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読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『釣魚大全』アイザック・ウォルトン、チャールズ・コットン、ロバート・ヴェナブルズ

The Universal Angler(1676):The Compleat Angler or the Contemplative Man's Recreation(1653)Izaak Walton/The Compleat Angler Being Instructions How to Angle for a Trout or Grayling in a Clear Stream(1676)Charles Cotton/The Experienc'd Angler, or Angling Improv'd(1662)Robert Venables

 僕は、釣りをしません。
 釣り好きの叔父がいて、子どもの頃、何度か連れていかれたことがありますが、大半は堤防や河原で本を読んだり昼寝をしたりして過ごし、ときどき叔父の釣果を確認するくらいでした。
 ですから、現代の釣り師にとって、アイザック・ウォルトンの『釣魚大全』が実用書としていかほどの価値があるのか、よく分かりません。
 しかし、タイトルに「Contemplative Man's Recreation(瞑想する人のためのレクリエーション)」とあるとおり、「釣り」という楽しみから「瞑想」という別の楽しみを生み出すための本でもありますので、僕のような門外漢でも十分に面白いのです(※1)。

『釣魚大全』は、ワシントン・アーヴィングの『スケッチ・ブック』でも紹介された古典的名著で、日本でも明治時代には既に翻訳されていました。
 ただし、完訳は、一九九七年の平凡社ライブラリー版まで待たねばなりませんでした(※2)。

 この「完訳」が何を指すかというと……、実は『釣魚大全』は一六五三年の初版から形を変え続けた書籍です。特に一六七六年の第五版では大幅な変更が行われました。チャールズ・コットンによる第二部、ロバート・ヴェナブルズによる第三部が加えられ、書名も『The Universal Angler』と変わったのです。
 平凡社版は、この五版をオリジナル版から完訳し、二分冊(※3)にしたものです。したがって、正確には『釣魚大鑑』という書名が相応しいのかも知れません。

 ウォルトンの第一部の体裁は、基本的には対話形式です(途中で独白に近くなる)。主人公である「釣り師(ウォルトン)」が、狩猟家らを相手に、釣りにまつわるあらゆることを語るのです。
 まず、退屈で卑しいレクリエーションといわれた釣りの素晴らしさを、様々な書物、偉人の言葉、詩などを駆使して訴えます。
 それに感化された狩猟家が弟子になってからは、いよいよ釣りの実践講座が始まります。釣りの基本から、魚種別攻略法、疑似餌の作り方、餌の採り方、魚の調理法、果てはミミズの太らせ方に至るまで丁寧に指南してくれるのです。
 さらに最終章では釣りから離れ、感謝する気持ちを持つこと、健康に気をつけることなどが説かれます。

 コットンの第二部「清らかな川でのマスとグレイリングの釣り方」は、第五版のために書かれたので、ウォルトンの形式を踏襲しています。釣り師がウォルトンから、彼を父と仰ぐ若者(コットン)に変わり、第一部の狩猟家は旅人として再登場します。
 第一部で少ししか触れられていないフライフィッシングについて詳述しており、特に使用するフライを一月ごとに解説する章は圧巻です。フライっていうのは、こんなに細かく使い分けないといけないんですね。

 ヴェナブルズの第三部「熟練した釣り師 ―改善された釣り」は、既に出版されていたものを無理矢理合本にしたため、一、二部とは関連がありません。そもそもヴェナブルズは、ウォルトンやコットンと異なり、文学者ではなく軍人だそうです。
 彼の書いた本をウォルトンが気に入り、合本として加えさせてもらったとか。『釣魚大全』は、他書からの寄せ集めという批判があり、それに対処するため優れた実践書が必要だったのでしょう。そのせいか、第三部からは文学の香りがしません。
 なお、第三部はウォルトンの死後の版からは省かれてしまいました。

 第一部の各論は、基本的に魚の説明、釣り方、調理法からなっています。前述したとおり、釣りのテクニックが今も通用するかどうかは分かりません。けれど、釣り方や調理法は試せば役に立つかどうかすぐ明らかになるため(井伏鱒二は試したらしい)、大きな嘘はなさそうです。
 一方、当時の博物学的知識や常識は、完全に誤っているものもありますが、それはそれで楽しく読めます。「カワウソは獣か魚か」議論したり、パイク(カワカマス)は草から生まれるとか、テンチ(ドクターフィッシュ)には傷を治す力があるなんて迷信を記載してあるところは、大真面目なせいか微笑ましく、インチキ臭さは感じられません。勿論、ウナギの産卵など不明な点は、「分からない」ときちんと書かれていて好感が持てます。

 しかし、この本の本当に素晴らしい点は、三百五十年前ののどかな英国の田園に招待してもらえるところでしょう。
 田舎の水辺を中心とした自然は大変魅力的ですし、そのなかで浮世の苦痛をしばし忘れ、のんびりと釣り糸を垂れる人々は実に楽しそうです。
 健康でさえあれば、お金なんかちょっぴり持っていればよい。食べ、飲み、笑い、釣り、歌い、安らかに眠ることが何より幸せだということを教えてくれます(現代においては、環境保護について、今一度考えるなんて読み方もできるかも知れないが、余り好きではない)。

 とはいえ、解説にもあるとおり、ウォルトン自身は必ずしも呑気な毎日を過ごしていたわけではなさそうです。ちょうどピューリタン革命の時期で、思想的には議会派、心情的には国王派であったウォルトンは板挟みになり、ロンドンから逃げ出す羽目になったとか(コットンは貧困に喘ぎ、ヴェナブルズは失脚した)。
 尤も、騒然とした時代だったからこそ、趣味に没頭することの素晴らしさを魅力的に描けたのかも知れません。
 それを全くしない者をも楽しませてくれる指南書は、そうそうないと思います。釣りはしなくとも、新緑の渓流で終日ぼーっと過ごしたくなりますよ。

※1:釣りと文学が好きな方には『雨の日の釣師のために』がお勧め。

※2:アーヴィングの『スケッチ・ブック』も明治時代から日本に紹介されていたが、二〇一四年にようやく完訳が出た。

※3:二〇一二年に1巻のみ復刊された(こっそり本体価格が二百円も値上げされた)。2巻は今後、貴重になるかも。


『釣魚大全』〈1〉〈2〉飯島操訳、平凡社ライブラリー、一九九七