読書感想文(関田 涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ラーオ博士のサーカス』チャールズ・G・フィニー

The Circus of Dr. Lao(1935)Charles Grandison Finney

 前回取り上げたトム・リーミイの『沈黙の声』とは「サンリオSF文庫」「サーカスを扱ったファンタジー」という共通点があります〔サンリオには、もう一冊『この狂乱するサーカス』という本があるが、未読。サーカスの話ではなさそう(※)〕。
 ただし、この本を最初に出版したのは創樹社で、サンリオSF文庫廃刊後はちくま文庫から再刊されました。個人的には『深き森は悪魔のにおい』と同様、サンリオでなければ買わなかったであろう本(といいつつ、サンリオ文庫の八、九割は、そんな感じだったが……)ですが、嬉しい誤算だった一冊でもあります。

 チャールズ・G・フィニーは新聞記者が本業で、片手間の作家だったらしく、作品数も少なく、『ラーオ博士のサーカス』以外はめぼしい作品を残していないようです(同名のキリスト教の指導者は曾祖父)。
 けれど、刊行から八十年近く経った今読んでも十分に楽しめる小説をひとつ生み出しただけで凄いことでしょう。普通の作家なら、新作を発表しなくなって数年もすれば、ほぼ忘れ去られる運命にあるのですから。

 さて、あらすじはというと……。実は、この小説、これといったストーリーがありません。
 アリゾナ州アバローニ市に、謎の中国人ラーオ(老)博士のサーカスがやってきて、人々が観にいく。ただ、それだけ……。いや、本当にそれだけなんですってば。
『沈黙の声』と同じく架空の生きもの(メデューサスフィンクス、キマイラ、人魚、緑の犬など)が沢山登場しますが、それらはほとんどギャグの素材になるばかり。でも、ご心配なく。筋はなくとも、笑えます!

 アレゴリーだの、メタファーだの難しい言葉を用いて、この小説から無理矢理何かを読み取ろうとするのは、ほとんど意味がないと思います。難解な文学作品は腐るほどありますが、本気で笑える小説は貴重です。折角なので、肩肘を張らずゲラゲラと大笑いしてしまいましょう。
 洗練されたジョークではなく、どちらかというとベタなギャグが多い。しかし、ナンセンスな会話もしつこく繰り返すと、強烈な破壊力を発揮します。檻のなかにいるのが「熊」なのか「ロシア人」なのかで延々と議論するネタなどは、認識のズレを突いたおかしさで、まるでハロルド・ピンターの戯曲のようです。
 ほかにも、真面目に読んでいると頭のおかしくなりそうな詭弁や逆説がたっぷり含まれていて(勿論、毒や皮肉も)、そういうのが好きな僕は欣喜雀躍してしまいます。

 登場人物も、変わり者揃いで飽きさせません。
 都合が悪くなると英語が喋れない振りをするラーオ博士、メデューサに石にされるおばさん、死体を甦らせる魔術師、サイボーグのような弁護士、有閑未亡人、ウミヘビなどなど、奇人変人が次々に現れます。
 場面や人物は目まぐるしく変わりますし、テンポよい会話が主体ですから、あっという間に読み終わってしまうでしょう(およそ百六十頁しかない)。

 けれども、名残惜しいといって、嘆く必要はありません。巻末に、素敵なおまけが用意されているからです。「カタログ」と題された用語解説のようなものがそれで、あるいはこちらの方が本文より楽しめるかも知れません。
 本文を読んでいないと何のことか分かりませんが、本文を読んでいても何のことか分からないものも沢山含まれています。試しに、いくつか抜き出してみましょうか。

チベットから来た僧侶 ユルトを家としバタ入りの茶を飲み、人生とは何ぞやとさかんに思索し、一生不犯の誓いを立てたがアレキサンドリヤでその誓いを破り、ハイイロヒツジとメガネグマを発見しながら何を発見したかは知らず、気のきいたジョークを幾つか知ってはいたが真の満足を知ることなく死亡。

田舎むすめ (前略)誰でもこのむすめとしばらく話し合うと、も少し美人だったらなあ、と思う。くどけば即座に乗って来そうな風情、と見て取った男一名あり。ただしこのむすめ恐ろしく不器量。その上、あとで何をしゃべりちらすかわからぬ心配あり。これら二点の欠陥を顧みず、二、三度かなり深入りした青年一名ありしも、いざというときに万事を投げ出して逃亡す。

シラミ 血を吸っていないときは血のように赤く、血を吸っているときは石けんのような灰いろ。パラドックスのひとつ。

 さて、どんなもんでしょう?

※:この文章を書いた二日後、仕事で外出した折、昔ながらの小さな古書店に立ち寄ったところ、『この狂乱するサーカス』を発見。状態もよく、安価だったため、即購入した。人生には、この程度の偶然(小さな奇跡と呼んでもよいかも)が往々にして起こる。

『ラーオ博士のサーカス』中西秀男訳、サンリオSF文庫、一九七九

サンリオSF文庫、サンリオ文庫
→『マイロンゴア・ヴィダル
→『どこまで行けばお茶の時間アンソニー・バージェス
→『深き森は悪魔のにおい』キリル・ボンフィリオリ
→『エバは猫の中ガブリエル・ガルシア=マルケスオクタビオ・パスほか
→『サンディエゴ・ライトフット・スー』トム・リーミイ
→『生ける屍』ピーター・ディキンスン
→『ジュリアとバズーカアンナ・カヴァン
→『猫城記』老舎
→『冬の子供たち』マイクル・コニイ
→『アルクトゥールスへの旅デイヴィッド・リンゼイ
→『旅に出る時ほほえみを』ナターリヤ・ソコローワ
→『』ロザリンド・アッシュ
→『浴槽で発見された手記スタニスワフ・レム
→『2018年キング・コング・ブルース』サム・J・ルンドヴァル
→『熱い太陽、深海魚』ミシェル・ジュリ
→『パステル都市』M・ジョン・ハリスン
→『生存者の回想』ドリス・レッシング
→『マラキア・タペストリ』ブライアン・W・オールディス
→『この狂乱するサーカス』ピエール・プロ
→『バドティーズ大先生のラブ・コーラス』ウィリアム・コツウィンクル
→『どこからなりとも月にひとつの卵』マーガレット・セントクレア
→『ドロシアの虎』キット・リード
→『飛行する少年』ディディエ・マルタン