読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『いたずらの天才』H・アレン・スミス

The Compleat Practical Joker(1953)H. Allen Smith

 メジャーリーグベースボール(MLB)では、主に新入りに対して、いたずらが仕掛けられることがあります。かつてニューヨーク・ヤンキースに在籍していた松井秀喜もその餌食となり、豹柄の仮装をさせられたり、偽物のチャンピオンリングを渡されたりしていました。
 その松井が、引退後、読売ジャイアンツのキャンプを視察した際、洗濯物に女性の下着を入れられるいたずらをされたそうです。場が和んだかと思いきや、彼は「子どもみたいなことはやめてください」と選手をたしなめたというニュースを読みました。
 そのとき感じたのは「いたずらは、その質ではなく、それが行なわれる場所が重要である。つまりは、文化にほかならないのだ」ということでした。

 日本プロ野球において、いたずらの土壌が育っているMLBを安易に真似しようと思っても駄目なのです。
 それは同時に、日本とアメリカのいたずら文化の成熟の差でもあることが、H・アレン・スミスの『いたずらの天才』(写真)を読むとよく分かります。何しろスミスによると、人口に比してのいたずら者の数は、米国が一位で、英国が二位、三位以下はものの数ではないそうですから……。

 スミスが蒐集したいたずらを分類して掲載した『いたずらの天才』は、何度読み返しても飽きないお気に入りの一冊。時代が変わっても古くならず、時間がないときはつまみ読みもでき、手軽に持ち運べるという素晴しい友だちです。
 上記の条件に当て嵌まるとなると「小説以外の文庫や新書」ですが、ほかには例えば、マーク・トウェインの『ちょっと面白い話』『また・ちょっと面白い話』、ジェラルド・ダレルの『虫とけものと家族たち』『鳥とけものと親類たち』(『風とけものと友人たち』は文庫化されていないので対象外)、野崎昭弘の『詭弁論理学』『逆説論理学』などがあげられるでしょうか。

『いたずらの天才』は、上記に比べると知名度は劣る(※)し、スミスの単著もほかには翻訳されていません(『ユーモア・スケッチ傑作展』で少し読めるが)。
 だからといって無視してしまうのは非常に勿体ないので、ぜひ手に入れて欲しいと思います。この先、長い間、沈んだ気持ちを上向きにしてくれる良薬となること間違いなしですから。
 ただし、なかには、残酷で質が悪く、冗談では済まない迷惑ないたずらも含まれています。それらを許容できるか否かで、本書の評価が変わってくるかも知れませんね。

 本の中身をバラし過ぎると興醒めなので、いくつかのパターンを軽く紹介したいと思います。

・いたずらの天才と呼ばれた画家は、幼少の頃から数々のいたずらを成功させてきました。あるとき、偉い人たちがゴーストライターを雇っていることに目をつけ、新聞に「忙しくて絵を描く暇のない人へ。ゴーストアーティスト引き受けます」という広告を出しました。勿論、ジョークのつもりでしたが、申し込みが殺到し、困り果ててしまったそうです。

・通りがかりの紳士に測量のためといい、紐の片方を持ってもらいます。その紐を引っ張って角を曲がり、もうひとりの紳士にも同じことを頼みます。ところが、仕掛け人は、そのままどこかへ去ってしまうのです。洗練されたいたずら者になると結果を見届けず、あれこれ想像して楽しむのだとか。

・夫にいたずらを仕掛けられた妻が離婚訴訟を起こしました。夫は罪を認めたものの、それは妻のいたずらへの仕返しだというのです。妻は「あのときは本当におかしかったわ」といって、ゲラゲラ笑ったそうです。いたずらは仕掛ける側は楽しいけれど、やられると腹が立つものです。

・いたずらをしておきながら、とっさに人のせいにするという技術もあるそうです。例えば、金物店にいって店員に「本をくれ」としつこく迫ります。手に負えなくなった店員が主人を呼びにゆくと、客は店員をチラとみながら「ごく普通のやすりが欲しいんだが……」と困り顔で訴えます。すると、主人は「あいつ、何やってんだ」といいたげに店員を睨むというわけ。

・何らかの目的のために、やむを得ずいたずらをすることもあります。嫌な客を追い払うためにいたずらを仕掛ける場合もありますが、こんなパターンもあります。旅費を使い果たしたフランソワ・ラブレーは、パリに戻らなければならなくなり、ワインの壜に「王さま用毒薬」などと書いて、それをわざとみつかるようにしたそうです。案の定、逮捕され、パリに護送された後、真実を明かしたとか。

・いたずら返しというべきテクニックもあります。俳優のなかには舞台上でいたずらを仕掛ける者もいるそうで、ある女優は、共演した俳優に、演技中に突然電話が掛かってくるといういたずらをされました。女優は一瞬、焦ったものの、電話を取ると「あなた宛よ」といって、いたずらを仕掛けた俳優に受話器を渡してしまいました。

・一八六〇年頃、ある大学の創立者は、ユリシーズ・グラントから葉巻をもらいました。彼はそれを吸わずに、家宝として大切にしまっておきました。それから七十年後、その孫はグラント将軍と祖父との出会いを語りながら、葉巻に火をつけたところ、その葉巻が爆発したそうです。いたずらの成功まで、やたらと時間が掛かった例です。

ゼネラル・エレクトリックの工場では新入りの技師に、電球を内側から艶消しにしろという指示が出されます。真剣にこの仕事に取り組んでいると、そんなこと不可能なのを知っている先輩たちが「冗談だよ」と笑うそうです。ところが、ある技師がそれに成功し、電球の寿命を長持ちさせる技術に結びつけました。いたずらが技術の革新に大いに役に立った例です。


『いたずらの天才』は、復刊に十分値する名著ですが、個人的にはベストセラーになったという『Low Man on a Totem Pole』を邦訳して欲しいです……。

※:かつて、ホイチョイ・プロダクションがこの本に影響を受けたと思われる「いたずらの天才の息子」という連載を「週刊ビッグコミックスピリッツ」でやっていた。電話番号を一ケタ多く教えるといった罪のないいたずらが紹介されていたりして、とても好きだったけど、残念ながら書籍化されなかったみたい。

『いたずらの天才』後藤優訳、文春文庫、一九七五

→『ユーモア・スケッチ傑作展』『すべてはイブからはじまった

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