません。彼の心は、同じ聾者のギリシャ人アントナープロス(デブで愚鈍な男性。精神病院に入院している)にのみ注がれており、それ以外の人などまるで眼中にないのです(それどころか、実は話もよく聞いていない)。
 つまり、心の弱った者が勝手にシンガーを奉っているわけで、これは最早、信仰と変わりありません。この物語には聖職者が登場しませんが、それはシンガーにその役割が振られているからではないでしょうか。

 なお、シンガーのアントナープロスへの想いは、正に無償の愛情であり、「好き」というほかに理屈などつけられません。彼の死後、絶望して自らも命を絶つのですから、究極の愛といってもよいでしょう。
 また、こうした「想う者」と「想われる者」のすれ違いの構図はあちこちでみられます。カフェの主人のビフはミックのことが気になり、ミックは隣に住むハリーという青年が好き。ハリーは革命家のジェイクに憧れ、ジェイクはシンガーしか信用していないといった具合。
 要するに「報われない愛」と「孤独」を手を替え品を替え表現しているわけですが、極端に重苦しくならない点がマッカラーズの持ち味です。
 四人とも、挫折はするものの、絶望するまでには至らず、ラストにはそれぞれ多少の希望を抱きつつ、新たに旅立ってゆくのです。
 それは、深夜営業のカフェで迎える朝のように清々しい一瞬であり、同時にフォークナーの系譜を継ぐ新しい文学の誕生の瞬間でもありました。

『心は孤独な狩人』河野一郎訳、新潮文庫、一九七二

→『黄金の眼に映るものカーソン・マッカラーズ