読書感想文(関田涙)

関田 涙(せきた・なみだ)

『ブロードウェイの天使』デイモン・ラニアン

Damon Runyon

 デイモン・ラニアンは、ジャーナリスト出身で、スラングを多用した生き生きとした語り口の短編を得意とするという意味で、リング・ラードナーと共通点があります(ふたりとも、野球の記者としての功績が認められ、J・G・テイラー・スピンク賞を受賞している)。
 そのせいか、『ブロードウェイの天使』(写真)は『アリバイ・アイク』と同様、加島祥造が作品を選び、自ら訳しています。収められているのは、一九三〇年代に発表された十二の短編です。

 ラニアンは、初期の作品を除き、ニューヨークのブロードウェイ、なかでもタイムズスクエア周辺の劇場街のみを舞台にした短編小説を書き続けた作家で、その数は七十編以上にのぼるそうです。
 日本でいったら銀座とか浅草しか書かなかったみたいなものでしょうか。その徹底ぶりには好感が持てます(岡本綺堂の『半七捕物帳』でも、横浜にいったり、箱根にいったりするのと同様、ちょこっと外に出ることはあるが……)。

 日本を例に出しましたが、ラニアンの小説は、まるで人情ものの時代小説みたいです。いや、軽妙な語り口や滑稽さは、寧ろ落語に近いかも知れません。
「貧しさあるいは愚かさ故、小さな罪を犯してしまう。一悶着あるものの、周りは善人ばかりなので八方丸く収まる(あるいはオチがつく)」なんてパターンを想像してもらえばよろしいでしょうか。
 多くの作品で、犯罪(ケチな詐欺とか盗みが多いが、ときには殺人も起こる)が扱われるにもかかわらず、殺伐とするどころか、心がほんわかと温かくなったり、くすっと笑えたりします。
 小粒ですが、確かな技術を持った短編作家であることは間違いありません。

 また、ラニアンは映画化された作品も多く、この短編集にも「プリンセス・オハラ」「片目のジャニー」「レモン・ドロップ・キッド(腰抜けペテン師)」「マダム・ラ・ギンプ(一日だけの淑女)」「ブロードウェイの天使(可愛いマーカちゃん)」などが収められています〔( )内は映画の邦題〕。この短さで映画の原作になってしまうのですから、様々な要素がぎゅっと詰まっているってことでしょうね。
 例によって、特に面白かったものを、いくつか紹介したいと思います。

紳士のみなさん、陛下に乾杯」Gentlemen, the King!
 ヨーロッパの小国の王の暗殺を頼まれたアメリカ人三人組。王宮に忍び込みますが、国王がまだ子どもだと知ると、部屋のなかで野球をやって帰ってきてしまいます(三人は、たまたま投手、捕手、打者の経験者!)。ギャングもどきが主役の物騒な話なのに、微笑ましくしてしまうのはさすがです。珍しくヨーロッパが舞台となる短編です。

片目のジャニー」Johnny One-Eye
 脇腹を撃たれ空き家に潜む男と片目の猫。傷ついたもの同士、寄り添い合いますが、ひょんなことから、彼らをひどい目に遭わせたのは同じ人物であることが分かります。男は復讐のため、また新たな被害者である少女を救うため、敵に立ち向かいます。人間と猫が、まるで長年の相棒であるかの如く連携するのが美しくもあり、哀しくもあります……。
 それにしても、Johnnyをジャニーと表記するのは、より原語の発音に近づけることによって雰囲気を出そうとしたためでしょうか。今ではジャニー喜多川くらいしかみかけませんが……。

ブロードウェイの出来事」Broadway Incident
 主婦仲間が集まって、順番に自分の夫を殺し、保険金を山分けする計画を立てますが……。短い話なのに、様々な人物がかかわり、思わぬ方向に転んでゆきます。この手の話は、事件が丸く収まると同時に、主人公の恋も上手くゆくものですが、そこにも一捻りあるのが楽しい。

ミス・サラ・ブラウンのロマンス」The Idyii of Miss Sarah Brown
 賭博師のザ・スカイは、人の魂を奪うためサイコロ勝負をします。といっても悪魔というわけではなく、賭けに負けた者の魂を、大好きなサラ・ブラウン(伝道師)に救済させるのが目的です。ところが、そんなことをしているのが当のサラ・ブラウンにバレて、怒った彼女と勝負することになります。
 有り金を注ぎ込んで無駄な勝負を続けるザ・スカイは、恋に狂った馬鹿な男と思いきや、しっかり計算しているところは、さすが一流の賭博師です。

ブロードウェイの天使」Little Miss Marker
 吝嗇なノミ屋のベソ公は、若い男から担保代わりに小さな女の子を預かります。しかし、男は戻ってこず、ベソ公はマーキーと名づけた少女を可愛がります。しかし、マーキーは肺炎に罹り、生死の境を彷徨うことに……。
 何度も映画化された、笑って泣ける名作です。マーキーの愛らしさに、街の与太者たちがメロメロになってしまうところが何とも微笑ましい。

世界一のお尋ね者」The Hottest Guy in the World
 数え切れないほどの容疑で警察に追われているビッグ・ジュールが地元に帰ってきます。昔の女とよりを戻すためですが、そこには彼の逮捕に執念を燃やす警官が待っています。そんなとき、赤ん坊がゴリラにさらわれるという事件が起こります。
 見事、赤ん坊を救ったビッグ・ジュールを、残念な結果が待っていました。それでも、最後の一刺しを忘れない負け惜しみの強さが格好いいんですよね。

ブッチの子守唄Butch Minds the Baby
 足を洗った金庫破りブッチに仕事が持ち込まれます。しかし、子守をしなければならない彼は、やむを得ず赤ん坊を連れて現場へ向かいますが……。
 赤子を連れていたお陰で、警官に疑われず済みます。警官の目は節穴と思いきや、赤ちゃんが泣いていた原因の方はピタリと当ててしまうというオチがつきます。悪人も善人も少しずつピントが外れているからか、全体的にとぼけた味わいに仕上がっています。

 なお、ラニアンをもっと読みたい方は、新書館より「ブロードウェイ物語1〜4」という短編集が刊行されていますので、そちらを購入されるとよいかと思います。この四冊で、三十四編が楽しめます。

『ブロードウェイの天使』加島祥造訳、新潮文庫、一九八四

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