読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』ウィリアム・コツウィンクル

The Fan Man(1974)William Kotzwinkle

 ウィリアム・コツウィンクルの小説のなかでは『ファタ・モルガーナ』が一番好きと書きましたが、それとは対極にありながら、別の意味で愛すべき作品が『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』です。
 いや、対極というのは正確ではないかも知れません。片や世紀末の退廃的なパリ、片や一九七〇年代のニューヨークと雰囲気はまるで違うものの、『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』だって現代(当時)の立派な幻想文学といえるからです。
 さらには、カバー袖のカート・ヴォネガットの「ほとんど非の打ちどころのない軽妙な作品である」という絶賛コメントどおりの切れ味鋭いスラップスティックでもあります。

 サンリオSF文庫の多くは、後に他社の文庫で復刊されました。ところが、コツウィンクル、R・A・ラファティジョン・スラデック辺りは放置されたままです。
 パッケージ的にはハヤカワ文庫に加わっても全く違和感ないのですが、中身はというとかなりの難物揃い(特にラファティ)なので、どんなもんか試しに読んでみようという方には辛いかも知れませんね(彼らのファンは復刊せずとも、既に所持しているだろうし)。

 ゴミ屋敷と化したニューヨークのアパートに住むホース・バドティーズ。
 真夏にオーバーを着て、ホットドッグ屋台の傘と扇風機を持った、自称「プエルトリコ解放軍司令官」である彼は、家出している十五歳の少女を集め、コーラス隊を組織してコンサートを催す計画を立てています。それを全米中に中継してもらうためテレビ局へ交渉にいったり、少女を勧誘したり、ミュージシャンを集めたり、偽造コインを使って商業取引の電話をかけまくったりします。
 ところが、コンサート当日、バドティーズは会場に姿を現しません。

 バドティーズをはじめ登場人物のほとんどは、LSDや大麻はやってないみたい(バナナ煙草とか、胡麻や米の粉末の混じった煙草は吸ってる)ですが、明らかにラリっています。そのため、ウィリアム・S・バロウズや、ハンター・S・トンプソンの『ラスベガス★71』、フィリップ・K・ディックの『暗闇のスキャナー』のようなドラッグ文学に雰囲気が似ています。
 彼らの住む世界そのものが幻覚であるという意味で、『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』もコツウィンクルの得意なオカルトや神秘主義を用いた幻想小説といえるでしょう。

 一方で、現実的な欲望も持っていて、崇高なる歌曲の世界へと少女たちを導くなどといいつつ、アパートに連れ込んでやっちゃおうと企んでいたりするところは、フリーセックスを謳うヒッピーやインチキカルトみたいです。尤もらしい理屈をつけるものの要するにやりたいだけなんですね。
 ただし、そいつらと違うのは、バドティーズがやたらにいい奴だってこと。

 というか、この小説は、その一点に尽きます。
 地下鉄を降りた女が置き土産として座席にうんこを残していって、その後に純白のコートを着た男が座っちゃうとか、スクールバスを買ったら、それにブレーキがついてなくて沼地に突っ込んじゃうといった出鱈目なエピソードも勿論楽しい。
 けれど、それらもバドティーズの陽気で、細かいことを気にせず、他人を憎んだり羨ましがったりせず、何が起こっても人生を楽しんでしまえる性格があってこそです。

 夥しいゴミに囲まれて暮らす正真正銘のクズであるバドティーズは、それでも誰より充実した人生を送っています。
 あれだけ情熱を傾けていたコンサートには日にちを間違えて参加できませんでしたが、それすら彼にとっては大した問題ではないのでしょう。
 きっと明日も今日と同じくらい楽しいことが待っているはずと思うと、何だかよい気持ちになります。

『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』寺地五一訳、サンリオSF文庫、一九八〇

→『ファタ・モルガーナ』ウィリアム・コツウィンクル

サンリオSF文庫、サンリオ文庫
→『マイロンゴア・ヴィダル
→『どこまで行けばお茶の時間アンソニー・バージェス
→『深き森は悪魔のにおい』キリル・ボンフィリオリ
→『エバは猫の中ガブリエル・ガルシア=マルケスオクタビオ・パスほか
→『サンディエゴ・ライトフット・スー』トム・リーミイ
→『ラーオ博士のサーカス』チャールズ・G・フィニー
→『生ける屍』ピーター・ディキンスン
→『ジュリアとバズーカアンナ・カヴァン
→『猫城記』老舎
→『冬の子供たち』マイクル・コニイ
→『アルクトゥールスへの旅デイヴィッド・リンゼイ
→『旅に出る時ほほえみを』ナターリヤ・ソコローワ
→『』ロザリンド・アッシュ
→『浴槽で発見された手記スタニスワフ・レム
→『2018年キング・コング・ブルース』サム・J・ルンドヴァル
→『熱い太陽、深海魚』ミシェル・ジュリ
→『パステル都市』M・ジョン・ハリスン
→『生存者の回想』ドリス・レッシング
→『マラキア・タペストリ』ブライアン・W・オールディス
→『この狂乱するサーカス』ピエール・プロ
→『どこからなりとも月にひとつの卵』マーガレット・セントクレア
→『ドロシアの虎』キット・リード
→『飛行する少年』ディディエ・マルタン